2 邂逅
大の大人の土下座を食らえば流石に突っぱねる事はできず、資金源も烏丸のお金だ。
今回は見ていられなかったので、事務所でのすき焼きパーティを決行する事に決めた。
その買い出しに、八尋とレイアで向かう。
「つーかそこまですき焼きしたいなら、買い出し位自分で行きゃいいのに。事務所で何かする時の調理は大体俺か篠原さんなんだからさ」
近くのスーパーまで歩きながら八尋はレイアにそんな話を振る。
「まあ烏丸さんを外に出したら、余計な散財をしかねないからな。その足でパチンコ屋にでも向かいかねん」
「ほんとそれ……というかそんな人の元で良く俺達の給料ちゃんと支払われてるよな」
「確かに。では不払いが発生したらどうする? 独立でもするか?」
「それも良いな……ってのは冗談で。それはねえだろ」
「……だな。腐っているのは私生活だけだし」
烏丸は私生活がクズだが、あくまで私生活だけだ。
魔術師としてはまだまだ学ぶべき事が山のようにあって、そして今でも自分達は烏丸の庇護を受け続けている立場でもある。
……自分もそうだし、まだ犯人が見つかっていないレイアもそう。
もし今レイアが襲われていないのが烏丸の弟子になったからなのだとすれば、今はこの形がベストなのだろう。
「それに……烏丸さんを一人にしたら早妃ちゃんの負担が増える!」
「仮に独立したら、篠原さんも誘うか?」
「良い提案だが……烏丸さんを一人にしておくのも心配だ」
……保護者かな?
と、そんなやり取りをしていた時、不意にレイアがその場で立ち止まる。
「……どうした?」
「……ちょっと警戒しろ八尋。何かの魔術がこの辺りに展開された……これは多分人払いか?」
「人払いねぇ……払うまでもなくこの辺人通り殆どないんだけどさ」
「いないならそこに近付けない為って事だろうか……とにかくこの近くで何かが起きている。それか何かが起きるのか」
「すき焼きの具材買いに来ただけなんだけどなぁ」
そう言いながら強化魔術を使って警戒する八尋のスマホから着信音が鳴る。
「こんな時に誰だ……ってユーリか」
「ユーリ?」
「ああ、まあなんというか……俺の知り合い。出て良いか?」
ユーリから通話が掛かってきたという事は何かあったのかもしれない。
頼れと言った手前、無視する訳にもいかない。
「構わんぞ。ただ一応周囲の警戒は怠るなよ」
「了解」
言われた通り警戒しながらユーリからの通話に応じる。
「もしもし、どうした?」
『……八尋。ちょっと一メートル程前へ動いてくれ』
「は? 急にどうしたよ」
『良いから……頼む』
そう言われて首を傾げながら少し前へと出た次の瞬間だった。
風を切るような音が耳に届いたと思った直後……直前までレイアが居た筈の場所にユーリが立っていて……レイアが凄まじい勢いで水切りの石の如く転がっていくのが見えた。
(……は?)
一瞬の事で理解が追い付かない八尋にユーリは言う。
「悪い八尋……これは駄目だ」
そんなユーリの言葉はまるで頭には入ってこず……それでも体は勝手に動いた。
ブーストを発動。
肉体が軋むと同時に出力が飛躍的に上昇する。
そして半ば無意識にユーリの側頭部に蹴りを叩き込んだ……叩き込めた。
それでも。
「……ッ」
まるで埃が飛んできた程度と言わんばかりに、ユーリの体は一ミリたりとも動かない。
そしてユーリは本当に申し訳なさそうに言う。
「ほんと……ごめんな。多分俺はいい加減な話をお前にしていた」
そう言って割れ物を扱うように慎重に、ユーリは八尋の腹をコツンと小突く。
「ガ……ッ!?」
それだけで全身がバラバラになったと錯覚する程の激痛が腹部を中心として全身に走り、その勢いでアスファルトを転がる。
(な、何が起き……くそがぁ……ッ!)
状況も、食らった一撃も。
殆ど何も理解できない。だけど一つだけ分かる事があるとすれば……レイアが危ない。
(そうだ、レイアは……レイアはどうなった)
激痛で立ち上がれないが、それでも視線をレイアとユーリの方へと向ける。
すると視界の先でレイアが立ち上がったのが見えた。
(良かった、生きてる!)
だけど無事ではない。
「……ッ」
一体どんな攻撃が放たれたのかは分からないが、咄嗟に腕で攻撃を防いだのだろう。
レイアの左腕がへし折れて垂れ下がっている。
そして何より……レイアは酷く動揺しているように見えた。
突然自分達が教われた事に対する動揺かとも思ったが、それとは違うように思えて……とにかく、レイアは見たことが表情を浮かべていて。
そして構えを取る訳でもなく、折れていない右腕で何かの魔術を放つ訳でも無く。
そして何かを叫ぶ訳でも無く……頭を抱えた。抱えて……膝を付き、その場で踞った。
無防備に……戦意を喪失しているように。
あまりにもレイアらしくない行動を取っていた。
そして……不可解な行動を取ったのは、突然レイアを攻撃したユーリもだった。
「……どういう事だ。アイツは確かに……な、なんでこんな事になってる」
間違いなくレイアを殺す為の一撃を放った筈のユーリは、無防備なレイアに対しての追撃を行わず、動揺した声音でそう呟いて後ずさる。
後ずさって……そして叫んだ。
「くそ……そういう事か。やりやがったなあのクソ女ァ!」
「クソはキミだろう?」
「……ッ」
突然烏丸の声が結界の破砕音と共に聞こえたかと思うと、直前までユーリが立っていた場所に烏丸が立っていた。
明らかに先程までの情けない姿とは違う。
今まで見た事が無い程に怒りに満ち溢れた表情と声音をしている烏丸がだ。
「篠原ァッ!」
烏丸が叫ぶと同時に、遅れて刀を手にした篠原が姿を表す。
そして戦意を喪失しているレイアの前に立ち、刀を抜いた。
そして烏丸は言う。
「八尋君、立てるかい?」
それに対して何か言葉を帰そうとしたが、立つこともまともに声を発する事も叶わない。
ただ小突かれただけでそれだけのダメージを負わされた。
「……まあ今は生きていればそれでいい。いずれは立てるようにこれからも頑張ろう。キミならできるさ」
言うと同時に八尋の下に魔方陣が展開。
次の瞬間には刀を構える篠原の後ろに転がっていた。
「お二人は私が護ります。といっても、レイアさんをこんな状態にする相手を私がどうこうできるかは疑問ですが……私はあくまで保険です。誰であれ、烏丸さんは突破できない」
そして視界の先で烏丸が言う。
「さて、僕の弟子達に手を出したんだ。それ相応の覚悟はできているんだろうね?」
対するユーリは結界にめり込んでいた。
おそらく烏丸が殴り飛ばした際に距離を取らされないように結界を展開したのだろう。
そしてそこからなんとか抜け出しながらユーリは言う。
「もしかしてアンタが烏丸か……なんて馬鹿力だ」
「まあ僕は最強だからね。そしてキミはそんな僕に喧嘩を売ったんだ……買わせて貰うよ」
「いや、待て! 待ってくれ! こちらから手を出しておいて言える立場じゃないのは重々承知だ! でももうこの場で争う必要は無くな──」
「話はキミを半殺しにして拘束してから聞こうか」
「……くそッ!」
そして世界最強の魔術師と、自称異世界最強の勇者の戦いが幕を空けた。
……否、戦いになら無かった。
そこから始まったのは、烏丸信二による一方的な蹂躙だ。
あらゆる攻撃がユーリへと届き、あらゆる攻撃が烏丸へと届かない。
八尋からみてもユーリの動きは攻守共にレイアを大きく上回っているように思えたが、その動きの更に何段も上に烏丸信二は立っている。
結果、僅か一分程度でユーリはアスファルトの上にボロ雑巾のように倒れていた。
「なるほど、キミは今まで僕が戦ってきた中で一位、二位を争う程の強者だ。確かにこれはレイアちゃんでも荷が重い」
「……ッ」
「さて、魔術による拘束もすんだ。色々と話を聞かせて貰おうか」
烏丸がそう言った次の瞬間だった。
ボロ雑巾のように倒れるユーリを中心に魔方陣が展開される。
「なるほど、逃げるつもりか。まあ無駄だと思うよ。キミの半径一メートル以内を結界で完全に封鎖した。転移魔術であれその境界からは抜け出せない」
そう言った次の瞬間、烏丸の言葉に反して眩い光と共にユーリの姿が消滅する。
「……突破された? 嘘だろう? ……ああ、いや。なるほど。これは僕の詰めが甘かったな」
烏丸は突破された原因を察したのか、ぼやくようにそう言う。
だけどそんな事は今はどうでも言い。
軽視して良い事ではないが、今はそれどころじゃない。
「私は……わた……え……?」
取り乱したまま動けないでいるレイアに対してどう声を掛けるべきか。
そしてユーリがレイアを襲った意味について。
それを考える事で、頭が一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます