第18話 『TS娘』とDNA個人識別鑑定

 俺、高岡英一郎は大(おお)先生(大磯弁護士)の自宅で『保護』されながら『DNA個人識別鑑定』の結果を待つことになった。

 その間、正体がわかったらさぞ驚愕されるだろうなと思いつつも大先生の奥様に着替えやら食事、入浴までお世話になっていた。

 児童相談員と同じように奥様から「お嬢ちゃん」扱いされる。そりゃそうだ。見た目は小学校4〜5年生くらい……いやもっと幼く見えるか。身長128センチ髪はボサボサ。栄養状態も悪いらしく、体重は平均値を下回る25Kgほどだったのでネグレクトを疑われても仕方がない姿だ。

 ただ田中だけは口調や仕草から俺だと信じてくれ、大先生に鑑定を頼み込んでくれた。これは一生恩に着る。


 俺の『口腔内細胞』と『高岡英一郎』の部屋から採取した「毛髪、シーツ、携帯電話、腕時計、歯ブラシ、ひげ剃り」などを、いつも鑑定で利用している大学の法医学研究室へ送り、『99.9996%の確率で本人』の個人識別結果が郵送されてきたのは約一週間後、今日の昼頃だった。


 午後、大先生宅に田中も呼ばれた。

「田中くんの言う通り、君は高岡くんだったんだな……」驚きとショックを隠せず大先生が口を開く。

「はい。原因は不明ですが、前の晩40°C近い熱が出てインフルエンザかと思って早寝し、身体中が痛かったのだけは覚えています。そして朝起きたらこの姿で……連絡もせず事務所にも行けず……申し訳ありませんでした」とようやく経緯説明と謝罪ができた。

「じゃ、わたし男の方と一緒にお風呂に入ってたんですね……ま、可愛らしいからいいですけど〜」とほんの少し頬を赤らめる奥様。

 田中は口には出さないが、良かったなと俺に眴(めくばせ)してくる。


「む……で、高岡くん……いや高岡さんかな。これからどうするかだ。知識・人格は元のままでもその姿じゃ事務所で勤務するわけにもいかないが」

「そうですね……戸籍ですとか、今の高岡はいまさら小学校に通うわけにもいかないですし、第一元の『高岡英一郎』の扱いも」田中も悩む。

 俺の仕事、戸籍……だがDNA鑑定で身体は性別が変わり幼くなったとはいえ本人であることは確定した。生物学的には本人だが法的・戸籍については不確定な状況だ。年齢も……。


 だが、この一週間考えていたことを大先生に提案してみる。

「大先生、ご相談があるのですが」

「うん。大体の想像はつくが……」

「はい、ありがとうございます。まず私は幼くなったとはいえ本人と確定しています。仕事に関しては幸い弁護士資格に更新は必要ないのでこのまま続けたいと思います。ですが事務所に行くのは憚(はばか)られるますので大先生宅でオンラインワークをさせてください」

「そうだな、それは私からもお願いしたい。君は田中くんと私の事務所でも一二を争う……ま、それはともかく他にもあるだろう?」

「お見通しですね……。

 当然ですが私の見た目は『高岡英一郎』ではありません。

 そこで考えたのは『高岡英一郎』の『捜索願』届出をお願いします。当然見つからないですし、幸いにも私には近親者がおりません。7年経過すれば反対する者もいませんので失踪届も受理されると思います。

 一方この少女の姿の私は『高岡英一郎』と誰かとの子供として誕生しましたが、出生届出も提出されず無戸籍状態とします。

 ですので家裁に就籍許可審判の申立てを行っていただき、その後世間体もありますので大先生には里親になっていただきたく思います。

 私自身はこの容姿からするとおそらく小学4年くらいかと思われますので小学校に通うしかないと思っています。当然帰宅後は弁護士としての仕事は続けさせていただきます」

「その選択もあるな。が……少し考えさせてくれ」と大先生。

「はい。無理なお願いだと思いますがよろしくお願いします」


「高岡、おまえそこまで考えてたのか……」

「いや、まぁ個人識別結果が出るまでのこの一週間、他にやることもないから色々考えていたんだ」


***


 その後田中は帰宅し、夕食時大先生から話があった。

「私なりに考えたんだが、今の君と『高岡英一郎』が同一人物であると『DNA個人識別鑑定』の結果を盾に取り地裁に申し立てることにする。性別の取扱いの変更条件は、18歳以上で性同一性障害であることが診断されなければならない等他にもあるから現行法では困難だが」

「そうですね……性別の取り扱い変更についてはそのうち法律も整備されるでしょうし」

「そうだな。まずは同一人物の認定からだ。君も小学生からやり直すのも本心はやりたくはないんじゃないか?」

「はい。先ほどはああ申し上げたんですが、本音としては大先生のおっしゃる通り今更小学生には戻りたくはありません」

「だろうな」

「ま、判決には数年を要するとは思いますが、少女とはいえ頭は『高岡英一郎』のままですから大先生のところでお世話になり、仕事をさせてください」

「ああ、よろしく頼んだよ」


 俺の行方不明者届(捜索願)は届出されず、後日俺と『高岡英一郎』が同一人物であるとの認否の申し立てが地裁に提出された。


***


『TS娘』がDNA個人識別鑑定で同一人物だとわかってもその後がいろいろ大変……って話

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