金色に光る
sayaka
Thank you for your thoughtful and generous gift.
チョコレートの溶ける匂いがして、甘くてどろどろしていて少し欝陶しい。
バレンタインの日に渡せなかったものを中途半端にしたまま、箱から取り出して眺めてみる。何でもない日に特別でもないお菓子を渡すことは簡単に出来るのに、気持ちを上乗せしたものはやたらと重たく感じてしまう。それでもこんな虚しい気持ちで賞味期限切れの日にちを見つめるくらいなら、無理矢理にでも渡していたらよかったのかもしれない。衣知架はそんなふうに後悔しながら自問自答していた。
窓枠からカーテンをめくって夜の空を見上げると、真っ暗で何も見えない。せめて晴れていたらよかったのに、きらきら輝く星を思い浮かべながら、好きな人のことを想う。今は何をしているのだろうか、もう寝ているかな。そんなことばかり考えているから毎晩寝不足になってしまう。
翌朝、まだ冷たい空気を吸い込みながら登校する。電車に乗って二つ目の駅、同じ制服を来た子が窓越しに見えて、隣に腰を下ろすのを心待ちにしている。
「おはよう」
朝から爽やかな笑顔が眩しい。美緒の艶々した長い黒髪が揺れるのを見ながら、衣知架は同じ挨拶を返す。声が少し震えているのも寒いからで、頰が紅潮するのも外気温に触れたからと言い訳できる、冬の早朝に感謝していた。昨夜のどんより重苦しい気持ちが吹き飛ぶくらい日差しがやわらかく世界がきらめいて見える。しばらく取り留めのない会話をして、時間がゆるゆると過ぎていく。おもむろに美緒が鞄を開けると、中から小さな包みを取り出して衣知架の手に乗せる。銀色の包み紙に白いリボンがかかっていた。
「あげる」
「あ、ありがとう」
「ホワイトデーだからね、ホワイトチョコだよ」
「ありがとう……」
思いがけずに貰えたことがとても嬉しくて同じ言葉を繰り返してしまう。でも、なんでホワイトデーなんだろうとか、バレンタインに何もあげていないのに貰ってしまっていいのだろうかとか、頭の中で疑問が浮かんでは膨らんでいく。恐らく大した意味はないのだろう、そう思っていても気持ちが高揚していくのを抑えることは難しいもので、衣知架はただひたすら感動に包まれていた。
「そんなに喜んでくれて嬉しいよ」
美緒は屈託の無い笑みを浮かべて、衣知架の瞳を覗き込む。
「衣知架だけだからね」
そう言われると本当にそんな気がしてしまう。きっと美緒は、他の子にはまた別の、特別な何かを渡すのだろう。幸せな気持ちとその反対の気持ちをいつも両方に抱えている。そのバランスがどちらにも偏らないように、ぐらぐらと傾くものをそっと押えている。
顔を近づけると、ほのかに甘いチョコレートの匂いがした。
金色に光る sayaka @sayapovo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます