第25話 紛れもなくヤツさ

 空に浮かぶ二体の吸血鬼は、両手を広げて何の躊躇いもなく攻撃魔術を撃ってきた。


 『暴風』


 竜巻を発生させてぶつける魔術だ。

 小屋一つを吹き飛ばす威力がある。



「こんのっ……!」



 避ければ生徒が巻き込まれる。

 必然的に打ち消しするしかなく、防御に徹するしかない。


 生徒たちはパニックに陥っている。

 無理もない。

 片方は元教師、片方は学生。

 そんな相手に向けて、いきなり意識を切り替えて攻撃するのは難しい。



「はっ、相変わらず奇怪な魔術を使うな、椅子貴族ッ!」



 リンガが叫ぶ。

 前に受けた攻撃よりも明らかに殺意が乗せられている。

 確実に害を与えるつもりなのだ。


 シュナウザーからの攻撃が止む。



「おい、やり過ぎるなよ、リンガ。あの御方は『連れて来い』とは命令したが、『殺せ』とは命令していない」



 リンガは顔を顰め、魔術の手を止めた。

 二人の目的は私とフィオナを殺す事ではないらしい。

 いずれにせよ、碌なものではないのは確かだ。



「何故あのような椅子貴族の子どもをご所望になるのだ……フィオナ姫ならばともかく、あんな歯も生え揃っていないような子どもが」



 あの御方。

 彼らが口にする言葉だ。

 恐らく、今回の襲撃を計画し、指示した者だとは思う。



「あの御方とは誰なんですか!」



 フィオナ姫が叫ぶ。

 その足元で、上級魔術師が体を縮こめて何かをしていた。



「お前の頭じゃ理解できねえよ、馬鹿フィオナ!」



 シュナウザーが怒号をあげ、翼をはためかせて急加速する。

 狙いはフィオナ姫だ。

 二人の間に割り込んで『障壁』を展開。


 反撃としてフィオナ姫と同時にシュナウザーに『火球』をぶつけたが、直撃したというのに傷ひとつない。

 頑丈と豪語するだけはあるらしい。



「ありがとうございます、リル」


「姫、それよりも生徒たちの指揮を」



 窮地から脱したと思えば、新種の魔物に襲われている。

 しかも、一人は元生徒で、一人は元試験官。

 精神的に動揺しているようで、今にも錯乱しそうだ。

 辛うじてフィオナ姫が抑え込んでいるが、時間の問題だろう。


 上級魔術師は……ああ、なるほど。

 怪我が治らないフリをして敵の注意を逸らしつつ、他の部隊と連絡を試みているらしい。

 このまま時間を稼げば、被害は防げるかもしれない。



「動け、我が傀儡」



 リンガが呟いた瞬間だった。

 生徒たちの方で悲鳴が上がる。



「なっ……!」



 慌てて体を反転させて振り返る。

 リンガの投げ捨てた生徒が、他の生徒を襲っていた。

 生気のない呻き声と血の気の失せた顔。



暴風ヴェンデゴ! あの者はもはや生徒でも人間でもありません。アンデッドです!」



 フィオナ姫の言葉に生徒たちはついにパニックになった。

 我先に逃げようとする者、他の生徒を盾にしようとする者、がむしゃらに攻撃魔術を使う者で混沌に支配される。



「くはははっ! 人間のなんと脆弱な事かっ! これしきの事で容易く恐慌状態に陥るとは、なんと愚かで浅ましい! どれ、この私が場を鎮めてやろう! 魅了ソルシャータ!」



 リンガの瞳が妖しく輝く。

 それまで騒いでいた生徒たちが静まり返り、幽鬼のようにふらふらとその場で揺れていた。

 フィオナ姫を抱えて距離を取れば、さきほどまでいた地点になだれかかる。逃げなければ、押しつぶされて身動きが取れなくなった可能性は高い。



「『魅了』の魔法……リンガ元教官、あなた何人の血を飲んできたのですか……!」


「さあな。屠殺した家畜の事などいちいち数える趣味はない」



 フィオナ姫の頬を冷や汗が伝い落ちる。

 人数差を一瞬で覆した『魅了』の魔法、吸血鬼という頑丈な体、加えて攻撃魔術を扱う知能。

 この上なく厄介な魔物だ。


 だが、生徒たちのパニックが収まったのも事実。

 その場で固まっているなら、拘束は容易い。



氷結グラシオ



 支配された生徒たちを氷で拘束する。

 後手に氷の手錠をかけ、さらに動けないように足首を固めた。これで生徒たちは無力化できた。



「つくづく気に食わない子どもだな、リル・リスタ!」



 リンガが私を睨む。

 どういうわけか、彼は初対面の時から高圧的だった。

 容赦無く二度目の攻撃魔術を使ってくる。

 今度は『火球』。殺傷能力に優れた魔術だ。



呪文破壊ソルサデストロ



 打ち消す。

 その瞬間、ばちりと電流が流れた。



「なに、今の……?」



 体に異常はない。

 至って普通の、威力が高い『火球』という攻撃魔術。


 だが、不快な感覚に襲われる。

 とてつもない怒りや焦燥、拭いきれない劣等感と恐怖。

 それはまるで、リンガの心を現在進行形で現しているかのような感情の流れ。



「リル・リスタ、ぼうっとしないでください!」



 フィオナ姫の叱責ではっと意識を取り戻す。

 自分の身に何が起きたのかわからないが、戦闘の最中だ。



暴風ヴェンデゴ



 こっそりと反撃の用意を整えていた私は、風の攻撃魔術にそっと『氷針』を混ぜて放つ。

 そして、第二の魔術を使う。



雷撃ライトニング!」



 シュナウザーは魔術で防ぎ、リンガは回避を選択した。


 吸血鬼の頑丈な体は『火球』を回避し、耐える。

 ならば、内側から電撃を直に放つ。

 掌から流すより威力は落ちるが、内側からの攻撃はそれなりの効果があったらしい。


 筋肉の収縮は制御できなかったのか、翼のコントロールを失い、地面に落下する。



「なんだ? 何があった!?」



 シュナウザーが困惑したように落下したリンガの上空で旋回する。

 魔術で防いだ彼には分からないだろうが、『暴風』の中に混ぜた『氷針』を通じて『電撃』を直に流し込んだ。

 魔術を使った遠隔スタンガンである。

 すかさず落下したリンガに、『火球』を叩き込む。

 吸血鬼の使う魔法は厄介だ。

 最速で片付けたい。



「こンの糞餓鬼がっ!! 調子に乗りやがって!!」



 立ち上がったリンガは土煙を払い、焦げた服の切れ端を千切り捨てて叫ぶ。

 鋭い犬歯を剥き出しにし、翼を広げ、瞬きの間に私との距離を詰めた。

 『障壁』を一撃で破壊したリンガの鋭い爪が私の眼前に迫る。



岩壁ロコムロ



 地面が隆起し、迫り上がる。

 その勢いは凄まじく、目の前にいたリンガが勢い良く上空に発射された。



「何奴!!」



 リンガとシュナウザーが怒り狂い、魔術の行使者を探す。

 見覚えのある魔術に私は思わず目を見開いた。


 そこには、朝焼けをバックに丘の上に佇む二人の影。

 長い金髪を風に靡かせた涼しい顔のエルサリオンと、バイクに跨った黒髪マッシュのデイビット先輩の姿があった。


 ここにいないはずの二人。

 何よりも頼り甲斐のある存在の登場に思わず声が弾む。



「エルサリオン! デイビット先輩! 何故ここに?」


「待たせたな、リル。救援要請に応じて駆けつけ────」


「吸血鬼の遺灰が虹色に燃えるって聞いたんだけど、それ本当ッ!? 吸血鬼どこ!?」



 バイクの後部座席から降りたエルサリオンは無言で上空を指した。



「あれが虹色に燃えるぞ」


「二体もいるじゃんか!! やったあ!!」



 爛々と目を輝かせたデイビット先輩を見るなり、シュナウザーはくるりと空中で反転し、逃亡を始めた。

 その場に取り残されたリンガが呆然としている間に、着々とデイビット先輩は何かを組み立てる。


 それは、大きな筒だった。

 躊躇いなくトリガーを引くと、空中に鋼鉄製の網が広がる。



「こんな網、我が魔術で焼き切って……!」



 リンガが魔術を使うよりも早く、エルサリオンが『雷』の魔術を使う。

 絶叫が青空の下に響いた。

 エルサリオンの舌打ちと、デイビット先輩の「一体逃げちゃったかあ……」という呟きに震撼を覚える。

 もしかしてシュナウザーだと気がついていないのだろうか。


 いずれにせよ、窮地は脱したという事実にほっと胸を撫で下ろす。



「どうやら、拿捕に成功したようですね」



 戸惑う私をよそにフィオナ姫が現在の状況を簡潔に纏めた。

 だが、その顔は曇っている。

 無理もない。



「フィオナ姫、生徒の安否を確認しましょう。治癒しなければいけません」



 緊急事態とはいえ、氷で拘束した。

 怪我をさせてしまった可能性もあるし、アンデッドになった生徒をどうにかしないといけない。



「ええ。今は、義務を果たさなければ……」



 フィオナ姫は未練を断ち切るようにシュナウザーの消えた方角に背を向ける。

 噛み締めた唇を目にした私は、何かを言おうとしたけれど、結局は良い言葉が見つからずに口を噤む。

 伸ばしかけた手を引っ込めて、生徒たちの元へ歩き出したフィオナ姫を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る