第15話 実験、学園生としての義務
学園都市から離れた草原。
私とベルモンド教授は、人気のないそこで実験の準備を整えていた。
「うむ。それでは、早速だが『火球』を使ってくれ」
「了解しました」
『火球』の爆風の威力を測定する実験をこれから行う。
周囲に及ぶ被害を算出し、データ化するのだ。
方法は単純で、位置を決め、等間隔で重ならないように傘を設置。
爆風を受けると開くので、その数や開き具合を記録する。
映像で監視できれば良いのだが、残念ながらそんな便利な道具はないので目視での計測となる。
正確性は数で補うしかなさそうだ。
この方法を提案してみたところ、ベルモンド教授は目を輝かせ、『それなら詳細なデータを取得できそうだ』と喜んでいた。
聞けば、学園内でこのような実験を行なっているのは珍しいらしい。
私が目にした論文のほとんどは、討伐での様子を記録したものばかり。
この方法だと標的の魔物は倒れなかった。
威力が低下していたと思われる。
これで魔術の論文が終了しているのだ。
あとは、他の論文から推測していたり、分析するに留まっている。
『火球』を使う。
爆風が傘を開かせた。
「これまでも何度か遠くから見ていたが、魔物の討伐を任せるには申し分のない威力だね」
「お褒めいただきありがとうございます。五ヤード内の傘は全開。六ヤードは開きましたが、規定の線に届かず、七ヤードは開いた形跡のみを確認しました」
「うむ。概ね一般的、あるいは基準となる『火球』のデータが取得できたね」
『火球』の誤射や巻き込みを防ぐ。
ベルモンド教授の研究の最終的な目標はそこに帰結する。
何をもって誤射や巻き込みと定義するのか。
どの基準をもって防げたとみなすのか。
恩人の研究を手伝う以上、生半可な結果と貢献で妥協するなど失礼に値する。
全力で取り組み、確実かつ隙のない研究に仕上げる。
それが私に出来るベルモンド教授への恩返しだ。
「では、次にアーサー・モンテスギューの提唱した『火球』の威力増強を実験します」
ミーシャの父上、モンテスギュー子爵が学園在学時に作成した論文で提唱されていた高威力に改良した『火球』を使用する。
方法は、シンプルだ。
発動する前に魔力を練り上げ、濃縮し、着弾と同時に解き放つ。
「わわっ!」
その威力は凄まじく、設置した全ての傘が開いた。
それどころか、二十ヤード内の傘が限界を超えている。
何度か練習したが、やはり威力が桁違いだ。
「二十五ヤード内の傘、全開を確認。うち十五ヤード内の傘は破損です」
「一時期は話題を掻っ攫った論文ではあるけれど、まさかここまで威力が高いとは思わなかったな。それを易々と再現するリルくんも中々に逸脱しているが……」
「あくまで論文の内容を踏まえて実践しているので、本当に再現できているか分かりません。筆者本人にお話を伺えれば良いのですが」
「子爵は国務と領地の運営に忙しいから、それは難しいだろうねえ。断られるのが目に見える……が、このデータを発表するだけでも検討はしてくれるかもしれないね」
破損した傘を回収し、これ以上の実験は不可能だと判断。
このデータを元に、傘の配置間隔や数を再考する必要がある。
「ベルモンド教授、申し訳ありません。実験の過程で傘が破損してしまいました」
「ははは、予め分かっていた事だ。気にする必要はない」
私の提案を聞いたベルモンド教授が、市販の傘を束で購入してくれたのだ。
「ただ、この類の実験を繰り返すなら、ある程度の資金が必要になるね。どうだい、そろそろ討伐依頼を引き受けてみてもいい頃合いだと思うんだが」
「討伐依頼、ですか」
貴族学園では、人々に害をなす魔物の討伐依頼を斡旋している。
力ある者は、その力を適切に使うべき。
その義務感から来る制度だ。
戦果や貢献は公表され、学園内での特例措置をいくつか受けられる。
金銭による報酬、単位の認定、就職活動でのアドバンテージ。
様々な動機で生徒たちは掲示板の前に集まっている。
「君なら問題なく魔物を討伐できる。僕が実験の資金を援助してもいいけれど、どうやらリルくんは引け目を感じているようだからね。水道代をケチって魔術で済ませているんだろう?」
図星を言い当てられた私は肩を竦ませた。
公共料金もベルモンド教授が支払っていると考えると、冬場に贅沢はできない。
心も休まらないので、魔術でお湯を作り出してバスタブに張っていたのだ。
「簡単な依頼から検討してみます……」
「気にしなくていいのに、君は本当に律儀だなあ。生真面目とも言えるか」
喉の奥でくつくつと笑ったベルモンド教授が腕を振ると、黒くもやもやとした魔力が私ごと包み込む。
ぐにゃりと景色が歪み、色が混ざる。
平衡感覚を失った次の瞬間。
一瞬の浮遊感と共に、学園都市の喧騒が耳に飛び込む。
見慣れた我が家の門。
ベルモンド教授から借りている別荘の庭に転移していた。
「お送りいただき、ありがとうございます」
「礼は実験結果の報告で構わないよ。良いものを見せてもらったからね。それでは、僕はこれで失礼するよ」
ベルモンド教授が黒いモヤに包まれ、消える。
転移魔法。
ベルモンド教授が魔術の権威たるゆえんだ。
誰も真似できない。再現できない。
フロレンツェ家の魔法だ。
「実験結果を纏めよう」
記憶が新鮮なうちにデータを纏める事にした私は、家の玄関を潜った。
実験結果を纏めて報告したら、討伐依頼でも見てみよう。
ミーシャはここ数ヶ月は『貴族』クラスの授業と『魔法主義』との兼ね合いで会えないと連絡が来ていたから、残念だが討伐依頼は一人でやらないといけない。
ベルモンド教授は多忙である。
ゼミナールの時間か、事前に連絡でもしない限り、研究室を訪れても会える事はない。
作成した報告書を、事前に指示されたポストに投函した私は、次の講義までの時間を有意義に過ごすべく、ある場所へ向かった。
「いつ見てもすごい人気だな……」
単位が取得できるだけでなく、報酬も貰える。
学園に寄せられる依頼は、生徒たちに大人気だった。
一部のコースでは、討伐数が卒業の必須とも言われているらしく、四年生が吟味に吟味を重ねている。
依頼を張り出した掲示板の前には、学園の制服を着た生徒たちが絶え間なく集まっている。
初めての依頼は何が良いだろうと悩んでいると、顔に影が掛かる。
見上げると、エルサリオンが覗き込んでいた。
長い金髪がさらさらとカーテンのように流れている。
「リル・リスタ、討伐依頼を受けるのか?」
「え、ああ、はい。その予定です。エルサリオンさんもですか?」
「ちょうどいい。俺と組め」
「うえっ!?」
目を見開く。
いきなり討伐依頼を持ちかけられるとは思わなかったからだ。
掲示板に貼られていたであろう依頼を私に見せる。
北部海岸に出現した魔物の討伐。
報酬はかなり良く、討伐した数や種類によって追加される。
期間は土・日の二日間。
五体以上の討伐で、最大一単位として認められる。
死亡した際は自己責任。
合同の際は、成果に関わらず人数で割り、余った分は学園への寄付となる。
異世界の学園は、つくづく変わっている。
保護者からのクレームが怖くないのだろうか。
いや、金が手に入り、手柄として認められるから、黙認しているのだろう。
デイビット先輩が過去に語っていたように、魔術師の死亡率はかなり高いのだろう。
「素材の保存状態が良いと、報酬の支払いが良くなる。特に、冬は毛皮の需要が高い」
エルサリオンの言葉を聞いて、私はピンと閃いた。
人数を増やせば、報酬は減る。
それなのに、私を誘った理由はきっと。
「……もしや、私の『氷結』が目当てですか?」
「ふん、なかなか察しが良いじゃないか。流石は『特級』クラス。それなりに頭が回るらしい」
「お褒めにいただきどうも。未経験で良ければ同行しますよ」
エルサリオンは「決まりだ」と悪どい笑みを浮かべた。
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