第10話 喧嘩するほど仲が良い
入学案内とクラスでの対面を終えた私は、ミーシャと共に食堂を訪れていた。
学生であるうちは、食堂を四年間、無料で利用できる。
メニューも充実しており、栄養バランスも考えられている。
お子様ランチにはフィラウディア王国の旗が立っている。
「あ、歯が抜けた」
「まあ、めでたいわね」
五歳の体は今日も成長している。
抜けた乳歯をハンカチで拭って、乳歯入れのケースにしまう。なんでも、この国には乳児の抜けた歯をお守りにする風習があるらしい。
母さんとルチア姉さんが欲しがっていたので、後で送ってあげよう。
「そういえば、どの寮になるかリルは決めました?」
フィラウディア王立貴族学園は、全寮制だ。
学園都市内に建設されたマンションは学生寮であり、様々な国から訪れる留学生に配慮する為か、部屋は狭いながらも生活に必要なものはほとんど揃っている。
寄付金によって一軒家を借りたり、将来を見据えて家を購入する生徒もいる。
「アタシはお父様と同じく貴族寮から学園に通いますわ。リルはどうしますの?」
「私はベルモンド教授の取り計らいで、学園から近い一軒家を借りる事になったよ」
学生寮は、とにかく部屋の数を増やす為に縦に長く建設されているマンションだ。
狭い階段が多く、朝や夕方は学生たちで混み合う。
「まあ、お家を借りる事になったのですね。家賃は大丈夫ですの?」
「そこもベルモンド教授から借金する事になったよ。少しずつでも返していかないとね……」
「なんというか、とても策士な方ですわね、ベルモンド教授」
ベルモンド教授からの取り計らいにより、学園の校舎から近い家を借りる事になった。
もちろん、ベルモンド教授の別荘を借りているので、少しずつでも何かしら返していく必要がある。
何から何まで至れり尽せり。
怖いよ。ものすごく。
「ああ、そういえばミーシャの方の『貴族』クラスはどんな風に授業が組まれているのか教えてもらってもいい?」
「まあ、いいですわよ。まず、年間の授業単位が十ですの。歴史学、マナー学、お茶会などですわね。残りの十一は他で工面する必要がありますわね」
「やっぱりクラスによって年間の授業単位が違うんだねえ。こっちは十五だよ」
お互いのクラスの特色について話し合っていると、隣に誰かが座った。
スペースを譲ってやるついでに、視線で眺めると、そこにはいつぞやの金髪のハイエルフ、エルサリオンが驚いた顔をしてこちらを見ていた。
どうやら一人で食堂に来ていたらしい。
別に話しかける必要性はないが、ここで無視したりスルーするのも微妙な空気になりそうだったので、軽く挨拶をしておく。
「ああ、初めまして。たしか受験会場にいた人ですよね」
「む……あ、ああ……そうだが、何か文句でも!?」
「文句はないですね」
ミーシャが警戒モードに移行している。
ひとまず一触即発の空気を一瞬で作り上げるのをやめてほしい。
「ふん、ならばよい」
ぷるぷる震えていたミーシャは、自分のトレーを引っ掴み、俊敏な動作で私のもう片方の空いているスペースに移動した。
「リル、あんな人は無視して、アタシとお喋りしましょ!」
「あんな人……? おい、俺は人間じゃない。ハイエルフだ」
「魔物の討伐依頼をね、冬休みの時に受注するつもりなの。もしよかったら、リルも一緒に受けませんこと?」
「俺を無視するとはどういう意味での発言だ? 帝国への侮辱か?」
私を挟んでヒートアップしないで欲しい。
本当に、ミーシャもエルサリオンも落ち着かせないと、またちょっとした騒動になりそうだ。
「
氷の薔薇を作ってミーシャの気を逸らしている間に、素早くエルサリオンに詫びの言葉を囁く。
「すみません、エルサリオン様。ミーシャは少し気が立っているんです。あの試験の騒動の後ですので」
「む? ああ、あの試験官リンガの」
「少々、難しい言葉を使う年上の男性に警戒心を抱いてしまうお年頃なんです。なにとぞ、ご容赦と理解を」
「ならば許そう。俺は慈悲深いからな。それより、その氷の薔薇は氷結で作り上げたのか?」
お。意外と順応性のある性格で良かった。
なにやらハイエルフである事に拘りがあるようなので、その点を配慮すればトラブルを避けられそうだ。
ミーシャが胸を張り、誇らしげに鼻を鳴らす。
「そうよ。リルは氷の薔薇を作る天才なんだから!」
「い、いや、それほどでも……」
「ほら、ご覧なさいな! この氷の花弁から茎に至るまでに施された、素晴らしいカットを!」
ぐっ、ミーシャの無自覚なベタ褒めが私の良心を抉る!
ダイヤモンドに使われるブリリアントカットを再現しただけで、本当に凄いのはそれを開発した人なのに!
「確かに、これは見事だ。いずれ解ける氷でなければ、商売として確立できただろうな」
「あら、あなた。意外と見る目あるじゃないですの。そうよ、アタシの友だちのリルは凄いのよ」
「心に留めておこう」
なんか知らない間に仲直りしてる!?
これが若さか? 若者のコミュニケーション能力か!?
まあ、喧嘩してないならいいか。
思考を放棄した私は、残っていたスープを飲み干した。
コンソメみたいな色なのに、何故か牛乳の味がする。
異世界の料理はつくづく不思議だ。
「あなた、お名前はなんですの?」
「エルサリオンだ。エルサリオン・フォン・レグルス・セドラニリ。聖セドラニリ帝国の皇太子だ」
「皇太子って帝国の貴族の位だとどのくらいですの?」
「皇帝が母だ。貴族の上に位置する」
「まあ、偉い人だったのね」
「ハイエルフだ。人間ではない」
ミーシャ、肝が据わってるなあ。
皇太子って、次の皇帝に指名されているような地位のはず。
……まあ、学園に通っている以上は、同じ生徒なので多少の会話に身分は関係ない、のだろうか?
「そういうオレンジのチビは?」
「ミーシャですの。チビじゃありませんわ! これから伸びるの! 淑女に対して失礼ですわ!」
「社交界に出てもいない子どもを淑女とは呼ばん」
「んまあああ! なんて失礼なの!」
早くもまた仲違いしてるよ。
入学して早々、元気だなあ。
ぽんぽんと口論を交わした二人は、腕を組んで鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
間に挟まれた私は、とても気まずい。
「やあねえ、失礼な人は」
「人ではない。ハイエルフだ」
「リルはああいう人に捕まってはいけませんよ」
「だからハイエルフだと言っているだろう。この俺を無視するんじゃない」
なんて無益な争いなんだ。
両側からぎゃあぎゃあと騒がれると、人はこんなにも居心地が悪くなるものなのか。
「こんなチビに時間を無駄にするほど俺も暇ではない。失礼させてもらう!」
「それはこちらのセリフですわ、さようなら失礼な人!」
「ハイエルフだと言っている! もういい!」
そして、ミーシャとエルサリオンは喧嘩別れした。
騒がしい二人である。
喧嘩するほど仲が良いというが、お互いに激昂するポイントを突き合ってヒートアップしていくほど応酬が激しかった。
「アタシの勝ちね!」
「なんの勝負をしているんだ……」
前世の和を尊ぶ価値観と真逆を行く喧嘩。
お互いに暴力的な行動に出ないだけマシだな。
前世で働いていたコールセンター、人間関係のトラブルはだいたい刃物か退職届で決着を迎えていたからなあ……。
ちょっとした騒ぎはあったが、何事もなく昼食を終えた私とミーシャは、学園を見学し、今後のスケジュールについて相談しながら履修を組んだ。
授業が楽しみである。
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