第11話 火球
貴族学園は、多種多様な教室がある。
討論に特化した会議室、光を取り入れたテラス室、キッチンを内接した応接室もあれば裁判所を模した部屋もある。
ベルモンド教授のゼミナールは、研究室の隣にある会議室で行われると通達があった。
面接の時とは違い、幾分か脱力した様子のベルモンド教授が私を出迎える。
「僕のゼミでは単位認定の為に研究するわけだが、リルくんはどんな風に魔術を研究するのか知っているかい?」
「存じません。差し当たって、ベルモンド教授の研究を手伝う中で学べればと思うのですが、如何しましょうか」
ベルモンド教授は片眼鏡の奥でワインレッドの瞳を細めた。
「ほお、この僕の研究を手伝うと。ちなみに、僕がどんな研究をしているのか知っているのかい?」
「新規魔術、その中でも小魔術に区分される『攻撃以外の用途を主目的とした魔術』の構築と認識しています」
ベルモンド教授が私に関心を寄せる理由。
ミーシャと履修を組んだ後、時間が余ったので学園内の図書館で軽くベルモンド教授について調べてみた。
流石に何も知らないでいるのも失礼だと思ったからだ。
面接の様子と照らし合わせて見えてきたのが、小魔術と呼ばれる新概念だった。
私の返答を耳にしたベルモンド教授は目を見開く。
「君、どうやってそれを知ったんだい?」
「ベルモンド教授の論文のタイトルを司書に頼んでリスト化してもらいました。その中で、面接の時の振る舞いから、恐らく小魔術などの観点から私の車椅子に興味を持たれたのかと推測したのですが……」
「はははっ、いやあ驚いた。まさか過去の論文を学生の口から聞く日が来るなんてね。しかも司書を活用するなんて、なかなか勤勉じゃないか」
ベルモンド教授は愉快そうにくつくつと喉の奥で笑う。
「いやあ、どこの貴族も王族も、魔術と魔法を権力を見せつける道具としてしか扱わないから困ったもんだ。他の活用方法があると伝えても、露骨に金を出し惜しむばかりか、妨害しようとしてくる始末でね」
「宮廷魔術師団からの突き上げ、でしょうか」
「そうそう。連中、碌に魔術を扱えない癖に、ローコストハイリスクの危険な魔術を教えろと迫ってくる。ここだけの話だが、連中の大半の死亡理由は味方からの誤射だ」
……なんとなく、そんな気はしていた。
試験は攻撃魔術の披露をメインとし、『基礎学』クラスを下に見る試験官の発言、安全対策を欠いた体制。
さらに、ベルモンド教授の口振りから小魔術に対する風当たりの強さが伺える。
「おっと話が逸れてしまった。僕が突き詰めてやりたい事は、『魔術と魔法でより良い社会を作る』なんだ。生き物である以上、少なからず魔力はある。それを扱えるようになるだけで、選択肢はぐっと広がるんだ」
ベルモンド教授は、私に向けて手を広げる。
「僕は過去に魔術教本を大衆向けに売った。魔術の使い手が増えれば、魔術が更なる発展を遂げると信じてね。五十年も前の話だ。
貴族の横槍のせいで失敗に終わったと嘆いて、今の今まで忘れていたが、まさかその成果がこうして僕の前に現れるとは夢にも思わなかった。
本を破いて、頁を並べ直して、何度も魔術を使って、雀の涙ほどだった魔力を、貴族にも劣らないほどにまで高めた。
貴族は魔法を奇跡と讃えるが、僕はそれを否定する。
本当の奇跡は君だ、リル・リスタ。君こそが奇跡だ」
私は、ベルモンド教授が何を見ているのか分からなかった。
そのワインレッドの瞳は、私を見ているようで、別の誰かを見ているような感覚に襲われる。
「攻撃魔術の中でも、初歩中の初歩、『氷結』をあれほど工夫して扱える者は君を除いてこの貴族学園には存在しない。これまで僕を見下していた他の連中の興奮ぶりを見たか? あいつら、掌を返して君を欲しがっていたよ。跳ね除けてやったがね。あいつらでは、君を成長させる事はできないさ」
この人、一度でも思い込んだら執着するタイプの人だな。
熱に浮かされたように語るベルモンド教授に相槌を打ちながら、私はどうしたものかと頭を悩ませる。
「今、僕が研究しているのは、攻撃魔術の中でも初歩的なものでね。君も名前は知っているだろう。いわゆる、『火球』さ」
「炎の球を敵にぶつけ、着弾と同時に爆発させる魔術ですね。精霊プロメテウスの加護を授かった貴族の魔法を再現した、と言われている攻撃魔術」
「そう。オリジナルは山一つを溶かしたという、凶悪な魔法さ。それをなんとか魔術に落とし込んで、ようやく範囲を爆撃する攻撃魔術の代表格として有名になっている……色んな意味でね」
苦い顔を浮かべたベルモンド教授を見ただけで、なんとなく過去にどんな悲劇があったのか察せてしまう。
「僕の研究の最終的なゴールは、気軽に『火球』を使用できるようになる事だ。同士討ちでとばっちりを食らうのにも、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなんだよね」
「お力になれるかどうか分かりませんが、最善を尽くします」
幸いにも、ミーシャが精霊プロメテウスの加護を授かる血を持つので、魔法に関しても相談できるかもしれない。
ひとまず単位の為、ついでに魔術による事故で失われる尊い命を少しでも減らす為に、私は『火球』の研究を手伝う事にした。
会議を控えているベルモンド教授と別れ、過去の論文に目を通す傍ら、私は『火球』を試し撃ちしてみる事にした。
学園都市の外、断崖絶壁の海に向けてならば好きに魔術や魔法を使っていいという事になっている。
魔術や魔法を使う際、イメージがなにより大事である。
曖昧に想像しても望む結果は得られるが、消費する魔力が格段に増えるからだ。
「
まずは魔術教本の通りに使ってみる。
少し高めに石を投げ、それにぶつけるイメージで放つ。
拳大の火が塊となり、一直線に空を舞う石に衝突し、爆発した。
風が色味の抜けた髪を激しく乱す。
「これは想定通り」
次は、条件を弄って使ってみる。
直線ではなく、敢えてカーブを描かせたり、停止させたり、ぶつけずに爆破を試みる。
パッと思いつく要素を考え、実行に移し、気がついた事をメモに纏めて。
「『氷結』より、消費する魔力が少ないな」
辿り着いた答えは、極めてシンプルだった。
初歩中の初歩といわれる『氷結』、その次に当たる『火球』の魔術は複雑であるが、消費する魔力は少ない。
両方とも無差別に攻撃する魔術であるが、『火球』は使用者数が多く、何人もが研鑽を重ねてきたからだと考えられる。
一撃で多くの魔物を仕留められるように、何世代もの魔術師たちが試行錯誤を繰り返して威力を高め、消費する魔力を少しでも減らそうと工夫を凝らした。
火球のコントロール、威力の細かな調整が可能。
一人で多数の魔物を倒す必要がある時は、間違いなく重宝する。
「問題は、爆風か」
『火球』の中で最も厄介なものが、爆風である。
無差別に攻撃するという性質上、敵味方の区別をつけるのは難しく、その人だけを除いて攻撃するのは難しい。
爆発させずに火球をぶつけても、それなりのダメージにはなるが、やはり爆発させた方が攻撃力は増す。
「そういえば、真空の刃を作り出す攻撃魔術があったな……」
攻撃するエリアを指定し、空気の層を変え、爆風を遮断する事はできないだろうか。
実際に試してみたところ、空気の層を変えて遮断するのはかなり難易度が高かった。
日暮れほどまで練習し、試行錯誤を重ねたが、魔力の残量と時間が許容範囲の限界に近づいたので、ここで切り上げる。
判明した事実と論文の内容を照らし合わせる分析作業に変更するしかなさそうだ。
それにしても、ここ半年でかなり魔力が増えた気がする。
だが、足を動かす魔術にどれほど魔力が必要になるのか分からない以上、日課の魔力トレーニングを欠かすわけにはいかない。
ベルモンド教授から借り受けた別荘に戻りながら、私は明日の予定を組み立てる。
「ああ、そういえば明日はミーシャと魔術基礎学を受ける約束をしていたなあ。早めに準備をしておくかあ」
友だちと授業を受ける。
前世で何度も経験した事だけど、なんだか新鮮な感じだ。
手元にある魔術教本は五十年前に発刊されたものであるから、時代と共に魔術基礎学も変化を迎えているはずだ。
これから本格的な授業が始まる。
その中で新しく学べる事があるだろう。
……ところで、ベルモンド教授は一体いくつなのだろう?
少なくとも、五十年前には相応の年齢を重ねているとしたら、かなり高齢になるはずだ。
見た目の年齢はかなり若々しい。
長命種であるのは間違いなさそうだ。
「まあ、他人の事はどうでもいいか」
他人の事情に深く踏み入る必要がないなら、踏み入れない。
人間関係で拗れないコツである。
取り止めのない事を考えながら、頭の中に叩き込んだ地図を辿って道を曲がる。
見えてきたのは、庭付きの一軒家。
ベルモンド教授にとって、何不自由なく暮らせる一軒家ですら別荘でしかないらしい。
家賃の相場から考えるに、下級魔術師の給料でギリギリ支払えないぐらいの値段だと思われる。
早いところ貸しを打ち消さないと、とんでもない頼み事をされそうだ。
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