第2話 なにゆえに望む

"魔力"とは、魔法を使用するために必要な生物の潜在的な力だ。

いかなる魔法も体内に存在する魔力を消費するが、消費の程度はその魔法に依存する。


魔力には、もうひとつ役割がある。


それは生命維持である。

生物は例外なく、魔力を保有し、魔力を消費することで生命を維持する。

魔力が枯渇することはすなわち死を意味する。


あらゆる生物において、けっして魔力は "回復しない" 。




たのむ…!!!間に合ってくれ…!!!!


エリーゼ・ブルームウッドはこの村の領主の娘だ。

エリーゼの家は村の中心に立地しており、村はずれの草原からは距離がある。


ルークとコナーは息も切れ切れにエリーゼの家の門までたどり着いた。

そこには村人たち大勢の人だかりができており、門番が必死に村人たちの侵入を止めている。


「一目でいいから会わせてくれっ!! エリーゼお嬢様は大丈夫なのかっ!?」


小柄なおじさんが門番に泣きついている。よくエリーゼがおやつを買いに行っていた商店の店主だ。


「ダメです! 申し訳ありませんが、現在、関係者以外の面会は禁じられています!」


門番も村人たちのエリーゼを思う心配の心が伝わっているのだろう。つらそうな顔をしているが、必死に与えられた任務を全うしている。


だがそんなことは気にしていられない。

ルークたちは彼らの目を盗み、柵を飛び越えて木をよじ登り、二階の窓から屋内に侵入した。

この窓は、いつも使っている二階の廊下の窓だ。廊下に降り立つと、かすかに話し声が聞こえる。

二階の奥、エリーゼの部屋の扉が開いている。二人は無我夢中で駆け込んだ。


部屋には、ベッドで横たわるエリーゼと彼女を取り囲むようにして彼女の家族が座っていた。


「「エリーゼ!!」」


突然の来訪者にエリーゼの家族は驚きの表情を浮かべてこちらに振り向いたが、それがルークたちであることが分かるとほっとしたようだ。いや、ほっとしたというにはあまりに空気が沈んでいる。


「ルーク、コナー…! 君たちは一体いつもどこから…。いや、今日は許そう。」


一同が唖然とするなか、エリーゼの枕元に立つ男が口を開く。

家族のうちの一人、父親でありこの村の領主のヘンリック・ブルームウッドである。

彼の口調は変わらずではあったが、拳は握りしめられており、目元は腫れて何度もこすった跡がある。


「…私はいままで、やんちゃな君たちに立場上厳しい態度をとっていた…。だが、そうだな。 エリーゼにとって…君たちの存在は、きっとかけがえのないものなのだろうな。 こちらにおいで…」


ヘンリックは手を振り二人をこちらにくるように促す。

ベッドに近づくとそこには弱弱しい笑顔を浮かべるエリーゼの姿があった。



「ちょっと、みんな暗いわよ。 笑顔、笑顔」


そういうエリーゼの顔は青白く生気はほとんど感じられなかった。しかし表情からはわずかに以前のままのエリーゼを感じ取れる。


「ルーク、コナー。そんな顔しないで。 いつかこうなることはわかっていたでしょ。それが…今日だっただけ。 …死ぬ前にあなたたちの顔が見られてよかったわ。 お父様とお母さま、お兄様ともたくさん…たくさんお話できて、もう思い残すことはないわ…」


「そんなっ! そんなこというな! ダメだっ!! 頼むっ…! まだだ、まだ死なないっ! そうだろ…?な!?」


あふれ出そうになる涙をこらえルークは必死にエリーゼの力のない手を握る。


「だめよ。 もう…わかるもの。 魔力が尽きたの。 …だから体が朽ちるだけ」


立っていられず膝から崩れ落ちる。涙があふれて止まらない。

コナーも涙を浮かべつつ、ルークの肩に手を置く。


「エリーゼに見送るのは笑顔だろルーク。その方がいい。 エリーゼ、君とルークと過ごした時間は忘れない。宝物だ。 楽しかった!ありがとう…。」


涙を流しながらコナーは笑顔を作る。それを見たエリーゼも微笑む。


「そうよルーク。笑顔の方がうれしいわ。」


「無理だっ!!笑うことなんかできない!! …くそぉ、どうにか、どうにか…… っあ! 魔法!!魔法だ!!!魔法なら!!っ魔法なら!!!」


「…残念ながら、いまだ人類は魔力切れによる寿命を克服する魔法を使ったものはいない。」


「でも!でも僕は、みんなよりたくさん魔力がある!僕なら!僕ならきっと…!!」


村の人たちが魔法を使うのをたくさん見てきた。それに魔力だって誰にも負けないくらいある。僕ならどんな魔法だって使えるはずなんだ。

魔法はイメージ。そう聞いた。


「ああああああ!!!」


両手に魔力を込める。まばゆい光が部屋を包む。

エリーゼが元気になる魔法!エリーゼが元に戻る魔法!エリーゼが回復する魔法!エリーゼの時間が戻る魔法!エリーゼが自由になる魔法!

イメージしろ!イメージしろ!イメージしろ!!!


「ああああああああああああ!!!」


光が消えてゆく。


できない!!!!!

どうして!!どうして!!!!

魔法なんて碌に練習してこなかったから!!

魔法なんか使わなくても楽しかったから!!

魔力が多いことでぐちぐち言われるのがめんどくさかったから!!!

僕のせいだ!!くだらないことにこだわって!

大切なものを救えない!


「ううう……」


「もう、いつまでたっても泣き虫さんね」


エリーゼは目を瞑ってぽつりぽつりとつぶやき始める。


「最後に…。 ルーク、あなたに私のささやかな願いを託すわ。またいつか思い出して叶えてくれたら嬉しい…。さあ、これで心残りはないわ。 …私の人生も楽しいことでいっぱいだった。みんな、ありがとう。村の人たちにも伝えておいて…。 みんなとあえてしあわせだった、わ……」


エリーゼは幸せな笑顔で永遠の眠りについた。




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その日の夜の村は、野鳥や虫たちの鳴き声すらもない、かつてないほどの静寂に包まれていた。村中からの無数のすすり泣く声を除いては。


村はずれの草原に泥まみれ血まみれの少年が一人。それを見守る少年が一人。

体中を爪で何度も引っ搔き回し、地面に頭を打ち付け、泣く。

涙はもう出ない。それでも涙が止まらない。


「…もう、自分を責めるのはやめとけよ。」


地面に這いつくばるルークにコナーが声をかけると、ルークはほとんど開かなくなった右目でぎろりとコナーをにらむ。


「…おまえに何がわかんだよ…。」


「おい、なんだと」


「お前と違って、俺は!俺はエリーゼを助けられる力を持ってたんだ!!持っていたのに……持っていたのに!!」


「持っていたとしてもだ!エリーゼはあの時そんなことは望んじゃいなかった…」


「そんなのは言い訳だ!!!! 誰だってエリーゼが元気になるならそれがいいに決まってんだろ!!!!!」


「エリーゼは自分の運命を受け入れてた!!みんなも!!!笑顔で送り出してやること、それがエリーゼの望みだったはずだ!!」


「そんなの……」


忘れられない。エリーゼが眠った後の彼女の家族の顔を。エリーゼの訃報を聞いた村のみんなの顔を。


「…そうだ。」


地面に突っ伏したままルークがつぶやき始める。


「時間はもう。 かかってもいい。 僕が見つけるんだ。」


コナーが怪訝そうな顔でルークを見下ろす。

「…なにを。」




「エリーゼを ふっかつさせる魔法」



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「……願いか。 ……ぼくは、きみとずっと、いっしょにいたいな」


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