第8話 メラニーの憂慮

 メラニーの家、パスコリ家は、クリスタルガラスの卸業が主な家業だが、その他にも高級品を取り扱っている。そしてクリスタルガラス産業の本場と言えばロメロ家本家のあるヴィニックが有名だ。


 そういう事情もあって、このダルシアでもパスコリ家はロメロ家と懇意にしている。あるいは今まで以上に親しくなりたいと考えている事は明白だった。

 何しろ娘、メラニーの嫁ぎ先として、ロメロ家を選んでいる。メラニーと、ロメロ家の跡継ぎであるライアンと年齢も似合いであることが助けになったのだろう。


 それに今となっては終わったことだが、ライアンが呪いを受けたことで、一時はダルシアの分家に本家から跡継ぎを派遣しようとしていた動きがあったのだ。しかし、それでもパスコリ家はメラニーとライアンを正式に婚約させて、公私に渡ってダルシアのロメロ家を援助する姿勢を見せたのである。


 ライアンが呪いから解き放たれた現状、ロメロ家とパスコリ家の未来は明るいように端からは見えていたことは間違いない。


 しかし今、ニーサの訪問を受けたメラニーの表情は優れない――


「それは……ほとんどのところはカティアに説明したままですけど……」

「解呪士として、改めて詳しくお伺いしたい部分もありまして」


 ニーサの訪問を受けたメラニーは、何故かパスコリ家の倉庫が立ち並ぶ一角へとニーサを導いた。人気が無いわけでは無い。むしろ、多くの人が入れ替わり立ち替わりこの場所にやってくる。


 卸業であるので、ある意味その場所がパスコリ家の最前線とも言えるからだ。

 そういった場所に案内されたことで、ニーサはますます作り物の笑顔を深めてゆく。その肩にとまるフェンディも、身じろぎもせずにじっとメラニーを見つめていた。


「特にお伺いしたいのは、ナッシュ様が変わられたという白い鳥の姿形についてです。ライアン様にも伺ったんですが、やはりというべきかはっきりとは思い出せないということでしたので」

「あ、そ、そうなんですね……」


 ライアンの解呪の時と同じように、どこか不安定な様子のメラニー。

 だが黒髪はしっかりと結い上げ、白地に若草色の柄の入ったバッスル・スタイルのドレス。最近の流行を抑えている。


 だからこそアンバランスなのだ。むしろ戸惑いに揺れる、メラニーの赤い瞳だけが彼女に相応しいのでは? と感じてしまうほどに。


「ナッシュ様が『呪い』からライアン様を守られた。『呪い』の形は、私の知る限り、羽の形をしているはずです。そういったものをご覧になりましたか?」

「は、はい。最初に気付いたのは……ナッシュでした。空から羽がふってくるって。それを見た私とライアン様は不思議だけど、きれいだって……かなり呑気にしていたんです」


 その言葉にうなずきを返すニーサ。何かに納得した、というよりもメラニーに積極的に答えて貰いたい、といったような思惑があるのかも知れない。

 そういったニーサの考えを汲み取ったわけでは無いようだが、メラニーは説明を続けた。


「ナッシュは……どうしてなんでしょう? その羽が危ないと言い出して、受け止めようとしていたライアン様を庇ったんです。それで……白い大きな鳥に」

「その場には複数の羽がふって来てはいませんでしたか?」


「はい。多分ですけど、ナッシュは数本の羽からライアン様を庇ったのです。でも、全部は庇いきれない――いえ、そこまで求めてはいけないんでしょう。白い鳥となったナッシュは、やれるだけのことはやってくれたんですから」


 ニーサはメラニーの言葉に理解を示すように、肩に手を置いてメラニーを優しく慰めた。肩のフェンディも、チチ、と軽やかに鳴く。


 ロメロ家の屋敷にいた時、紅い鳥は一度も鳴いていなかった事を、メラニーは思い出した。改めてフェンディをしげしげと見つめる。


「あ、とさかは……ありましたね。この鳥のように空色では無くて、白色……いえ、先端が黄色くなっていた気がします」


 最初のニーサの言葉を思い出したのだろう。唐突に、メラニーが白い鳥の姿形を説明し始めた。

 ニーサとしてもそれは願ったりだったのだろう。そのまま質問を続ける。


「大きさは? カティア様がご覧になっている仰る白い鳥は見上げるほどの大きさであったと」

「は、はい。そうですね。私が見たのも確かに見上げるほどでした」

「具体的には? 街中で呪いを受けたと。具体的な場所までは伺っていませんが」


 ニーサが重ねて質問すると、メラニーの瞳が再び揺れた。


「……そ、そうですけど……」

「であれば建物と比べることもできるのでは? 三階に届いていたとか、あるいはインスーラよりも大きかったとか」

「ああ、そういうこと……ええと……そうですね。多分ですけど三階ぐらいですね。四階にも届いていたと思います」


 そのメラニーの答えに満足したのか、再びニースはうなずいた。今度は納得したかのように。そして、これが最後だと言わんばかりに改めてメラニーを見つめる。


「ライアン様が『呪い』を受けられた後、屋敷の外に出られることは無かった?」

「は、はい。でもそれは……そうなってしまうでしょう?」

「メラニー様も?」

「そう……ですね。わずかな時間であれば外に出たかも知れませんが……」


 ほとんど外に出ず、犬の姿に変えられたライアンの側にいた、ということなのだろう。身の回りの世話は使用人がやってくれるし、それも不可能では無いはずだ。


 だがそれを、ニースが改めて確認する必要は無いはず。

 メラニーはニースの質問の意味がわからず、再び赤い瞳を揺らめかせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る