第9話 カティアの想い

 こうして二人からの情報を集め終わったニーサは、カティアの部屋へと引き返した。カティアも本家への連絡、そして尽きることの無い事務仕事をこなしていたが、今度はカティアの方が早く終わったらしい。


 ニーサを出迎えたのは、カティアが用意していたカサゴの香草煮込みの香りだった。それに付け合わせとしてライ麦のパン。さらにフェンディ向けでもあるのだろう。木イチゴが木製の皿に盛られている。


 お互いにやるべきことを済ませてきた二人だ。まずは夕食をとることが最優先とされたのも仕方のないところだろう。

 しばらくは無言で食べ進め、しだいに口数が増えて行く。


「解呪って他の方でも出来るのよね?」

「うん、解呪自体は難しい技能じゃ無いから。支術を使える人なら、少し勉強すれば出来るようになると思う」


 自然と解呪という技能について。そしてニーサ以外の解呪士についてが話題になっていた。

 もっと早めにきいて置くべき事柄だったかも知れないが、カティアにしてもそこまで踏み込むのに勇気が必要だったのだろう。


「それは刺繍の勉強ってこと?」


 カティアがスープをすくいながら、そう尋ねることが出来たのも、それだけ二人が親しくなったということなのだろう。

 尋ねられたニーサは、スプーンをくわえたままキョトンとした表情を浮かべている。


 やがてニーサの表情に理解の色が浮かび、


「ああ、あれは違うわ。あのやり方で解呪しようとする人は……多分他にいないんじゃないかな? 私は効率的に進めたいから、あのやり方で解呪してるんだけど」

「効率的……?」


 確かに解呪自体はすぐに終わったが、その刺繍に三日もかかっているのだ。それを効率的と言っても良いのだろうか?

 カティアは、その疑問を口に出さずに皿の中のカサゴを切り分けることに意識を向けた。


「それに他の解呪士は積極的に解呪を受けたりはしないと思うわ。そういう事情があるの」


 そんなカティアに構わずに、ニーサの説明は続く。


「事情……それは知らない方が良い?」

「まぁ、そういうことになるわね。それにそれは私にとっても都合が良いから。今回だって、私が積極的に解呪を引き受けているからパスコリ家から話が回ってきたんだし」


 その説明にカティアは目をしばたたかせた。


「そ、そうだったんだ。ええと、パスコリ家が先にニーサを知っていて……」

「ロメロ家に紹介してみた、みたいな流れみたいよ。パスコリ家は民間の隅々まで取引が多いから、自然と私の噂も掴んでいたのね。でも解呪の仕事を発注したのは間違いなくロメロ家。パスコリ家はずいぶんロメロ家に信頼されているのね」


 確かにそういうことになるだろう。言葉を選ばなければ、どういう身元かもわからないニーサである。それを紹介するパスコリ家もパスコリ家だが、それを受け入れるロメロ家もまた大胆過ぎると言うべきだろう。


 それを可能にしたのは、ライアンとメラニーの婚約。さらにメラニーの献身ぶりが評価されたのでは無いだろうか。

 カティアのナイフとフォークが止まってしまう。


「そうそう。ナッシュ様についても聞いてみたのよ。カティアの言葉を疑っていたわけでは無いんだけど、解呪士として確認したいこともあったから」

「あ、うん。それは構わないわ。仕事だもん。当然よね」


 カティアは白い鳥と出会ったときに、すぐさまメラニーに確認していたのだ。あの白い鳥はナッシュが呪いを受けた姿ではないのか? と。

 ただ二人が見た白い鳥が同一ものである保証はない。


 そういう理由で、ニーサはさらにメラニーに話を聞きに行った。それ以上に「呪い」を受けたことによって、その時の記憶については期待できないだろうと思われるライアンにまで。

 疑り深い、と言えるかも知れないが、やはり慎重な姿勢、と表現する方が正確だろう。


 だがこれで、メラニーが目撃した白い鳥と、カティアが会っている白い鳥は同じ白い鳥であることが判明した。

 しかしニーサは、違う白い鳥であることを望んでいた――カティアは、そう思っていたのだ。


 だとすれば、ニーサは白い鳥の――ナッシュの解呪を取りやめてしまうかも知れない。そうなればナッシュはどうなってしまうのか。


 改めてニーサに依頼をすれば良い、という話になるのだが、さすがにそれはカティアの手に余る。かと言ってロメロ家から改めて依頼して貰うのも……


「ベティール工房に話を聞きに行ったのね。評判というかナッシュ様の為人ひととなりを伺いたかったので」


 カティアの逡巡しゅんじゅんには気付かなかったのか、ニーサはスープにパンをひたしながら話を続けている。


「“突然いなくなって困る”みたいな苦情もあるだろうと思ったんだけど、工房の人たち、みんなナッシュさんを心配してるのよ。ロメロ家から詳しい話がされたわけでも無いみたいなのにね。跡取りが『呪い』を受けたんだから箝口令がしかれていたのは、当然と言えば当然なんだけど」


 確かにそういうことになる、とその説明を聞きながらカティアは小さくうなずいた。

 すると、突然ニーサが立ち上がった。だがそれはカティアに改めて聞きたいことがあったわけではなく――


「何? 出ていきたいの? 勝手にすれば?」


 そうやって、ニーサがぞんざいな口調で話しかけたのはフェンディだった。そしてそのまま窓を開けて、フェンディを外に放つ。


「え……? いいの?」

「良いのよ。勝手に戻ってくるわ」


 ニーサの顔に貼り付けたような笑顔が浮かんでいた。こうなるとカティアとしてもそれ以上、踏み込むことはためらわれた。


「それに私も今晩ちょっと出るわ。そうね……ナッシュ様を解放するのにも効率的にやりたいからね」


 そのニーサの言葉、いや宣言とも言うべきだろう。それを聞いたカティアは、夜間の外出に反対するよりも前に、胸が喜びで満ちあふれてしまった。

 それをごまかすように、無言でナイフとフォークの動きを再開させる。


 それから慌てて、カティアはニーサに夜間の外出を注意するが、ニーサは「問題ない」と具体的なことは言わずに、そのまま押し切ってしまった。


 カティアは仕方がない、と肩をすくめてみせるが、やはりその胸中にあるのは喜び――いや満ち足りた想い。あるいは達成感と呼ばれるものだったのである。

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