七本の花

ちかえ

七本の花

 友人のラドミールが、ベッドサイドに置かれた大量の花を複雑そうな目で見ている。

 気持ちは分かるが、花に罪はない。でも、今の彼の状況としてはそうも言ってられないのだろう。


「六本にしとけばよかった?」


 自分も持ってきた七本の花束を空いている花瓶に生けながら言う。


「分かってるよ。お見舞いの花は七本が常識だろ」


 ふぅ、とため息を吐いている。その体は包帯だらけで文字通り痛々しい。


「まさか害獣に集中砲火されるなんてなあ……」

「恨み買ってたんだろうな、僕は。魔法ぶっ放すから、って……ちょっと! 痛いよ。やめて」


 彼のペットのユニコーンが気遣うようにラドミールの体をつついた。だが、そこが傷口だったようで叱られている。


 マナが多く、強い魔法を放てる——というより、強い魔法しか放てない——友人は害獣退治、特にスタンピードの時は最前線に立つ。まず、彼が強い魔法で一気に大量の害獣を殺し、形勢が崩れた所を狙う。最近の害獣退治はその作戦が多いらしい。

 だが、そのせいで害獣には要注意魔法使いだと思われていたようだ。おかげで、昨日、彼は七頭の害獣に囲まれ文字通り集中砲火をされてしまったのだ。


 確かに害獣にしてみればラドミールを殺せばある程度は安心だと思ったのだろうが、本人にはたまったものではない。


 すぐに他の前線の人が助けてくれたから——害獣も全て退治された——動けなくなったりはしなかったが、ひどい傷になってしまった。おかげで今もベッドから動けなくて痛みに呻いている。


 ラドミールにとって、今、七という数字は不幸の象徴にしか思えないのだろう。


「おい、ラドミール。お見舞いに来てやったぞ」


 またお見舞い客のようだ。とはいえ、声は聞きたくない人のものだ。なんで彼の雇われ家政婦はこんな奴を通してしまったのだろう。一時的に雇われているから、嫌な奴が分からないのだろうか。


 そちらを見ると、予想通り、嫌な男がカラフルな七本の花を持ってニヤニヤしながら立っていた。


「ダリボルさん。わざわざお見舞いありがとうございます」


 ラドミールも丁寧に接しているが、目が笑っていない。


 ダリボルさんは俺たちの職場の先輩だが、俺たちは彼を苦手としている。一言で言えば、いじめっこなのだ。

 そのダリボルさんがお見舞いに来るなんて嫌味だとしか思えない。


「ほら、花持ってきたぞ」

「ありがとうございます」


 ラドミールは笑みを崩さない。目に怒りが宿っているように見えるが、気のせいではないのだろう。


「どういうこと?」


 ダリボルさんが去って行ってからそっと尋ねる。


「ああ、ダリボルさんもあの場にいたんだよね」

「え? まさか……?」


 その言葉を聞く限り、間違いなくラドミールが怒っている原因は色である。つまりそういう事だ。


「なんだあいつ!」

「本当にな」


 二人で憤る。そしてため息を吐く。


 この花どうしようと困っていると、またお見舞い客が来た。だから、誰でも通すのはやめて欲しい。


 だが、その客の顔を見て、ホッとする。嫌な奴ではない。むしろ……あーあ、ラドミールが固まってるよ。


「あ、えっと、ヴァレーリエさん、来てくださってありがとうございます」


 なんとか挨拶をしている。でもガチガチなのが隠せてない。


 その女性、ヴァレーリエさんも俺たちの先輩だ。でも、さっきの嫌な男とは全然違う。綺麗で、人当たりも良くて、みんなの人気者だ。そして、ラドミールも彼女に惚れている。


「具合は大丈夫? さっきダリボルとすれ違ったけど、何か嫌な事……」


 そこまで言って、俺がどうしようかと思っていた——捨ててやろうかとちょっと思った——花に目を留める。


「もしかして、それ、ダリボルの?」


 何かあったの、と聞いていくるヴァレーリエさんに軽く事情を説明する。返ってきた答えは『あいつ最低!』だった。

 完全にダリボルさんはヴァレーリエさんに嫌われてしまったようだ。ちょっといい気味である。


「じゃあこれもある意味では嫌味にしかならないわね。この後じゃあ」


 ヴァレーリエさんが、持ってきた七本の青い花を見て困ったような表情になる。ラドミールを攻撃した害獣の中に青いヤツもいたのだ。それはダリボルさんが持ってきた花が説明してしまっている。

 花自体は珍しい種類ですごく貴重なものだと分かるけれど、タイミングが悪い。


 ヴァレーリエさんが落ち込んでしょんぼりするのも分かる。


「大丈夫ですよ。そういう意図でないのなら」


 ラドミールが大人の対応をしている。おまけに穏やかな笑顔でお礼を言っている。大人だ。同い年なのに。


「でも、あれは知性があるっていうからね。他国にはあれを飼いならしている人もいるというし」


 何だかよく分からないフォローをしている。


「そんなのがいるならお目にかかってみたいですね」


 ラドミールが苦笑している。他の人が言ったら一笑に伏せていただろう。いや、今も少しそんな感じだ。棘がないだけで。


「論文もあるんですって」


 それはかなり信憑性のある話だ。


「それならこの花も少しは希望に見えて来ますね」


 ラドミールが笑いまじりにそう言った。


 落ち込んだ友人が少しでも希望を持ってくれたならそれはいい事だ。


 俺も彼に向かって穏やかに笑って見せた。

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七本の花 ちかえ @ChikaeK

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