三章 反転
1 平穏な日常
「4、12、7。この三つの数字が何を表すか、八尋君。キミには分かるかい?」
「え、いや知りませんけど……え、マジでなんですか?」
日本へ帰ってきてから10日後のある日、レイアと共にお使い程度の簡単な依頼を熟して事務所へ帰ってきたなりに、神妙な面持ちで烏丸がそう尋ねてくる。
「なるほど、八尋君は分からないと。じゃあレイアちゃんはどうかな?」
「4、12、7……何かの暗号か何かか?」
「ああ、なんか依頼来て、それに関する話か……成程。確かにそう考えるのが妥当か」
「いや、違うと思いますよ」
別件で外へ出ていて、ほぼ同じタイミングで事務所に戻ってきていた篠原が話に入ってきた。
「お、という事は早紀ちゃんは何か分かったのか。流石だな!」
「流石に二年も此処で働いていれば、この人のオンオフの区別位は付きます……多分絶対仕事とは関係がない話です」
そして当事務所のまともな方の大人。
最初はあれだけ怯えていたのに、いつのまにか物怖じ無く発言するようになっていた事務所の良心がその数字に対する見解を口にする。
「絶対ギャンブルか何かの話ですよね?」
「正解だ篠原。やるねぇ!」
そう言って上機嫌に烏丸はスマホの画面を八尋達に見せる。
「最終レース4、12、7! 圧倒的三連単! 万馬券だ! これでもやし生活から脱却できるぞうおおおおおおおッ!」
「「「……」」」
知らないとは言ったものの、八尋の場合四年一緒に働いているのだ。
なんとなくそんな気はしていたが、できればそういう風な事じゃなければ良いなと思っていた。
それだけだ。
「……駄目ですよ、こんな大人になったら」
「大丈夫です。反面教師にするんで」
「右に同じくだな」
「おいおい辛辣だな。僕はキミ達の雇い主であり師匠だぞ。もっと憧れの感情を抱いてくれよ」
「憧れてますよ、仕事している時の烏丸さんには」
「というかそうやって賭け事に使うお金を食費に回せばもやし生活なんかにはならないだろう」
「うぉっ! 正論で殴らないでくれ! 痛い痛いよ正論パンチは!」
「一回ボコボコに殴られて反省したらどうですか? 先月は立て替えましたけど、もう電気代立て替えたりしませんからね?」
「あ、八尋は電気代か。私は水道代だった」
「え、高校生からもそんなの立て替えてもらっていたんですか?」
「ちなみに早妃ちゃんは?」
「ガス代です」
「烏丸さん、アンタって人は……」
三人して軽蔑の視線を向ける。
本当に世話になり続けているが、それでもそういう所はマジでクズだと思っている。
直してほしい、頼むから。
「ほう、キミ達、今の僕にそんな事を言ってもいいのかな?」
「いや、良いでしょ」
「寧ろ今だから良いと思うのだが……」
「そうか……僕はこの万馬券で得た大金ですき焼きパーティを執り行おうと思っているのに?」
「「「……」」」
「あれ、なんか思った反応と違う……」
「烏丸さん」
八尋は烏丸の肩にポンと手を置いて言う。
「その金、使わず残しておきませんか?」
「いや、志条君。この人にそれ言っても絶対ギャンブルに突っ込みますよ」
「だったら……そうだ、私達が貯金しておいてあげようか?」
「そんな! 何そのお年玉を貰った子供みたいな扱い!」
そう叫んだ後、烏丸は静かに椅子から立ち上がり三人の前へと移動。
そして膝を付き頭を下げる。
「あの……ほんとお肉食べたいんで、すき焼きパーティしないかい?」
大の大人による土下座懇願である。
(こ、これが最強の姿か……)
信じたくはないが、これが現実で。そしてこれが八尋達にとっての平穏な日常である。
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