第4話 カティアからの依頼(二)
ニーサの正面に用意された椅子に腰掛けるカティア。ずいぶん緊張しているのだろう。身体の線も固い。機能的な藍色のシミューズ・ドレスを通してさえ、それがうかがえる。
カティアは女性としては髪を短めに整えており、いわゆる上流階級の婦人とは違う見た目だった。何かしらの職業に就いているように思える。
しかしながら、顔の作りは随分と優しげだ。言ってしまえば気弱そうにも見える。
そして今。ニーサに請われるままに、たどたどしく話し続けるカティアは、やはりどこか頼りなげに思えた。
そうやって、なんとか話し終えたカティアに、ニーサが姿勢を正して声を掛ける。
「……ええと、すいません。お話は大体わかったと思うんですけど、ずいぶん複雑に感じるので、私から改めて細かい部分を確認させて貰ってもいいですか?」
「は、はい!」
だからこそ、そのニーサの申し出に、カティアは救われたような表情を浮かべたのだろう。
一方でニーサは、確認の前に眉をひそめながら「鴨肉のコンフィ」をナイフで丁寧に切り分けている。鴨肉は最後に皮目をあぶったのだろう。そのたびに小気味良い音が響いた。
その音に促されるように、カティアは自分の前に供されていたハーブティーに口をつける。
◇
カティアの話をまとめ、重要な部分を抜き出すならこういうことになる――
まず始まりとしては、ライアン、メラニー、カティア。それにナッシュという男性も含め四人の若者は、ダルシアの街でかなり前から仲良くしていた。幼なじみというほどでは無いが、一緒に遊ぶことも多かったらしい。
そのうちに、カティアがロメス家本家のある都市、ヴィニックへと向かうことになった。理由としてはカティアが文官として勉強するため。元々、カティアはロメロ家本家の援助で勉強させて貰っていたのだ。
カティアが分家であるダルシアのロメロ家の元にいたのは、社会勉強の意味合いもある。その社会勉強も終わり、いよいよ本格的に勉強を始めることになった、という名目でカティアはダルシアを離れたのである。
それがおよそ一年前の出来事だったわけだが、この時、カティアに「ダルシアを離れる」と決心させたのは「失恋」であったらしい。カティアはそこまでニーサに告白した。
その代償として、説明がたどたどしくなってしまった、ということになる。
では、カティアは誰に失恋したのか? ということになるわけだが、それはニーサが知らないナッシュという若者相手であったらしい。ナッシュはメラニーに恋をしていて、メラニーもそれを受け入れた――
それを二人から聞いたわけでは無いのだが、カティアはそうと察してしまった。だからこそ逃げるようにヴィニックへと帰った、というのが本当のところらしい。
だが――である。
本家からの伝言を
ライアンとメラニーが婚約しており、ナッシュがいなくなっていた。それに何より、ライアンが「呪い」にかかり犬に姿が変わっていたことは説明するまでも無いだろう。
そしてメラニーは実家のパスコリ家に言われるままに、「呪い」を受けて犬の姿に変えられたライアンと婚約することになったらしい。
カティアがダルシアを離れている間に「呪い」をきっかけとして、これだけのことが起こっていたのだ。カティアはその間、ヴィニックで勉学と事務仕事にかかりきりで、全くこういった経緯を知らないまま。
そもそもダルシアを離れた理由が「失恋」であるので、無意識にダルシアの情報から遠ざかっていたのかも知れない。
カティアはそれをずいぶん後悔し、ひどく落ち込んだらしいが、ダルシアがこのような異常な状況のままでは、カティアもヴィニックに帰るわけにはいかなくなっていた。
本家からの指示もあったのだろう。分家の跡継ぎであるライアンの婚約者、メラニーの助けになれという指示が出されていたのである。
そして実はここまでの説明が、カティアがニーサに相談したい事柄の前提だ。
それはそうだろう。
ここまでの話に“解呪士”の必要は無い。ライアンの「呪い」については、すでに解き放ったあとだからなのだから、改めてそれを相談したいと言うことではないはず。
つまり、カティアは他に知っているのだ。
「呪い」を受けた誰かを。その誰かとは――
◇
「ナッシュ様ではないかと、そう考えているんですね?」
「あ、は、はい」
「鴨肉のコンフィ」はすでに食べ尽くしている。今、ニーサの前にあるのは「牛ヒレ肉と
そんな
「では、ナッシュ様が呪いを受けた結果、恐らくは動物に変わっていると思われるのですが……それをカティアさんはご覧になったわけですね?」
「は、はい。見た、というか、出会った、という感じなんですけど」
奇妙な動物を目撃した、という感じでは無く、出会った、という表現をカティアは選んでいる。
それもまた、カティアが奇妙な動物を「ナッシュではないだろうか?」と考える理由なのだろう。
ニーサはステーキを切り分けながらさらに確認を続ける。
「それはいつの事なのですか?」
「私がダルシアに戻ってきて……三日後ぐらいですかね。お屋敷の中庭で、白い鳥を見て――」
ステーキを切り分けていた、ニーサの手が止まる。
ワイングラスの縁にとまっていた紅い鳥も小さく羽ばたくと、ニーサの肩に羽を降ろした。
そのただならぬ雰囲気に、カティアの腰が引けている。
「あ、あの……」
「カティアさん。その白い鳥の大きさは? もしかして、かなりい大きいとか?」
「は、はい。そうです。よくおわかりに――」
カティアの声がそこで止まる。
何故なら、ニーサも紅い鳥もじっとカティアを見つめていたからだ。
いや、それは睨んでいると言っても良い。
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