第7話 貴族学園への入学式 前編
フィラウディア王国には、王侯貴族の令息・令嬢だけでなく、商家や庶民も通う学園がある。
フィラウディア王立貴族学園。
他国や異民族からの留学生も招き、多様な経験を積める事で知られている。
魔法・魔術を使う為に、一つの地方をまるまる買い上げ、学園都市として運用している。
入学の条件はただ一つ。
試験を突破する事である。
貴族は魔法の実演を、その他は指定された魔術を使う事。
入学金や授業料などの支払いが困難な者は、奨学金を借りるか、学園側の提示する労働に就く事でどうにかできる制度なども充実している。
フィラウディア王立貴族学園の卒業生の多くは、魔物退治を得意とする宮廷魔術師団や教職の道を選ぶ。
『魔術師の数は国防の指数になる』という学者の言葉の通り、国力の増強と維持のために魔術師の育成に力を入れているのだ。
身分差はない、と豪語しているが、入学試験を受けられるかどうかで既にふるいが始まっている。
権力を持つ生徒に取り入れなければ、学園生活は悲惨なものになる事もありえる。
後ろ盾のない弱い者は、虐めの標的になりやすい。
特に閉鎖的な環境でストレスの溜まった子どもは、加減を知らずにやり過ぎてしまう。
その入学試験を受ける為、私はミーシャと共に学園都市を訪れていた。
滝のような涙を流す両親に見送られながらの出発は、非常に落ち着かないものだったが、彼らの真意を知った今では微笑ましいものだ。
指定されたグラウンドに、受験生が続々と集まる。
「入学試験、なんだか緊張しますわね……!」
周囲を見回し、そわそわと落ち着きなく見回すミーシャ。
橙色のツインテールが今日もゆらゆら元気に揺れている。
周囲からちらちらと視線を感じる。
まあ、目立つだろうね、この氷の車椅子は。
おまけに平民と分かる古着のワンピースを着ているし、一目見て分かる若白髪。顔は整っているらしいけど、令嬢たちほどではない。
「貴族は魔法を使うだけで一発合格なんでしょ?」
「そうは言うけど、緊張しますわ!」
上擦った声でしきりに緊張すると訴える。
どうやらこの国では、貴族学園を卒業した後で社交界にデビューするらしい。
なので、ミーシャは生まれて初めて家の外に出た。
人の多さ、視線、声。
慣れないうちは何もかも気になって、神経をすり減らしてしまうのだろう。
「それより私は、試験の内容が気になるよ。去年は、指示された攻撃魔術を使うだけでいいとは聞いたけど、今年はいったい何を言われるのか……」
事前準備なしの無茶振りほど嫌いなものはない。
失敗するのも嫌だし、失敗した事を責められるのも嫌だ。
魔術教本の内容は暗記しているけど、実際に使った事があるのは『氷結』だけ。『融解』はオリジナルだ。
いきなり使えと言われて問題なく使える自信がない。
「まあ、そうかしら? アタシが教師なら、リルは試験なしで合格させますのに」
「それはさすがに身内贔屓が過ぎるよ、ミーシャ」
五歳という年齢だからか、私の周囲は好意的な人が多い。
街を歩けば妙齢の女性からお菓子やお小遣いを握らされる。
過去に不審者に声をかけられた事もあったが、通りがかったパワフルお婆ちゃんが傘で滅多打ちにして追い払った事もあった。
庇護欲を唆る外見をしているらしい。
思えば、ミーシャも初対面の時からかなりグイグイと来ていた。
『アタシはあなたより五つ年上なので、お姉さんのように甘えなさい!』
そう主張して、甲斐甲斐しく絵本を読んできた事は記憶に新しい。
令嬢だと知った私が敬語を使えば、泣き落としを使ってまでタメ口を強制したこともあったな。
「しかし、魔力量さえ規定を満たせば試験を受けられるというシステムはなかなか斬新だな……」
前世の記憶、日本での学校は、年齢で管理するのが一般的だった。
大学は浪人生などがいたが、大体は同期といえば同い年といっても過言ではなかった。
周囲を見渡す。
視界に捉えた範囲だけでも、本当に多種多様な……一言で纏めるのも不可能なほどに多様性に満ちている。
まず年齢。
十歳が多いが、成人済みや妙齢の者もいる。
次に外見的特徴。
肌の色や髪色はともかく、頭部から生える獣耳やなびく尻尾、きらきらと光る鱗。ばさばさ動く翼。極端に背が高い者もいれば、私のように低い者もいる。
「あの子、足が動かないのかな……」
「あ〜同情推薦枠か……」
周囲から向けられる、憐憫の視線。
その奥に潜む嫉妬の色に私はそっとため息を吐いた。
十人十色。
心優しいミーシャがいれば、反対に自分と違う者を攻撃する人もいる。
前世で障がい者が生きづらさと不自由を世に訴える理由が分かるというもの。
何もしていないのに目立つ。何もしていないのに知られる。
それはかなり、精神的に堪えるものがある。
私を見てヒソヒソと囁く人たち。
そんな彼らから遮るようにミーシャが回り込んだ。
ふわりと水色のスカートが広がる。
「リル、そろそろ試験ですわ」
「そうだね」
気を遣われているのだと、やんわりと自覚した。
たぶん、無意識なのだろう。
その純真無垢な優しさが、沁みる。
家族にも優しくされてきたが、なんというか、義務感とかそういうものじゃない、無償の優しさ。
できる範囲で努力する、その健気な姿勢に心が打たれる。
「ミーシャは、どんな魔法が得意なんだっけ?」
「モンテスギューは精霊プロメテウスの加護を血に授かっていますわ。適性は炎ですの」
そういえば、と頭の片隅から建国神話を引っ張り出す。
四精霊に対応した四大家が、神託を授かった王を中心に一つの国を作ったという神話だ。
「へえ。炎に適性が。『氷結』の魔術は普通に使えていたけど、問題はなかったの?」
「炎に適性があるからって、氷が苦手になる事はありませんわ。でも、水はてんでダメね」
「なんで?」
「精霊アルデバランと精霊プロメテウスは
精霊の加護がない庶民はどうなのか。
試験前だというのに、そういう細かい所ばかりが気になる。
それに、魔法や魔術が存在するのをこの目で見たが、精霊や神という信仰に対して距離感がまだ掴めない。
前世は、友人のほとんどがマルチやカルト、あるいは陰謀論の闇に消えていったからなあ。
会話をしているうちに、ミーシャの緊張が解れたらしい。
落ち着きを取り戻した彼女の横顔から目を離す。
高らかに定刻を知らせる鐘が鳴る。
試験の説明をする為、試験官の教師がグラウンドに訪れた。
試験官の教師は二人だった。
緑髪の男性と、金髪の女性。いずれも若い。
「フィラウディア王立貴族学園の教師、リンガ・フォルテッシモだ。本日の試験官を務める」
「助手のミリッツァ・ナハルノア。よろしく」
試験官が名乗ると、グラウンドに少しずつ緊張が広がっていく。
いよいよ入学試験が始まるという実感が湧いてきた。
……モンテスギュー子爵から、ベルモンド教授には気をつけろと警告を受けていたが、この場には見当たらないようだ。
ひとまず、試験に集中できそうで安心する。
「さて、君たちの入学はほぼ決まっているようなものだから、肩の力を抜いて欲しい」
試験官リンガの言葉に受験生たちは困惑した。
「というのもね、君たちが従った案内板と地図には、特殊な魔術が仕組まれていてね。入学の基準になる魔力が足りていないと、試験会場が別の会場を表示する仕組みになっている」
ミーシャと私は顔を見合わせた。
人数によって会場を振り分けていると思っていたので、まさかその時点からふるいが始まっていたとは予想していなかったのだ。
「魔術師は、慢性的な人手不足に悩まされている。生まれ持った魔力量が多いというだけで、我が学園は大歓迎だ。宮廷魔術師団に入って活躍するもヨシ、魔術師ギルドで研究するもヨシ。全力で支援しよう」
リンガは、新緑の髪を揺らしながら手を広げた。
「そして、これから行うのはクラス分けだ」
リンガは語る。
進路や動機によって学ぶ魔術は変わる。
貴族は魔法を高め、それ以外は使える魔術の幅を広げる。
つまり、試験の内容によって案内する学部やコースを変えるらしい。
『精霊』
原則、貴族が振り分けられるクラス。
魔法について自己研鑽を深めつつ、貴族としての立ち振る舞いを学ぶ。
『研究』
身分と貴賤問わず、魔術師ギルドへの所属を目指す者が振り分けられる。
研究の成果によって成績が評価される。
『基礎学』
庶民が多い。魔術とはなんたるかを学ぶクラスだ。
最も生徒数が多い。
『特級』
権力のある教授が、特別に生徒を引き抜いてマンツーマンでみっちり教える。
「もちろん、強く希望するのであれば、案内に従わなくてもいいし、期末の結果によってクラスや学部を変更できる」
私が選べそうなのは、『研究』と『基礎学』辺りか。
貴族としての振る舞いを学んだ所で、活かす予定もない。
足を動かす為に、魔術を極める。
ミーシャは『精霊』で確定だろう。
「試験の内容はその年の試験官によって変わる。俺は生徒たちの実力を知りたいから、最も得意とする魔術か魔法を見せてもらう方式で試験を行う。できないなら、基礎学クラスだ」
リンガの言葉に受験生たちのやる気が燃える。
どうやら、貴族の他にも魔術や魔法に関して自信のある者しかいないらしい。
「では、試験を始めよう」
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