第13話 型を破って、目指すはビッグバン────!

 図書館の休憩室。

 安いながらもリラックスできる三人用のソファーに腰掛けたジェニス・デイビットは、ベルモンド教授に負けず劣らずの情熱に輝く瞳をきらめかせていた。



「ビッグバン、それは宇宙の始まりと言われています。僕たち『魔導工学派』の目標は、ビッグバンの再現。爆発こそが、奇跡なのです」



 変な人という彼への認識は、会話を進めるごとに強まるばかりだった。

 天動説めいた思想が根強く支持されている学園で、地動説とも取れる発言や宇宙は拡大し続けていると言う趣旨の主張は、一般的に逸脱している。

 ただ、彼の『火球』や爆発を伴う攻撃魔術への情熱は本物である。



「本当は派閥の運営なんて面倒極まりなくて、他人に丸投げしたかったが、トラブルを起こされる方が面倒なので、仕方なく僕が代表を務めている。というのも、他の派閥は爆発を恐れるばかりで、極めようとはしないからだ」


「危険だからでしょうかね」


「だからこそ、挑む価値があるというのに!」



 『火球』に纏わる論文はいくつかある。

 その多くは危険性について警鐘を鳴らすものや、どの魔物に有効なのかを伝えるもの。

 ジェニス・デイビットの発表する論文には、爆発の威力を高めるものや軌道の修正に関するものが数を占めていた。



「その中でも『火球』は、攻撃魔術の基礎とも言われている。ほとんどの初心者は必ず『火球』で練習する。スライムに特化した『氷結』よりも、『火球』がもっとも知性を持つ生き物にとって使用しやすい魔術であるからだ」


「投石による本能、道具を使う知性があるからこその攻撃魔術、ですか」



 魔法や魔術に関する論文の中で、必ず発展の歴史について触れている。

 どうして『氷結』が『氷結』であるのか。

 どうして『火球』は火の球を生み出し、発射する形なのか。



「いかにも。聖なる神と精霊の加護よりも前、紀元前において人は木の棒を擦り合わせ、火を起こし、焚き火を囲んでいたという。文字よりも古き時代から道具を使っていた名残だと僕は仮定している」


「たしかに、掌を起点に魔力を練った方が、魔術の精度は高まります。他の箇所でも出来なくはないですが、掌に劣りますね」


「魔法、魔術の成功のコツは強いイメージと集中力。だからこそ、掌を起点に魔力を練り、少しずつ現象を起こす方が成功しやすい。なので、離れた箇所を起点に魔術や魔法を行使するのは難しい」



 『火球』の爆風をどうにかする為に、風の壁を作るという考えを閃いた私は、すぐに壁にぶつかった。

 複数の魔術を使うには、かなりの慣れがいる。

 氷の車椅子も、実は同時に使っているのではなく、維持している間に別の魔術を使って、と小細工で誤魔化しているに過ぎない。



「『火球』の誤射を防ぐのは不可能だと、過去の魔術師たちは結論を付けたわけだ。僕から言わせれば、怠慢としか言いようがないね」


「では、何か誤射を防ぐ手立てがあるのですか?」


「君が試験で使ったという、魔術の打ち消し。それを使えば、望まない対象への魔術作用を軽減できるだろうね」


「なるほど。ですが、複数の魔術を同時に扱うのは難しくありませんか?」



 デイビット先輩は大胆不敵に微笑む。

 さながら悪戯を思いついた子どものように、あるいは勝利を確信した将軍のように。



「常識を爆破しろ。我ら『魔導工学派』の座右の銘だ」



 デイビット先輩の言葉と意図を考えて、ようやく彼の言わんとしている事が理解できた。

 『火球』の改良。

 その言葉に引っ張られ過ぎていたのかもしれない。



「君、放課後はよく崖で『火球』を使っているだろう? 威力も精度も上達しているが、型に嵌めてから使う秀才気質だ。だが、既存の魔術を極めるなら、より経験を積む必要がある」


「なるほど。『火球』そのものの再定義、ですか」


「魔術は時の学者が生み出したモノ。思い込みや主観がどうしても入っている。それを疑うところから、『魔導工学』は始まるのさ」



 デイビット先輩はソファーから立ち上がる。



「さあ、議論の時間は終わりだ。始めようじゃないか、終わりなき実験を。型を破って、目指すはビッグバン────!」


「これはこれは、落ちこぼれのデイビットじゃないか!」



 デイビット先輩の言葉を遮る声が響いた。

 振り返れば、いかにも『貴族』クラスに所属していそうな上流階級に広く支持される白手袋を着用した茶髪の青年がこちらを見下ろしている。



「……そういう君は、『魔法主義』の代表アレクサンダー・シュナウザー」


「敬称を付けたまえ、デイビット。公爵たる父上を持つ俺に話しかけてもらえるだけでも、下級貴族の木っ葉でしかない君には身に余る光栄なのだからね」



 これまでミーシャやエルサリオンなど、なかなか癖のある貴族を見たきたが、シュナウザー先輩は別格だ。

 全身から漂う謎のボンボン臭、周囲をあからさまに見下す視線、それらはなんとなく前世で私にトラウマを植え付けた元彼にとても良く似ていた。



「あ〜、はい。それでなんか用すか?」



 シュナウザー先輩の言葉を、デイビット先輩は生返事で聞き流し、不躾に質問をぶつけた。

 もちろん、相手は表情を歪め、声のトーンを高くして嘲りの言葉を強める。


「ふん、君に用があるはずもないだろう。それぐらい考えればわかる事を、わざわざ聞いてくる辺り君は本当に落ちこぼ────」


「あ、その話、長くなりそう? 後でもいいか?」



 一触即発。

 エルサリオンとミーシャの時とは違い、ガチ切れの喧嘩寸前の空気感。

 周囲の生徒たちが、そそくさと私たちから距離を取る。


 私は無言を貫いた。

 心の底から巻き込まれたくないな、と思ったからだ。



「黙れ。君に用はない。俺が用があるのは、そこの幼女だ」


「君、さてはロリコンか?」


「無駄口を二度と開けないように縫い付けてやろうか!?」



 なんで私を中心に喧嘩が起こるのだろうか。


 デイビット先輩は淡々とシュナウザー先輩を煽り、彼がキレたタイミングで生返事を繰り返す。

 なので、シュナウザー先輩にとって、怒りの矛先をしまうタイミングを失い続けている状態だ。



「もういい! おい、そこの幼女。その男とは今すぐに縁を切れ! そして、『魔法主義』の傘下に入れ! その才能は貴族の為、国の為に使われるべきだ!」


「ええ……?」



 あまりにも上から目線の雑な勧誘。

 しかも、来る筈がないと思っていた『魔法主義』が、代表自ら足を運んでの勧誘だ。


 本音を言うと、断りたい。

 ミーシャが所属しているという点では魅力的であるけれど、その他に所属するメリットをデメリットが上回る。

 貴族同士のトラブル、他の派閥との対立。

 ざっと思いつくだけでも、これだけあるのだ。



「断れば、平穏な学園生活はないと思え! 明後日、使いの者を寄越す。それまでに宮廷儀礼を学んでおく事だな!」



 シュナウザー先輩は一方的に要件を伝えると、大股で休憩室から出て行ってしまった。

 呆気に取られて見送るしかなかった私に、デイビット先輩が声をかける。



「どうやら僕が話しかけた事で、『魔法主義』も焦ったみたいだね。シュナウザーは公爵の父を持つけれど、本人自体はさほど影響力はない。実力行使だけは厄介だから、自衛する術を身につけておく事をオススメするよ」


「実力行使してくるんですか?」


「治癒魔術で治せば、証拠は簡単に隠滅できるからね。生臭貴族の常套手段さ」


「それ、法律的にどうなんですか?」



 デイビット先輩は曖昧に微笑んだ。



「死人に口無し。無謀な討伐依頼でも引き受けて失敗した、なんて噂話が流れるだけだよ。さ、ビッグバンを目指そうか」



 ……もしかしたら、私はとんでもない魔境に足を踏み入れてしまったのかもしれない。

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