4 生きる理由

 あの一件から一週間が経過したが、以前と然程依然と変わった事は今の所無い。

 烏丸や篠原はいつも通りで、自身も極力いつも通りであれるように頑張る。

 現状ユーリの居た世界からの次の手とやらも来ておらず、本当に変わらず平穏。


 何か変わった事があるとすれば、夜に睡眠薬が無いと眠れなくなった事位だろうか?


 そんな風に何も変わっていない。本当は変わらないといけないのに。

 今まで通りではいけない。

 今はまだ来ていない次の手に備える必要がある。

 そして……自分が殺したユーリに対する贖罪を考え、実行に移していくべきである。

 ……少なくとも。


「ん? さっきから何を見ているんだ?」


「ああ、この前助けた女の子からお礼の手紙来てたんだよ」


 そういう手紙を見て救われたような気分になっている場合ではない。

 そもそも自分には、もうこんな手紙を受け取る資格なんてない。

 そう考えながらも、きっとこの手紙はこの二年間で貰ってきた手紙などと同じように大切に保管していくのだろう。


 分かっている。


 結局そういうところに、自分が生きていても良い理由を残しておくのだ。

 自分の様などうしようもない人殺しが生きていてもいい理由を。

 ……結局その辺は二年前からあまり変わっていない。


 そう、色々と何も変わっていないのだ。


 元より四年前、志条八尋という人間は自分が巻き込まれている一件がどういう物かを知りながらも。頼る事でどうなるかを知りながらも。色々な人に助けを求めて死なせた殺人鬼だ。


 本当に善良な。

 自分なんかを助けてくれる良い人達を殺して周ったのだ。

 数だけで言えばそこに……今回一人増えただけ。

 一人増えただけで此処まで憔悴している。


 ……逆に言えば大勢の人を殺害しているにも関わらず、レイアと出会ってからは元気に生きてきたのだ。

 引きずりながらも前向きに生きてこれたのだ。

 つまり……ユーリを殺した事も、いずれ自分にとっては気にせず生きられるような些細な事になってしまうのだろうか?


 ……そんな事を。

 そんなような事を度々不意に考えて、考える度に気持ちが沈み、それがまた嫌な思考を引っ張り出してくる。

 だから多分今日も睡眠薬のお世話になると思う。


 だけど一つだけ嬉しい事があって。

 もう一つだけ生きていてもいいと思える理由が有って。


 シンプルにレイアが生きている事が嬉しい。

 その事実だけで、本当に救われたような気分になる。

 そして自分はレイアが生きている限り死ねない。

 死ぬわけにはいかない。


 レイアが居たから二年前、自分は前を向けた。

 レイアが居たから前を向いて歩み続ける事が出来た。

 そうやってレイアに救って貰った志条八尋はレイアを助けなければならない。


 レイアは人殺しなんかじゃない。

 それなのに次の手はいずれ打たれるし、何よりレイア自身が事を重く捉え続けている。

 八尋と違い何一つ悪い事などしていない筈なのに、あたかも自分が殺人鬼であるという風に背負わなくても良い責任を背負い続けている。


 この一週間で普段通り振る舞っているように見えて、八尋でも気付ける位に憔悴している。

 そんなレイアの為に……自分にできる事はなんでもやってあげたい。


 その為に今日も大丈夫なフリをして、普段通りを取り繕うレイアに笑いかけるのだ。

 何も悪くないレイアだけでも光の届く場所へ押し上げる為に。


「……八尋」


「ん? なんだよ」


「……大丈夫か?」


「いやだから何がだよ。なんかしらねえけど大丈夫だよ。俺は大丈夫」


 今日も地面を這い蹲って、頑張って生きていこうと、そう思った。

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