沖浦数葉の事件簿 ー不運と不運ー 【KAC20236】

広瀬涼太

アンラッキー×アンラッキー

「……ゲンのおでこに、7の字が見える」

 今日も同じ理数部りすうぶ沖浦おきうら数葉かずはは、部室で出合い頭によくわからないことを言い出した。

 額に文字って、超人か何かかよ。


 俺は無言で彼女――いや、ただの代名詞で、交際相手ではない――に近づくと、その目を半ば隠している前髪をかき上げ、額に手を当てる。

 まあこれも、俺の女性恐怖症克服のための……何かだ。

「……熱はない」

 まあ、それはわかった。こんな謎行動が熱暴走の結果ではないことも。


「……でも普通こういうのって、おでことおでこで、しない?」

 何のラブコメだよ。

「それやると、俺が熱出しかねんから」

「……大丈夫。私も熱出す」

「本末転倒過ぎる」


 それより問題は、この奇行の理由だが。

「で、7がどうしたって?」

「……今日のさそり座の運勢は最悪。アンラッキーナンバーは7」

 さそり座は数葉ではなく、俺の星座だ。


 他人の誕生日とか星座とかよく覚えているなと思うかもしれないが……。

 こいつは完全記憶パーフェクトメモリーとか、写真記憶フォトグラフィックメモリーとかを自称する、驚異的な記憶力を有する。

 いわばリアルでチートスキル持ちとも言えるのだが、悲しいことや嫌なことが半永久的に忘れられないという、結構どうしようもない副作用がある。

 普段の享楽主義めいた言動も、楽しい記憶でそれらを覆い隠すため。

 かつてのいじめの記憶をようやく忘れつつある俺にとって、それは放っては置けない事実なのだ。日々わけの分からないことで振り回されることになったとしても。 


他人ひとの心配する前に、自分のことをだな……数葉はかに座だったっけ」

 そもそも星座の話なんて普段はしないのに。


「……ん。今日も今日とて、ランク11位」

「それでさそり座は12位か」

 そういや以前、いろいろ言ってたな。星座カースト最下位とか。

 元ネタのギリシャ神話からして、カニはひどい目にあっているし。


「っていうか、星占いなんか気にする方だったっけ」

「……多少。それはともかく、カニとサソリって、相性良さそうじゃない?」

 そ、そうか?

 まあそうやって、自分の都合のいいところだけ信じるってのも、悪いことではないだろうが。

 去年までは、虫嫌いの元数学部女子と女性恐怖症の元生物部男子は、相性かなり悪かっただろ。

 でも、罰ゲームでも美人局つつもたせでもマルチ商法でもハニトラでも何でもなく、そんなふうに言ってもらえるのはありがた……。


「……同じ甲殻類だし」

「えっ」

「……えっ?」

 この状況でヤボなことをと言われるだろうが、さすがにこの発言は看過できん。


「サソリは甲殻類じゃないぞ」

 さすがに節足動物の細かい分類とか、学校で習うもんでもないから知らんだろうけど。


「……え? じゃあ、何?」

鋏角きょうかく類。有名どころだと、クモと同じ仲間だ」

「……狩りゲーで見た」

「俺もあれ初めて見た時、正直随分とマニアックなもんをと思ったな……いや、節足動物の分類とか、そんなものはどうでもいいんだよ」

 いかん脱線した。話を戻そう。


「星占いとか気にするんなら、共倒れになる前に離れた方がいいんじゃ……」

「……マイナスにマイナスを掛けると、プラスになる」

 俺のネガティブ発言を遮って、数葉が声を上げる。

 この無駄なポジティブさも、高い記憶力の弊害を打ち消すため。

 それに助けられたことがあるのは、まぎれもない事実だ。


「……ゲンの運勢は、アンラッキー7……私は7月生まれで、アンラッキー7」

 いや、やっぱりかに座とか気にしてるんじゃ……。


「……アンラッキー7×かけるアンラッキー7で、ラッキー49フォーティナイン

「アイドルグループか!」


―― 了 ――

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