第14話 エルサリオンという皇太子
日課に加わった『火球』の訓練と改良実験。
ジェニス先輩の指導もあって、既に魔物を仕留められるだけの威力は確実にあるとのお墨付きをいただけた。
これだけの技術を身につけたなら、ベルモンド教授の研究も手伝えるはずだ。
その成果を報告する為、教授の研究室に向かう途中の出来事だった。
「アンタ、リル・リスタだな?」
覆面の集団が私を取り囲む。
学園の廊下を歩いていた他の生徒たちはさっと距離を取り、あるいは慌てて進路を百八十度転換させる。
「そうですけど、貴方たちは?」
大柄な男子生徒が一人、中肉中背が五人。
幼い五歳の体では、確実に筋力で負ける。
大柄な男子生徒が肩に乗っけた棍棒を弄ぶ。
「上からの命令でな。アンタにはちょっと痛い目に遭ってもらわないといけない」
「上とは、誰でしょう? 人の恨みを買うような事はしていないのですが」
「さあな。俺たちは金さえ貰えればいい」
魔術や魔法なら打ち消せばいい。
だが、物理的な攻撃となると対抗手段が限られる。
「
『火球』の爆風を防ぐ為に練習した、魔力による壁。
きらきらとした光に阻まれ、棍棒や拳を防いだ。
「おー、おー、その歳で『障壁』が使えるとは才能を感じるねえ! あの人が嫉妬するわけだ!」
四方から『障壁』を叩く。
通りがかった教師は、目の前の現場から露骨に顔を逸らして歩む速度を早めた。
誰が覆面の集団を動かしているのか、確信はない。
ただ、昨日、授業中にも関わらず、シュナウザー先輩の使いを名乗る生徒が派閥への加入を提示してきた事が影響しているのだろうなという予感があった。
渡された書類の内容があまりにも酷かったので断ったのだ。
・派閥への月に金貨十枚の献金
・研究成果の譲渡と権利放棄
さっと見ただけでも、横暴の限りを尽くしていた。
受け入れるわけがない。
デイビット先輩から『実力行使に出るかもしれない』と聞いていたが、まさか昨日の今日で人を動かすとは。
どうする?
このまま現状を維持しても、いずれ魔力欠乏症でダウンする未来しか見えない。
魔術で排除?
魔術は魔物を攻撃する為に編み出されたもの。
人を相手に手加減できる自信がない。
冷や汗が頬を伝う。
人に向けて、攻撃魔術を使う。
その取り返しのつかない決断を、私はまだ下せずにいた。
「何をしている!」
低い声が響く。
他の人が見て見ぬフリを決め込んで逃げるように立ち去る中、彼だけが眉間に皺を寄せて足を止めた。
エルサリオン皇太子。
覆面の生徒たちがたじろいだ。
お互いに顔を見合わせ、話が違うと憤っている。
それよりも、エルサリオンの方が、遥かに怒っていた。
「寄って集ってやる事が原始的な攻撃とは、フィラウディア王国の貴族も地に堕ちたものだな」
指先を覆面の生徒たちに向け、小さく呟く。
「
彼らの体がふわりと浮き上がる。
そして、高く設計された廊下の天井に向かって落下していく。
劈く悲鳴に生徒たちが迷惑そうに耳を塞いで、駆け足で通り過ぎていく。
エルサリオンだけが、薄ら笑いを口元に浮かべ天井を見上げていた。
「見ろ、リル・リスタ。地に堕ちた王国貴族を天に舞い上げてやったぞ。彼らの歓声が聞こえてくるようだ」
「あ、ああ……ああ……あんなに、空高く……ああ……なんという……」
聞いた事もない名称、魔術なのか、魔法なのかすら分からない。
帝国では一般的なものなのだろうか。
『障壁』を解除した私は、彼の近くに移動する。
「エルサリオンさん、助けていただきありがとうございました。ところで、彼らは……どうなるんです?」
「そうだな。明日の朝には堕ちるだろう」
「落下した衝撃で死ぬのでは?」
「彼らは上級生だ。この程度の高さからの落下ならば問題なく対処できる」
天井から「できるわけないだろ」と怒号が聞こえたかと思えば、啜り泣く声で命乞いを始めていた。
落下に対抗する魔法はかなり高度なもので、扱える者は一握り。彼らの言葉に嘘偽りはなさそうだ。
「あのう、エルサリオンさん、彼らが落下した時に下に生徒がいると危ないので、せめて別の方法でなんとかならないでしょうか」
「む? 別の方法か。ならば、こういうのはどうだ?」
エルサリオンが窓を開ける。
寒い冬の風が廊下の中に吹き込んだ。
彼が何を企んでいるのか分からず、私は車椅子の上で硬直する。
「子どもは風の子、と人間の間では諺がある。彼らの健康を祈願して、存分に風を体感させてやろう。雪滑りというオプション付きでな」
私はエルサリオンによって窓の外に続々と投げ飛ばされる覆面の生徒たちを見守るしかなかった。
ちょっと可哀想だな、という気持ちは湧いたが、投げ飛ばされる直前に彼らは私に向けて中指を立て、「この借りは五倍にして返す!」と叫んでいたので、憐れむ気持ちも消え失せた。
なんというか、逞しい生徒たちだ。
異世界のやんちゃな子どもたちの気力についていける自信がない。
「おお、雪の斜面を良く滑る。なかなかの滑りっぷりだな」
エルサリオンは、雪のトンネルを滑り続ける覆面の生徒たちを眺めながら、ゲラゲラと笑っていた。
ひとしきり笑った後、彼は振り向いて前屈みになり、私の顔を覗き込む。
「リル・リスタ、時として力を適切に使わなければ奪われるだけだ。これまでは庇護されていたのだろうが、ここではそうはいかん。自分の身は自分で守れ」
エルサリオンは長い指で、軽く私の額を押す。
「それと、勘違いするな。俺は俺の信じる道を進んでいるだけであって、決して誰の味方にもなる事はない。迂闊に過ごしているなら、骨の髄まで利用してやる」
「あ、ありがとうございます……?」
「ふん、オレンジのチビとは違った意味で腹立たしい」
エルサリオンは、要件を伝えたと言わんばかりに背中を向けて歩き出す。
だが、こちらにだって言いたい事はあるのだ。
「待って、待って欲しいです、エルサリオンさん」
「なんだ?」
「先ほどの『重力反転』は魔法なのでしょうか。それとも魔術でしょうか」
「教えてやらん」
歩き出すエルサリオンの背中を追いかける。
見た感じ、あの魔術か魔法は、重力を反転させていた。
この足を動かす上で、助けになる可能性がある。
「そこをどうにか!」
「だめだ。俺にメリットがない」
「わ、私にできる事なら、なんでもします!」
「軽々しくそんな事を言うんじゃない」
私の額をデコピンが襲う。
ヒリヒリと痛む額を両手で押さえ、エルサリオンを睨みつけたが、やはり小さい体では迫力に欠ける。
案の定、彼は鼻で笑っていた。
「知りたきゃ聖貨十枚と交換だ。まあ、子どもには稼げないだろうがな」
エルサリオンは掌をひらひらと振ると、制服のジャケットに突っ込んでそのまま階段を降りていった。
その背中を見送る。
本音を言うと追いかけたかったが、あまりしつこくしても嫌われるだろうし、ベルモンド教授との約束もある。
仕方なく諦め、目的地に向けて車椅子の車輪を転がす。
「聖貨か。そういえば、この世界のお金で買い物をした事がないかも」
何度か、ルチア姉さんが託児の代金を払っているのを見かけたが、買い物そのものをした事がなかった。
『火球』の報告を済ませたら、依頼でも見てみようかな。
あの『重力反転』は是非とも扱えるようになりたい。
使い方の候補として、歩行の補助が真っ先に浮かんだが、ふよふよ浮くだけでも楽しそうだ。
夢は膨らむが、まずは出来る事から積み重ねていかないと。
やりたい事はたくさんあるけれど、やらなくてはいけない事も山のように降り積もっている。
どれひとつとして疎かにするわけにはいかない。
まずは『火球』の成果をきちんと報告しよう。
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