第5話 カティアからの依頼(三)

 屋敷では、とにかく笑顔でありつづけたニーサだ。

 そのニーサが厳しい表情を見せている。だから、その変化をカティアが恐ろしく感じたとしても仕方がないところだろう。


 それに笑顔では無いニーサの方が、自然であるようにカティアには感じられたのだ。改めて考えてみれば、ニーサのことを何も知らない事にカティアは気付く。


 ただ「解呪士」を名乗っているということだけ。それ以外は何もわからない。

 「あの巨大な白い鳥はナッシュではないのか?」という疑問、あるいは希望にすがりつくようにして、ただニーサと会うことだけを優先しすぎたのではないだろうか?


 そう考えてしまうと、解呪の時にニーサが見せた手際も引っかかる。あれは鮮やか過ぎたのではないか? と。 


 あの手際の良さは、ロメロ家にも時折裏口から訪れる、物騒な世界の住人たちをカティアに思い出させた。

 もしかすると、ああいった男たちとニーサは繋がっているのでは――そんな風にカティアの胸中に疑問が次々と湧いてくるのだ。


「それでは、カティアさんは屋敷の中庭でその白い鳥と会ったわけですか?」


 突然、ニーサが確認作業を再開させた。

 笑顔もしている。ただ、ナイフとフォークを持つ手がステーキを切り分けることは無かった。


 笑顔ではあるが、発する雰囲気はまだまだ物騒なままだ。

 カティアは、唾を飲み込みながら慎重に言葉を選ぶ。


「え、ええと、それはですね。その……白い鳥が何だか私に呼びかけているように感じて……」

「では屋敷の外に出られた。何処に?」

「西の丘です。『ポジーリの丘』と言われている……」


 その説明で、ニーサには伝わったらしい。

 何度もうなずきながら「ああ、あの丘か」と納得したように独り言を呟いていた。


 「ポジーリの丘」はダルシアの街を一望できる、観光名所ではある。ただ夜であれば、当たり前に人はいないだろう。それに夜にはあまり訪れたいと思えない辺鄙へんぴな場所である事も確かだ。


 逆に考えれば、白い鳥はそういった事情を知っているからこそ「ポジーリの丘」にカティアを導いたのだろう。

 つまり、それもまた「白い鳥はナッシュではないのか?」という推測に繋がることになる。


「……改めて確認しますけど、その鳥の大きさはどれぐらなのかしら? 普通よりも大きいと言っても……例えば鷹よりも大きいとか?」

「いえ、近付いてみてわかったんですけど。見上げるぐらい大きいんです」


 カティアがそう答えた瞬間、ニーサの顔から再び笑顔が消えた。

 そして、慌てたようにステーキの残りを口に運ぶ。


「……ニーサさん?」


 カティアが恐る恐る声を掛けると、ニーサはナプキンで口元を拭い、控えていた給仕に退出するように指示を出した。そのままカティアへと声を掛ける。


「続いての確認です。その白い鳥とはそれっきり?」

「いいえ。数えたことはないですけど、多分五回は会っています。でも……ただ会うだけで……」


 そこから何か変化があったわけではないようだ。

 だからこそ、ニーサを頼って来たのだろう。


「カティアさん。これは秘密にしておいた方が良いんですけど。ナッシュさんはフルトを持っていたのかしら? つまりはアエーズであったのか? って、ことなんですけど」


 そのニーサは、カティアにとんでもないことを尋ねてきた。

 最初、カティアはその質問の意味が理解出来なかったのだろう。きょとんとした表情を浮かべる。


 だがそれも、わずかな間のこと。

 すぐにカティアの額に汗が浮かんできた。


「と、とんでもないことです。ナッシュは私と同じにロメロ家にお世話になっていて、ベティール工房に籍を置いている彫刻家の徒弟です。才能を見込まれて、援助されていました」

「ああ……だとすると普通はアエーズでは無いですね」


 ロメロ家は文化保護を家訓としている一族だ。ナッシュだけに留まらず、多くの芸術家のパトロンになっていることは想像に難くない。つまりナッシュの境遇は“普通”だ。


 一方で責任者アエーズと呼ばれる者たちは基本的に王家、あるいは貴族の係累と考える考えることが一般的な理解だ。


 であるなら援助を必要とする工房の徒弟が、アエーズであると考えることは、どんな風に考えても無理だ。アエーズが経済的な援助を受けてる、などというのは。


 つまりナッシュがアエーズだと“普通”は考えない、ということだ。だからこそ、カティアはそう尋ねられ、恐ろしくなったのである。


 では何故、ニーサがそんな当たり前の事を確認したのか?


「……実はね。呪いを受けるのは、フルトを持っている者だけなんです」

「え?」


 ニーサが不意にその理由を説明した。恐らくは給仕を退出させたのはそれが理由であったのだろう。カティアは驚きの声を上げた。

 ニーサが語ったその理由も意外であったのだろう、それに何より――


「ライアン様は……ああ、そうですね。ライアン様のお母上はイルメス国のグリアージュ家出身」


 ライアンは呪いを受けた。それは確実な事実。

 そしてアエーズであるイルメス国の王家であるグリアージュ家の血を引いていることも確実なことで、つまりライアンはフルトを持っている事も確実なのだ。


 最初はニーサの説明に意外さを感じていたカティアだったが、ゆっくりと考えていくと、確かにフルトの有無が「呪い」と関係あるように思えてくる。


 しかしそうなると、カティアが会っていた大きな白い鳥は――ナッシュではない、という事になってしまう。

 カティアはそう気付いて、肩を落としたが……


「カティアさん。もう少し私に協力して貰えますか? その白い鳥、解呪士として興味があります。それにナッシュさんでは無い、と決まったわけではないので」


 ニーサはカティアにそう申し出た。

 果たして、ニーサはどう考えているのか。それに協力とは?


 カティアは、どう返事すれば良いのか見当もつかず、先ほどまでのニーサと同じような作り物めいた笑みを浮かべるにとどまった。

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