第15話 『TS娘』とネグレクト

ネグレクト

1.無視すること。怠ること。

2.養育すべき者が食事や衣服等の世話を怠り、放置すること。育児放棄。

ここで語るのは2.のケース


***


 朝、目が覚めると自分の身体が『少女』になってしまっていた。いわゆる『朝おん』というやつだ。昨夜40°C近い熱が出て、インフルエンザかと思って早寝し身体中が痛かったのを覚えている。


 俺は弁護士、高岡英一郎だ。弁護士といっても自分の事務所を持っていない、いわゆるイソ弁だ。イソ弁とは、『居候弁護士』を略した言葉で、大(おお)先生の指示した事件について主に原告の反訳文(はんやくぶん)のチェックや訴状の作成を裁判期日に間に合わせて行っている。個人事業主の『侍業』なわけでそれこそ24時間365時間働いても給料は普通のサラリーマンよりちょっと上なくらいだ。労働基準法なんて当然適用されない。

 大きい事務所なら『アソシエイト弁護士』なんて格好いい言い方をするらしいけど、やる内容は変わらないらしいな。


 で、『少女』になってしまい服のサイズも合わなくなり、とりあえず自分のTシャツだけを着てぼ〜っとしていると携帯が鳴る。番号を見ると事務所の番号だ。

 慌てて出ようとしたが、まず声で怪しまれるだろうと出るのを躊躇した。10回ほどコールがあり、そのうち止んだ。

 どのみちこの姿じゃ事務所にも行けないしどうしたものかと思っていると、また携帯が鳴るが無視。そんなことを何回か繰り返しているうちに携帯は鳴らなくなった。


 そんなことよりこの姿、一体どうすればいいんだ?

 外出できる服はない。とりあえず当座の食料はインスタント食品があるからなんとかなるが、それが底をついたら・・・買い物にも行けない。考えるのも恐ろしい。

 腹が減ったので湯を沸かしカップ麺を食べるも1杯食べきれない。やはり体が小さくなったせいだろうな。

 いったい自分はどんな顔になったのだろう?

 独身男の部屋には鏡なんて置いてないし、洗面台も背が届かない。携帯のガラス面を見るとかなり幼く見える。顔認証の携帯なのでパスコードを入れなきゃいけないんだがそんなのは忘れてしまっている。

 コードさえ思い出せればカメラ機能で顔が見えるのにな・・・それよりも声で怪しまれようとも事務所に連絡を取るしかないだろうな。次のコールで出るしかないな。


 なのにそれきりその日はかかってこなかった。 

 そして次の日も次の日も・・・

 こりゃ元の姿に戻って事務所に行っても仕事、無くなってるだろうな・・・と思い始める。

 ゴミは溜まる一方・・・ゴミ出しにも行けない。部屋は荒れていく。食料も底を突きかけてきた。


 4日目、チャイムとドアを叩く音で目が覚める。

「高岡さ〜ん、いますか〜? 返事してくださ〜い」同僚の田中の声だ。

 ドアスコープを覗こうにも背が足りない。

「田中です! 大家さんと警察を連れてきたので、これから入りますよ〜」

 事件性を感じたらしく、田中が大先生の指示か自発的に来てくれたらしい。

 仕方なくドアチェーンを外し、鍵を外しドアを開けると・・・「あれ? キミ誰? 高岡さんは?」と驚いた様子の田中。

「高岡さんって独身だったよな・・・?こんな小さな子がいるなんて聞いていなかったぞ・・・」

「高岡さんは行方不明らしいですね」と警官。

「高岡は独身と聞いていたんですが・・・」と田中は警察と大家さんに言う。「高岡さん、もしかしてこの子を隠していたのか? で、育児放棄して行方不明?」


 何やら怪しい雲行きになってきたので仕方なくオレは口を開いた。

「田中、オレが高岡、高岡英一郎なんだよ。3、4日前朝起きたらこの『少女』の姿になっちまってた」この何日か声を出していなかったので自分でも気がつかなかったが、かなり甲高い(かんだかい)声だ。

「んなバカな・・・ってもその口調、高岡の話し方そっくりだな」と田中。

「いや、ネグレクトの線もありますのでここは児童相談所へ・・・」と警察。

「いや、待ってくれ。オレが正真正銘な高岡栄一郎なんだよ!ネグレクトなんかじゃない!」


 おれの必死の叫びも聞き入れられず児童相談所に連絡がいってしまい、オレは保護されその後児童相談所に引き継がれてしまった。


***


独身男性が『TS』するとネグレクトを疑われるかも・・・って話


以上 『TS娘』とネグレクト

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