第9話 面接

 試験の結果に基づいて、クラスやコースが打診される。

 ほとんどの生徒は希望のクラスに入り、今後の進路について学園の教員と面談を行う。



「やあ、リル・リスタくん。さっきの試験の時ぶりだね」



 私の面談を担当するのは、やはりベルモンド・フロレンツェ教授であった。

 長テーブルに座り、ワインレッドの瞳でこちらを興味深そうに観察している。

 その他にも見慣れない何人かの姿を認める。



「改めまして、リル・リスタと申します。そちらの方々は……魔術師でしょうか」



 なんとなく、他の職員とは存在感が違う。

 嫌でも警戒したくなるような、視線を向けないといけないと思わせる存在感。

 試験官リンガや、他の受験生が魔力を発動させた場面にも、似たような感覚に襲われた。



「寡聞にして存じませんが、魔術師の中でも高位の方々でしょうか」


「あはは、やっぱり警戒されてるじゃないか。だから言っただろう。例え五歳児であろうと、知性と年齢は比例しないって」



 ベルモンド教授が笑う。

 どうやらベルモンド教授の知り合いのようだ。



「すまないね、リルくん。この人たちは僕の知り合いでね、先ほどの試験での様子を職員会議に掛けたら、是非とも見てみたいとあまりにもしつこかったんで連れてきたんだ」


「そうだったんですね。リル・リスタです。よろしくお願いします」



 彼らは片手を挙げるだけで、無言を貫いた。



「じゃあ、面接を始めようか。リルくんはどうしてこの学園に来たんだい?」



 あ、このまま面接は続けるんだ。

 第三者の事はひとまず思考の外に追いやって、ベルモンド教授の質問に答える。



「魔術を極める為です」


「ほお。それは学園でなくとも可能だと思うけど、どうしてここへ?」


「いえ、学園以外では魔術を極められません。街中で使える魔術は限られていますし、先行資料を閲覧できませんから、やはり学園に通うしかありません」


「……すごい情熱だね。何が君をそこまで駆り立てる?」



 ベルモンド教授は、面白いものを見つけた猫のように爛々と瞳を輝かせ、私の腰掛ける氷の車椅子を見つめている。



「私の足を、私の意思で動かす為です」


「ほお。たしかリルくんは足が動かせないんだったね。その車輪付きの椅子……車椅子、とでも呼ぼうか。それを作ったのも、移動する為かい?」



 私は頷いて、軽くその場で回転させる。

 氷の車椅子をよく見せる為だ。



「ええ。『氷結』の魔術を弄って、車椅子にしています。車輪も氷ですが、溶かして固めれば多少の段差を乗り越えられます。車輪の角度も変更できるので────」


「待て待て待て待て、『氷結』だけ? 初歩中の初歩ともいえる攻撃魔術だぞ? それだけで氷の車椅子を作っているのか? 車輪を動かしているのはどうやって? そもそも氷の上に座って寒くないのかい!?」



 長テーブルから乗り出す勢いで、ベルモンド教授は椅子から体を浮かせていた。

 他の魔術師は、もう立ち上がって氷の車椅子に齧り付く勢いで観察している。



「基本的な魔術は『氷結』です。氷で車体のフレームを作りました。体に触れる面積は最低限にしてあります。車輪は軸を水流で動かしているので、転がります。……良ければ、見本をここで作りましょうか?」



 ベルモンド教授を始めとして、他の魔術師たちはもはや面接を忘れて車椅子に興味津々の様子だった。

 私の提案に首を上下に激しく振る。



氷結グラシオ



 氷の車椅子を考え、使えるようになるまでにかなりの練習と試行錯誤が必要だった。

 期間にして半年ほど。

 改良に改良を重ね、今の形になるまでに何度か魔力欠乏を起こしてびちょびちょになった事もある。


 作るための工程は簡単に。

 魔力の無駄を省いて、エコを心掛けつつ機動力と軽さを……とまだまだ改善の余地はある。



「おお、これは水車の回る原理を利用して車輪を回しているのか。内部を流れる水が動力源なんだな!」



 ベルモンド教授は、実際に作った複製の車椅子を動かし、観察していく。

 すぐに仕組みを見抜いたのは教授が初めてだった。



「少ない水量でも車椅子を動かせるのは、水を押し出す氷があるからか。すごいなあ!」



 氷を使い、水を押し出して水流を作る。

 爆発的に上昇した水圧が、パネル状になった水車を回転させる。

 坂道でもスイスイと進めるのも、この仕組みのおかげだ。



「よもや、『氷結』だけでこれほどの繊細な操作を可能にするとは……ほら、言っただろう。リルくんは『特級』クラスの方がいいってね!」



 他の魔術師に向けてベルモンド教授は言い放つ。

 過信は禁物だが、どうやらベルモンド教授は私の味方になろうとしてくれているらしい。



「君たちも、リルくんを見て分かっただろう。この子の血筋に四大家も王家も関わってない事が。さあ、政治謀略の時間は終わりだ。これからは僕が責任をもってリルくんの面倒を見る。文句は言わせないよ」



 魔術師たちは顔を見合わせ、それぞれ席に戻っていった。

 ベルモンド教授も、何事もなかったかのように腰掛ける。

 用済みになった氷の車椅子を『呪文破壊』で消すと、彼らは眉を下げてもったいないと呟いた。



「リルくんが『特級』クラスに相応しいと皆に理解してもらったところで、これからの学園での過ごし方について僕の方から説明しよう」



 ベルモンド教授はワインレッドの瞳を細めて、じっと私を見つめた。



「まず『特級』クラスについて。これは魔術や魔法などにおいて、特別な配慮を必要とする生徒が割り当てられる。魔力が強くて暴走しがちな子もいれば、魔法の精度を高める研究が必要な生徒もいる。亡命してきた生徒も過去にはいたね」



 もしや、両足が動かないことを理由に特級クラスへ振り分けられたのだろうか。

 私の懸念にベルモンド教授は苦笑いを浮かべた。



「これはとても不確実で、みっともない話になるんだけどね。この貴族学園にはたくさんの人たちが所属している。考え方もたくさんでね。

 魔術は忌まわしい。魔法こそ至高。

 学問は貴族だけが学べばいい。

 女は家庭を守るべきだ。

 ……そう信じるのは勝手なんだけどね、時々、実力行使に出る馬鹿な輩がいる」



 ワインレッドの瞳を伏せる姿は、整った顔立ちも相まって痛ましい。



「無用な争いを避ける為、才能のある生徒を守る為、特級クラスにリルくんを入れるべきだと僕は信じている。ああ、他のクラスとも交流の場を作るから、孤立への心配はないよ」


「ご配慮、ありがとうございます」


「それと、『特級』クラスだと図書館や書庫へのアクセス権限を持つ。魔術を極めたいという君の役に立つはずだ」



 ベルモンド教授は口をもごもごとさせた。

 髪をかき上げた際に褐色の尖った耳が桃色の頭髪から覗く。

 受験生の中にいたハイエルフのエルサリオンのように、多種多様な種族が学園に通っている。

 時間を見つけたら、異文化のマナーについて軽く勉強した方が良いかもしれないな。



「なんというか、リルくんと話していると子どもというより大人と話している気分になるね」


「普通にしているつもりなのですが、何か気になりますか?」


「いや、そのままでいい。僕は子どもが苦手だから、その方がありがたいんだ」



 問題なく受け答えして、魔術を使っている時点で、普通の枠からは外れている。

 子どもらしさを求められても困るだけなので、私としてもベルモンド教授の答えはありがたい。



「次に、学園の生徒が負う義務について」



 ベルモンド教授はゆっくりと説明する。

 時には資料を見せ、分かりやすい言葉を選んでいる事が、その真摯な振る舞いから伝わってきた。


「君たちが借りる部屋の家賃や制服、学費は学園側が一時的に負担している。学園側の斡旋する仕事などで、質の高いものに切り替えても構わないし、労働の評価が高ければ就職先の斡旋や単位としても認定される。魔術を扱えるというだけで、かなり重宝されるんだ。人手が足りなくて、どこも困っているぐらいなんだ」


「『特級』クラスの生徒には、どんな仕事が斡旋されますか?」


「生徒の扱える魔術によるとしか言いようがないね。『貴族』クラスは魔物の討伐を引き受けたがるし、『基礎学』クラスは単位につながる配達や錬金術の依頼を好む。学生課に登録すれば、その内容に相応しい依頼を仲介してもらえる」



 前世で通っていた大学にも、学生向けに単発のアルバイトを斡旋していた。そこから就活に結びつけた生徒もいた記憶がある。

 話を聞く限り、学園の何でも屋といったところか。


 ミーシャも単位のために魔物の討伐を引き受けるのだろうか。

 不安になってきた。

 ……戦闘を想定して、魔術を練習しないと。


「一年、つまりは今月から来年の二月にかけて、単位を二十一個取得する必要がある。これに失敗すると、長めの反省文と奉仕活動が義務付けられる。

 四年以内に卒業できなければ、学園側が負担した費用を返還する義務が生じる……とこうやって長々と説明したけど、質問はあるかな?」


「四年以内に八十四単位を授業、依頼の達成などで獲得する必要があると伺いましたが、一年間に行われる授業で貰える単位は幾つでしょうか」


「十五だ。絶妙に足りないだろう」



 私は困り果てた。

 前世の学校や大学とはまったく違う教育システムを聞いて、果たしてやっていけるだろうかと不安に駆られる。



「まあ、魔物を討伐して持ち帰るだけでもお金と単位が貰えるんだ。そこまで気負わなくて十分だよ。それに、僕を含めた教授に相談をしてもらえれば、研究を手伝ってもらった成果として単位を認定することもある」



 それはアカデミックハラスメントの温床にならないのか、と思わず口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。

 ここは異世界である。

 自分の常識を押し付けては、相互理解の道は断たれてしまう。まずは警戒しつつも、情報と信頼関係を構築しよう。それから懸念点を確認しても遅くはないはずだ。



「他に質問は?」


「学生寮があると事前に伺ったのですが、私の場合はどうなりますか?」


「ああ、その点は問題ない。こちらで学園の校舎に近い僕の使っていない別荘を貸してあげる。パーティーを開くには少し手狭だが、寝泊まりするにはちょうどいい」



 学園の他に、ベルモンド教授に個人的な借金を抱える事になりそうだ。

 知見を広める為にも、どんな依頼を引き受けるか考えておく必要がありそうだ。



「授業のシラバスがこれだ。この中から好きなものを選んで履修登録し、期末テストに合格すれば晴れて単位認定だ。履修登録せずに受講することもできるけれど、単位認定はされないから気をつけるように」



 ベルモンドから渡された『特級』クラス用のシラバスを受け取り、さっと内容に目を通す。

 前世ではスマホで履修登録を済ませていたが、学園では学生課に履修登録届を記入して提出する必要があるようだ。

 さっと授業名を見るだけでも気になるものばかり。



「面接は以上だ。質問があったら、遠慮なく僕の研究室を訪ねてくれ。いつでも歓迎しよう」



 ベルモンド教授と、最後まで名乗らなかった魔術師に見送られながら、私は面接を終えたのだった。

 すっごい緊張したー!

 なんとかなって良かったー!

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