第2話 お風呂は尊い

  ドラゴンに襲われていたJKリリネの案内で、俺たちは彼女の拠点とやらにやってきた。ちなみにさっき襲われたのは物資を探す帰りだったらしい。辿り着いたのはそこそこ大きな神社だった。ただ鳥居の向こう側に薄い光の膜のようなものが張っている。


「結界?」


「はい!そうです!スキルを使って私が張りました!神社みたいな聖なる場所とこういうスキルは相性がいいんです!」


「ス…キル?なに?」


 スキルって何?社会人としてのスキルのこと?俺自衛官としての技能しか持ってないよ。社会人としての人生は全部戦闘技能の向上にのみ費やしてきた。


「え?スキルを知らないんですか?!ちょっと待ってください!さっきすごい風の力を使ってたじゃないですか!?あれもスキルじゃないんですか?」


 むしろあの風の力は俺が聞きたいくらいだ。そう思っていたら、俺の左手に抱き着いているシャマシュとかいう自称女神さまが口を開いた。


「あの風はステータスシステムが提供するスキルではないわ。あれは権能よ」


「なに?けんのう?…まったく漢字が思い浮かばなないぞ。ははは!」


 スキルもよくわからんうちに新しい言葉が出てきて俺様絶賛混乱中である。


「え?この人もしかしてスキルもステータスも使わずにあのゾンビとモンスターだらけの街を進んできたの?うそでしょ…?」


 清楚系JKリリネちゃんが俺のことをなんか呆れるような感心しているような不思議な顔で見てくる。美少女に見詰められるとちょっと照れる。そして俺たちは神社の中に入った。結界の外と違って清らかな空気が流れているのを感じる。


「あ!リリネお姉ちゃんおかえり!」「おかえりなさい!」「ごはんできてるよーえらい?」「お掃除ちゃんとしたよー!」


 社務所や境内のあちらこちらから子供たちがわらわらと出てきてリリネに群がっていく。随分慕われているようだ。


「改めまして自己紹介します。わたしは三刀屋みとや百合音りりね。あの日まではただのJKでした。今は生き延びた子供たちの保護者代わりをやってます。物先ほどは本当にありがとうございました」


 リリネは綺麗に頭を下げる。あらためて感謝されると照れるし、なんか気持ちいい。だがその気持ちをぶち壊す一言がシャマシュから発せられた。


「ええ、私の選定した王、ハルノリに感謝なさい。今日からあなたたちの主君になる人なのだからね」


「はぁ?お前いきなり何言ってるの?!」


「あなたは王になったのよ。ここは最初の領地にちょうどいいと思うわ。幸いなことにこの女も戦力として申し分ない素質を持っているわ」


 なんでそんなことが断言できるんだよ。マジで電波だぞ女。まあそもそもこの状況そのものがカオス極まりないんだけど。


「だからツッコミどころが多すぎるって!もうぉ…状況を整理させてよおぅ」


「それならご飯を食べながらにしましょう。さあこちらへ」


 リリネに右手を引かれて社務所に入った。俺とシャマシュは中の食堂に通された。


「「「「いただきます!!」」」」


 騒がしくご飯を食べる子供たちの喧騒をリリネは優し気な顔で見つめている。だけどすぐにはっとして俺の方に向いて。


「えっと。ハルノリさんは状況がわからないんですよね?」


「おう。部屋で寝てて、気がついたときにはゾンビに襲われてそれで部屋の外に出たんだわ。そしたら超アポカリプス。いみふー」


「あの?ステータスシステムとかスキルとかは本当にご存じない感じですか?」


「異世界転生ラノベで流行ってるやつならわかるけど。ここ埼玉だよね?実は異世界だったりするの?」


「いいえ、間違いなく埼玉です。そうですね。地震は覚えてますよね?あの日世界は突然変わりました。地震が終わった後、突然モンスターが現れて、モンスターに殺された人たちは次々とゾンビになっていって、それで世界は知っちゃかメッチャ化になったみたいです。ネットでも世界中で同じことが起きているってニュースが流れてました。それでステータスシステムの存在も知りました。動画サイトに使い方がアップされたんです。動画のアップ主のコメント曰く『救世の王が現れるまでの仮初の秩序』だそうです。ステータスオープン!」


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ステータス


三刀屋 百合音

MITOYA Liline


所属勢力:なし(独立勢力)

ジョブ:剣士

....etcetc

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リリネの顔写真のついたウィンドウが空中に現れた。なにやら色々とごちゃごちゃ書いてある。まるでゲームみたいだな。


「今この世界でステータスシステムをつかえない人はいません。色々と便利です。アイテムボックスとかで物を持ち運ぶのも楽ですし、色々と戦闘や生活のための便利なスキルを提供してくれたり、色々とお世話になってます」


「ふーん。俺も出るのかな?ステータスオープン!」


 …。……。何も出なかった。俺は首を傾げる。


「オープン!オープン!開けゴマ!オープンセサミ!」


「開かないんですか?」


「みたいだね?」


「それは仕方ないわ。私があなたのステータスシステムへの接続に制限を掛けたのだもの」


 シャマシュがシレっとした顔でおにぎりをほおばりながらそう言った。片手にはビール缶が握られている。人の家なのにメッチャ寛いでんのなぜ?


「色々疑問はあるんだけど、どうしてそんなことしたの?」


 ステータスシステムへの干渉が可能であるということがよくわからないし、そんなことをする理由もよくわからない。


「ステータスシステムは隷属の証よ。便利な力と引き換えにシステムに飼いならされる。あなたは私が王に選定した男よ。あなたはシステムに属する側ではなく、創り人民を属させる側よ」


「わかんないけど、わかったよ。とにかくこの世界は突然世界はアポカリプスなうになって、ステータスシステムを使って人々は生き残りを図っていると。で、俺はそれが使えないと。俺ピンチじゃね?」


「使えないわけではないわ。この世界の人たちが浸かっているステータスシステムとは違うシステムを私が提供してあげる。スキルの取得や身体強化なんかはそれでできるようにしてあげる」


「へー。さいですか。…でさ、状況はわかったけど、お前はいったいなんなん?」


 ステータスシステムうんぬんは置いておいて、こいつの正体がマジで謎すぎる。しれっと気がついたら隣にいた。そして俺に力をくれた。何のために?


「私は女神シャマシュ。王を選定する女神。そしてあなたの妻よ」


「うーん!電波!理解したくない!!わかった!じゃあお前はなんで俺と結婚したの?」


 俺の言葉を聞いたリリネが驚愕した。

 

「え?ちょっと会話が意味わかんないですよ!お二人は以前から結婚してるんじゃないんですか?」


「殺気結婚したばっかりなんだよねー」


「え?!全然意味わかんないです!」


 マジでわけわかんないよね。契約で力をくれるならわかるけど、結婚しちゃった理由が意味不明過ぎる。俺なんて甲斐性もないニートですよ?


「俺もわからん。ははは!で、シャマシュさんや?なんで?俺のどこが好き?」


「そうね。あなたの顔は好きよ。綺麗な顔だわ」


「けっこうストレートに嬉しい言葉来ちゃった!?」


「でもそれだけじゃないわ。以前あなたは所属する軍の命令に反してまで人々を救った。私はそれを見ていた。だからあなたになら女としてこの身を委ねてもいいと思った」


「おお?俺メッチャ愛されてる?」


「そして世界はこんなにめちゃくちゃになってしまった。王が必要よ。この世界に再び秩序を取り戻す王様がね。私はそれがあなたにふさわしいと決めた。だからあなたを王にするために結婚した」


「そこがわからない!!逆ならわかる!女の子が王様に嫁ぐならわかる!だけど俺を王にするために結婚ってのがイミフです!」


 シャマシュは俺の疑問の発露に対して、シレっと言い放つ。


「常識でしょう?女神と結婚したものこそが王になるのは」


「どこの世界の常識?!」


 まだステータスシステムやらスキルやらの方が常識に聞こえるのが不思議なくらいイミフな概念だ。


「さて。ご飯も食べたし。私は水浴びに行ってくるわ。あなたも身をちゃんと清めなさい。今日は大事な日なのだから」


「はぁ?なんで?」


「初夜を迎えるのよ。純潔を捧げて初めて私はちゃんとあなたの妻になる。結婚を完成させなければいけないわ」


「えぇ…マジかぁ…」


 ラブコメみたいな偽彼氏的ニュアンスだと思ったんだけど、ガチな結婚なの?まじかよ…。ちょっと前までニートだったのに、いきなり他人の人生に責任取らなきゃいけないの?シャマシュは食堂から去っていた。


「…まだ肉体関係はない…なら…」


 なんかリリネが小声で呟いてるけど俺の耳にはばっちり聞こえてる。ならってなに?奈良県のこと?すっとぼけ。


「水浴びだと冷たくて風邪をひいちゃいます。お風呂沸かしますね!」


 リリネが何か決意を決めたような顔で食堂から出て行った。嫌な予感しかしない。















 リリネがスキルを使って沸かしてくれた風呂に俺はつかって今日の疲れを流していた。このあと風呂を出たら、俺はシャマシュと…。シャマシュは超美人だ。ぶっちゃけエッチだけならアリアリのアリである。でも背景がなんかよくわからなさ過ぎてちょっと怖い。


「まいったねぇ」


「何がまいったんですか?」


「ふぁ?!」


 着替えスペースに面するすりガラスの向こう側からリリネの声がした。すりガラスにくっきりと女の体のシルエットが浮かんでいる。そして引き戸が開けられて、タオルを巻いたリリネが風呂場に入ってきた。


「お背中…お流しします…」


 ええっ…マジかよ…何これパパ活?俺そこまでおっさんではないんだけど!


「どうぞ。浴槽から出てきてください…」


 リリネは頬を赤く染めて俯き加減でそう言った。そう言われても困る。タオル越しだがリリネの体はスタイルがすごくいいことがわかった。すべすべした肌に、長くて適度に肉付きのいい足。タオルを巻いてもわかる豊かな胸と尻、そしてくっきりとしたくびれ。なんというか美人すぎます!半端なく滾る。俺は誘惑に負けて、タオルを腰に巻いて浴槽から出て、リリネに背中を向けて椅子に座った。


「や、優しくしてください…」


「え?それ普通それって女の子の台詞じゃ…?」


 そうは言いつつもリリネは俺の背中を優しく石鹸の泡でごしごしする。その柔らかな手が背中を滑るたびに、よこしまな気持ちが胸を行きかう。このままリリネのパパになりたいけど、その前にはっきりさせておきたかった。


「で、君は俺に何を求めてるの?こんなことまでして。俺は初心な好青年じゃなくて、薄汚いおっさんなんだよ。キミが純粋な気持ちでここに来たなんてちっとも思っちゃいないんだよ」


「…そうですよね。…でもこれしか…できることがないんです…」


 リリネは俺の背中に抱き着いてきた。柔らかな胸の感触にクラっとしそうになるけど今は我慢する。


「お願いします。私にできることなら何でもします。戦えというなら戦います。身の回りのお世話もします。その…経験はないので気持ちよくはさせられないかもしれませんけど、体だって捧げます。だからここにいる子供たちを守ってください…」


 涙声でリリネは俺に懇願している。他者のためにその身さえも汚す覚悟を決められる。それはきっととても尊いと俺は思う。


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