第16話 『TS娘』とシャーデンフロイデ

シャーデンフロイデ”Schadenfreude”:自分が手を下すことなく他者が不幸、悲しみ、苦しみ、失敗に見舞われたと見聞きした時に生じる、喜び、嬉しさといった快い感情。


***


 大磯法律事務所の午後…休憩時間は特に決まってはいないが、息抜きや昼食のため数人が雑談している。

 彼らは大(おお)先生、大磯弁護士の下で働いているイソ弁たちだ。


 話題の中心は高岡だった。

 彼は大先生のお気に入りだ。

 が、この数日事務所に来ず、突然連絡を絶ってしまった。事務所からの電話にも出ず、業を煮やした大先生が高岡と仲の良い田中に自宅へ様子を見てくるよう指示したのは4日ほど経った今日だった。

 高岡のアパートへ向かった田中は大先生だけに連絡し、その後ある場所へ行ったらしいがその詳細について同僚たちには知らされていない。


「しっかしさ、高岡って大先生のお気に入りだろ? なんか贔屓されてるっていうか…」

「まぁ優秀だからな」

「その高岡が、だぜ? いったい何があったんだ?」

「警察も同行したらしいけど、事件性は無かったらしいんだよね」

「大家の話によると、隠し子だけが自宅にいたって…」

「え、何だそりゃ?隠し子? 大家に連絡したのか?」

「そりゃ刑事じゃないけど、裏を取るのも俺たちの仕事だろ?」

「普段はクライアントから言われないと動かないお前が言うかい。それに弁護士法第23条の2に…」


***


「お嬢ちゃん、自分のお名前今度はちゃんと言えるかな〜?」と年配の児童相談員(児童福祉司)が俺に名前を聞いてくる。

「何度も言ってますが、『高岡英一郎』です」

「あら〜それはお父さんの名前でしょ?」

 さっきからこのやり取りの繰り返しだ。らちが明かない。


「ーーわたしの『口腔内細胞』と部屋に落ちてる毛髪からDNA個人識別をしてください」

「あら〜なんか難しいこと知ってるわね〜」

 俺はそれに構わず続ける。

「そうすればわたしが『高岡英一郎』と同一人物だとすぐわかる。な、田中からも言ってくれ」と同席している田中を見上げる。

「そ、そうですね。ネグレクトもまだ疑われてますが一度こちら…大磯弁護士宅で保護させていただいて、その間DNA鑑定をしたいと思うのですが。口腔内細胞なら最短5日で個人識別できますし」

 大磯弁護士からの連絡もあり、『保護者』の高岡英一郎とも連絡が取れないことから俺は大先生の自宅で『保護』されることになった。


 俺の『口腔内細胞』と部屋から採取した毛髪の『毛根』から抽出したDNAによる個人識別は『99.9996%の確率で本人』との結果が出たのはそれから約一週間後のことだった。


***


 詳細を知らされてない同僚たちの話は続く。

「何にせよ、大先生ってなんか高岡にべったりで、なんかこう言っちゃ悪いけど好気味(いいきみ)っていうか…もう少し俺らの方に来て欲しいよな」

「どっちが?って、お前それ最悪な思考パターンやなヤツ!」

「違う、これは『シャーデンフロイデ』っていってだな〜」

「あ、お前の口から法律以外の心理学っぽい用語が出るとは思わなかったぞ」

「でも高岡、今頃なにしてるんだろうな…田中からも何の連絡もないしな」


***


あんまり贔屓するとシャーデンフロイデを促すかも…って話


以上 『TS娘』とシャーデンフロイデ

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