第16話 初めての魔物討伐
学園都市の北部、私が日頃から魔術の練習に励むスポットよりもさらに北。
そこに魔物の群れが出現したらしい。
昇り行く朝日に照らされ、歪な化け物たちが蠢いているのを遠くから視認する。
見た目は猪がデフォルトとなっている。
だが、鹿のような角と獅子のような立て髪、馬のように長い尻尾が生えていた。極め付けは、額から飛び出すように顔を覗かせる魔石。
一頭だけでも脅威となるが、五頭もいた。
単位としての認定には十分だ。
「今日は大漁だな」
喜色ばんだエルサリオンの声。
見上げた彼の顔はいつになく浮ついていた。
フィラウディア王国にとって魔物は敵である。
魔物は爆発的に分裂し、人を襲う。
食料の為ではなく、闘争の為だけに。
神話によれば、精霊の敵が死にかけていた獣に宿って魔物になるらしい。
恐ろしい存在を前にして、戦意を高めているエルサリオン。
この様子だと、何度も討伐依頼を引き受けているのだろう。
「リル・リスタ、やはり貴様は凄いな。氷で簡易的な双眼鏡を作るとは」
八十ヤード先の魔物を目視で数えていた彼が、貸していた氷の双眼鏡を私に返す。
さすがに職人が作った双眼鏡に精度では劣るが、天気が良ければないよりはそれなりに使える。
「精度に難はありますけどね。それより、あれだけの数をどう捌くつもりですか?」
「攻撃魔術で一網打尽にするのもアリだが……逃すのも惜しい。ここは少し、趣向を変える」
エルサリオンは膝を曲げ、掌で地面に触れる。
「我らは地の精霊、森の言葉に耳を傾ける者。大地よ、隆起せよ。我らの敵を囲う壁となれ。
八十ヤード先で、迫り上がった岩の壁が魔物を四方から取り囲んだ。
逃げ場を失った魔物が岩に体当たりする鈍い音と咆哮が空に響く。
遠隔での魔術の作動。
かなりの熟達が必要とされる難易度の高い方法を、彼は涼しい顔でやってのけた。
「よし。次に、死ぬまで冷やせば完了だ」
「なるほど。外傷を減らして、毛皮の価値を高める為ですか」
「その氷の車椅子を作るよりは簡単だろう」
エルサリオンの挑発的な笑みから視線を逸らし、私は目を瞑ってイメージする。
局所的に気温を操るのは難しい。
でも、場所が区切られているなら、難易度は下がる。
暖気は上昇し、冷気は沈む。
このメカニズムさえ知っていれば、あとは簡単だ。
「
確かな手応えがあった。
立ち昇る冷気と、静寂。
正確な温度は不明だが、これまでの『氷結』よりもかなり低めを維持できている。
外気だけでなく、特定の物質の内部までも冷やす魔術。
『融解』に続き、オリジナルの魔術だ。
「
エルサリオンが唱えると、壁の向こうで凍っていた魔物たちが次々と浮かび上がる。
いずれもピクリと動かない。
その様子を確認したエルサリオンは拳を握りしめた。
「角の破損はナシ。それどころか、額の玉も壊れていない! これは高値で売れるぞ! やった、やったあ!」
それにしても、えらいはしゃぎようである。
いつもの皮肉気な笑顔はどこへやら、無邪気に金勘定する青年がそこにいた。
そういえば、食堂のメニューは、育ち盛りの男性にとってやや少ないらしい。
追加の費用を払って一品を増やしている生徒もいた。
学園の生徒たちにとって、依頼の報酬は胃袋を満足させる為にも必要なのだろう。
「さあ、急いで戻るぞ、リル・リスタ!」
「はいはい、そんなに走ったら転びますよ」
「そっちの方が転びそうだが、よくもまあ絡まずに済むな?」
エルサリオンの視線は、私の氷の車椅子に向けられていた。
そこには、丸い氷の車輪ではなく、氷の鋭い脚がいくつも生えている。
さながら、蜘蛛の脚を彷彿とするデザインだ。
舗装された街中と違い、自然環境では氷の車輪での走行に問題が発生する。
いちいち変形させるより、構造を見直した方が楽だと思い、氷の車椅子での試行錯誤の段階で不採用とした多脚式を採用したのだ。
構造そのものも、蜘蛛を参考にしている。
水圧で脚を動かすので、多少の段差は楽に乗り越えられる。
「少し慣れが必要になりますが、かなり応用が効きますよ。ジャンプも出来ますし」
びょんと飛び跳ねて、前に躍り出て、エルサリオンを複腕の一つで抱え上げる。
「運んであげますから、魔物の運搬は頼みますね」
「ははは、すっげえ! 早いな!」
私の後ろに回り込んだエルサリオンは、風に金髪を靡かせながらエメラルドの瞳を輝かせていた。
「なあ、さっきのジャンプ、もう一回やってくれ!」
「はいはい」
要望通りにジャンプすると、エルサリオンは悲鳴をあげながら笑っていた。
学園都市に戻るまで、二十回近くジャンプさせられるとは思わなかったが、嬉しそうにしていたのでヨシとする。
この世界、バンジージャンプとかローラーコースターとかないので、刺激に飢えているのだろう。
学園都市に戻った私たちは、討伐依頼を報告する。
外傷もなかった事が評価されて、かなり高額での買取りとなった。
なんでも、玉が魔道具の素材として高騰していたらしい。
単位としても無事に認定され、学園側の職員に物凄く褒められた。
隣でエルサリオンは誇らし気に胸を張り、賞賛を浴びていた。褒められるのが嬉しかったらしい。
「やはり貴様と組んで正解だった。まさか一日で金貨十枚も稼げてしまうとは!」
「エルサリオンさんの助力があってこそです」
「喜べ、次の討伐依頼も誘ってやる。そうだ、攻撃魔術の特訓も見てやるぞ。来週の週末は予定ないだろ?」
どうやら気に入られたらしい。
なんだかんだと気にかけてくれているようだし、根はいい人なのだろう。
早くも来週の予定を決め始めたエルサリオンの張り切り具合を私は微笑みながら見守った。
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