第11話 『TS娘』とドッペルゲンガー
ドッペルゲンガー(Doppelgänger):自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象
* * *
TS学園大学 生物学部本館地下3階『生体検査室』(通称『ラボ』)にて。
「ねねねね!教授!教授ってばぁ!」と、わたしは『ラボ』のドアを叩いた。いつもは『検査』じゃないとあんまり来たくない場所だけど、今日だけは違う。
「どうしたんじゃ? しのぶ、血相変えて? 先日の『検査』結果が気になったのか?」
「違いますよっ!で、出たっていうか見たんです!もう1人の『わたし』! 今日仕事で4店まわって疲れたから一服しようと駅前の喫煙コーナーに入ろうとしたらそこから『わたし』が出てきたんですよ!絶対に見間違えじゃなくって、一瞬だったけど同じ背格好で赤い目に金髪!えっ?て思って振り返ったら、もう居ないんです・・・怖くて怖くて・・・これって『ドッペルゲンガー』って言うんでしょ?ねぇ、教授ならなんか知らないぃぃぃ?」後半はもう半泣きだ。
「まずは落ち着いて・・・」とビーカーに淹れたブラックコーヒーを出してくれる。
「あ、ありがとう・・・」いつもビーカーで出されるからイヤなんで手もつけないけど、今日は構ってられなかった。
こういったとき教授は人の話を莫迦にせずにちゃんと話を聞いてくれるから、そこ『だけ』は好きだ。
「ドッペルゲンガー現象か・・・古くから神話・伝説・迷信などで語られてる肉体から霊魂が分離・実体化したものとされておるの。これの出現は見た人の『死の前兆』と信じられた、とも言われてるな」
「え〜! わた、わたし死んじゃうのぉ?」
「いやいや、それはただの言い伝えじゃよ」
「で、でもでも、南方竜之介って作家さんが書いた作品、なんてタイトルだったかな・・・日都ヶ島ってところで実際に起きた事件を題材にしたってあったけど・・・」
「なんじゃ、しのぶは本を読むのか?」
「あ、当たり前じゃないですか! 本くらいわたしだって読みますよ! その中でドッペルゲンガーのことを『影の病』っていって、その病にかかったら自分そっくりの『影』が見えるようになって、『影』に殺されるって・・・」
「うむ、言い伝えに近いのう」
「だ〜か〜ら〜 怖いんですよぉ〜!」
「いや、必ず殺されてしまうわけじゃないぞ。実際にあった例としてはアメリカ大統領リンカーン、ロシアのエカテリーナ皇帝、日本じゃと芥川龍之介が自分のドッペルゲンガーを見たという記録が残っておるし、ドッペルゲンガーに殺されてもいないぞ」
「う〜イマイチ信用できないけどぉ・・・」
「ドイツ語でドッペルゲンガーというが、日本ではしのぶが読んだ本と同じ『影の病』とか『離魂病』といわれてな、古くは『日本書紀』『万葉集』に幾つも『影』が見当たるんじゃ」
「へぇ〜教授ってば古典も知ってるんだ〜 意外!」ちょっと落ち着いてきたんで、からかう。
それを無視して「今日しのぶは4店舗まわったと言うとったが、最近忙しいんか?」と気遣いモードで聞いてくる。
「うん、新店舗もようやく1店オープンできそうな子が・・・あ、お湯がトリガーの子が見つかったんで普段は午前と午後で1店づつまわって、あとはその子にアカデミーでつきっきりでレッスンしてるけど、今日は4店でチョー忙しくてさぁ・・・」
「なるほどのう。『離魂病』の正確な原因はまだ不明じゃがいくつかの説があっての」
「うん・・・」
「一説には、肉体世界と精神世界のバランスが崩れることによって病気が引き起こされる・・・これは非現実的じゃな」
「そうですねぇ」
「もう一つは、肉体のエネルギーバランスが崩れ、魂がエネルギー過多となり、それを守るために肉体から分離せざるを得なくなったために起こるという説じゃ。 しのぶは可逆的『TS娘』つまりほぼ男の肉体から『女子化固定』したわけじゃから、疲れたときになんらかのことが起きてもおかしくはないのう。つまりエネルギーが、疲れで魂と肉体のバランスがとれなくなっ」
「う〜! その原因を作ったのは〜〜〜〜!!」と教授をポカスカ(笑)しようと・・・
「ま、待て待て。暴力はいかん、暴力は! これではわしがドッペルゲンガーではのうてドッペルゲンガーを見たしのぶに殺されてしまうわい!」
* * *
ドッペルゲンガーはいるのか・・・って話
以上 『TS娘』とドッペルゲンガー
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