貴族学園編
第6話 貴族学園への招待
明日、モンテスギュー子爵から手紙が届くらしいから、お家にいるようにと言われた。
私の一言で、家は蜂の巣を突いた騒ぎになった。
両親はぎゃーぎゃー騒ぎながらクローゼットを漁り、冠婚葬祭用の礼服を取り出し、腕を袖に通そうとして破け、絶叫していた。
結局『仕事用の服でも問題ないのでは?』という私の一言で、騒ぎは収まった。
そして、迎えた次の日。
仕事用の服に着替えた両親に囲まれ、私は家の前で子爵の手紙が到着するのを待つ。
姉のルチアは生理痛で部屋に引きこもっているので、この場にはいない。
「まさか、こんなに早くお貴族様からアプローチがあるなんてね。生きているうちにお貴族様と関わり合いになるなんて夢にも思わなかったわ」
「リルは頭がいいからなあ。養子に欲しいと言われたらどうしようか」
両親はすっかり舞い上がっている。
なんでも、貴族の養子になるだけで、ある程度の生活は保障されたようなものらしい。
下半身が麻痺している娘を持つ親にとって、何よりも信頼できる保険なのだろう。
「お、馬車が来たぞ。凄い豪華だな」
ところで、この世界にプライバシー保護はないのだろうか。
名前と名字を知っただけで住所を調べられ、手紙が届く。
ちょっと考えると、かなりホラーな展開だ。
それだけ貴族の特権がすさまじいという意味でもある。
馬車は滑らかに停車すると、御者が扉を開く。
座ったままの体勢で、モンテスギュー子爵が私たちに手招きをした。
「詳しい話は中でするとの伝言を預かっております。身体検査の後に、馬車にお入りください」
護衛の騎士が素早く私たちの体を触って、ボディチェックを行う。
両親はがっちがちに緊張した様子で馬車に乗り込んだ。
「かけたまえ」
モンテスギュー子爵の言葉に両親は従った。
ふかふかのクッションが敷かれた椅子に、広い車内。
さすがは貴族というべきか。
「ご両親も薄々と勘づいているだらうが、その子どもリル・リスタは魔術を扱う才能がある。魔術を扱える者は、王国が厳重に管理せねばならない」
「存じ上げております」
「はっきりと言おう。その子どもの魔力量は異常だ。どこの令嬢を拐かした?」
「リルは正真正銘、私たちの子どもです。必要であれば、助産院の医師と名付けの神官を呼んでいただいて構いません」
父さんと子爵が睨み合う。
「親にして子あり、か」
子爵は険しい顔を緩め、深いため息を吐いた。
「過去に貴族が子を平民に売り渡し、騒動に発展したケースがあった。庶民の幼子に魔術の才能があると発覚した際、このような調査を行う事が法令により義務付けられている。とはいえ、礼を失した質問であった事を詫びよう」
「いえいえ、お貴族様の事情は庶民には分かりませんから、そのようにご配慮いただけただけでも感謝するべきはこちらです。ありがとうございます」
父さんは、緊張ぶりが嘘のように、毅然とした態度で子爵と会話をしている。
母さんも、静かに事の成り行きを見守っていた。
「リルが魔術を扱えるようになった経緯は、ミーシャから聞いている。魔術教本を古書店で買ったという話に相違はないか?」
「はい。娘は文字が読めますから、古書店で安くなっている本を買って与えていました。お恥ずかしながら、娘に字を習うまでは文字すら読めず……ワゴンに入って捨てられそうになっていたものを、店主から譲ってもらったのです」
「魔術教本は、血統と同じく厳重に管理されている。いかに版が古くとも、市井に売り下げる事は法令により禁止されている。庶民が購入する事もな」
子爵の言葉に私は目を見開いた。
だが、すぐに納得する。
魔術教本には、『氷結』の他にも多種多様な魔術が記されていた。
使い方によっては大事故が起きるだろう。
「恐らく、ゴミ捨て場から本を拾った浮浪者が古本屋に売りつけたのだろう。知らなかったとはいえ、法令に違反したのは事実。何らかの罰則を与えなくてはいけないというのが通例だ。だが、今回はかなり特殊な対応が求められている」
「……と、いいますと?」
「魔術教本の著者であるベルモンド教授は、魔術の権威とも噂される方だ。国王の覚えもめでたく、さらに稀代の偏屈家としても知られていてね、自ら刷った本の一つ一つに追跡魔法を仕掛けている」
「は、はあ……?」
父を含め、私たちは、子爵が何を言いたいのかまるで理解できなかった。
「先日の晩、国王陛下の命により、特法が制定された。
『庶民が故意により魔術教本を購入した際は、無罪とする場合がある』
明らかに、この法令は君たち一家を狙って制定された」
冷や汗がツウと頬を流れる。
監視されているという状況を理解した両親に、緊張と警戒が走った。
「本来なら、リル・リスタを子爵の養女として迎え入れ、十になるまで教育を施した後に貴族学園に通わせるのだが、すぐにでも貴族学園の試験を受けさせるべきだろう」
「す、すぐにですか……?」
「ベルモンド教授は、目的を遂げる為なら手段を選ばない事で知られている。存在を隠そうとすれば、必ず暴こうとするだろう。そして、敵も多い。街にいては暗殺や誘拐に巻き込まれるだろう。貴族学園も安全とは言い難いが、それなりのセキュリティと監視の目がある」
想像以上に、貴族の世界は血みどろだったらしい。
両親が困惑しているのが伝わってくる。
「我が娘のミーシャに今年の試験を受けさせるつもりだ。同学年であれば、多少の支援は行える。強制するつもりはないが、子爵の立場から行える最大限の提案だ。検討しておいてくれ」
「子爵様、リルには夢があるんです。魔術を極めて、足を動かすという夢が」
子爵は橙色の目を伏せ、だらんと垂れる私の両足を見た。
「そのような魔術は聞いた事もない。魔法でならば治癒できるだろうがな」
「私は、この子の親として失格です。事故に遭わせてしまったその日から、ずっとこの子の面倒を見て生きていくのだろうと絶望する毎日を過ごしていました。妻ともう一人の娘の支えがなければ、きっとリルを殺していたでしょう」
初めて聞く父の胸中に私は唇を噛んだ。
三歳の頃、まだ前世の記憶を思い出していなかった私は、正しく幼子だった。
両親と姉の目を盗んで、玄関の扉を開け、道路に飛び出し……馬車に轢かれたのだ。
「恥ずかしながら、リルの夢を夢を知ったのはつい最近です。それまでの私は、仕事を言い訳に娘から目を逸らしていました。娘に、何度も辛くあたった事もあります。父として不甲斐ない私ですが、娘の夢を、父として応援してやりたいのです」
「私も夫と同じ気持ちです。リルを支えたいのですが、庶民である私たちには明日の仕事で手が回りません。お貴族様の駆け引きや政治について全くの無学です。子爵様の提案の真髄を理解できない身ではありますが、どうか娘をよろしくお願いします」
深々と頭を下げる両親。
記憶を取り戻してから、過ごした二年。
二人はきっと、自責の念に駆られながら見守っていた。
「……ミーシャは、リルの事を友人だと気に入っている。可能な限りの支援は行うと約束しよう。だから、顔を上げなさい」
ずびずびと鼻を啜りながら、両親は顔を上げた。
子爵は深いため息を吐いた。
彼は、意外と苦労人なのかもしれない。
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