第3話 カティアからの依頼(一)
ニーサは今、ダルシアにおいて最高級と目される高級レストラン「ペルゴーラ」にいる。それも上客だけが案内される
すでに宵闇は終わり、夜のとばりがタルシアを覆っている時間帯だ。であるのに、支術によって灯された、強く安定した明かりが、この部屋だけを完全に夜から切り離している。
クリスタルガラスがさんざめくシャンデリア。大きな一枚板のガラス窓を飾り立てる事に重きを成したように見える、ビロードの青いカーテン。実際にカーテンは飾り紐でまとめられ、窓から見えるダルシアの街明かりさえも装飾のようだ。
「ペルゴーラ」が建っている区画は高級住宅街であるので、街明かりでさえも整然と品良く並んでいる。
その明かりを受けて落ち着いた陰影で楽しませる、室内の壁面。白亜のように見えるが、微細な彫刻が施されているのだろう。そして足首まで埋まるような毛足の長い緋色の絨毯。
その部屋にあるのはただ一組だけのテーブルセット。テーブルには純白のテーブルクロス。それは金糸で縁取りされており、さらに品良く。
雰囲気作りのためだけに、銀の燭台がテーブルの中央に置かれ、ニーサの瞳の色に合わせたのか、花瓶にはつつじが生けられている。
そこまで入念に雰囲気作りをされているのだ。ニーサもそれを無下にしたりはしない。完璧なテーブルマナーで「仔鹿肉の赤ワイン煮込み」を粛々と口に運んでいた。
そして共に入店を許された紅い鳥は、ワイングラスの縁にとまって、逆さまになりながら、年代物のワインをちびちびとすくっては飲んでいる。
この鳥はワインの前に、果物、お菓子などを遠慮無くついばんでいた。
こういったわがままが許されるのは、ニーサがロメス家からの紹介で「ペルゴーラ」を訪れているからだろう。
それに、わがままと言えばニーサはすでにかなりの無茶を「ペルゴーラ」においてやらかしてしまっている。
何しろ今、ニーサが楽しんでいる「仔鹿肉の赤ワイン煮込み」は十皿目なのだ。それも肉料理だけで十皿目。「馬肉のタルタルステーキ」「仔羊のグリル~タイム風味~」「牛テールのシチュー」etc……
ニーサはひたすらに肉を食べていた。ワイン、あるいはアルコールには一切手をつけない。野菜は付け合わせであるならきれいに平らげるが、自分からメニューを選ぶことは無い。
パンはシチューなどのソースをすくうときに使うだけ。今も煮込まれてホロホロになった鹿肉を胃袋に納め終わって、皿のソースを柔らかなパンですくっているところだ。
残さずに食す――も、またれっきとしたテーブルマナーではあるのだが、ニーサの食欲、あるいは偏食振りは常軌を逸している。
側で控えている超一流であろう給仕の顔色も悪い。
さらに、である。
「すいません、追加注文です。『鴨肉のコンフィ』を……」
さらにニーサが給仕を追い詰めようとしたとき、この特別室に給仕よりは上役、恐らくは支配人と思しき初老の紳士が現れた。
ニーサに向かって一礼すると、静かに近付いてくる。
その間に、給仕に対してはニーサの注文に対応するよう無言で指示を出した。そのまま流れるような仕草で、支配人は前屈みになってニーサの耳元で用向きを告げる。
「客? 私にですか?」
「はい。ロメロ家にゆかりの女性です。身元ははっきりしておりますし、なにやら火急に伺いたいことがあると」
支配人の言葉は言外に「会ってやってくれないか?」という希望を匂わせている。
そもそもニーサが「ペルゴーラ」の上客として収まっているのも、ロメロ家からの紹介があってこそだ。
お互いに、しがらみというものを感じざるを得ない状況だ。ニーサはこっくりとうなずきながら、肝心なところを確認した。
「このお部屋を使わせて貰っても良いのかしら?」
まだまだ食べるつもりらしい。
支配人はそれに動じること無く、段取りを整えてゆく。
「はい。それはご存分に。すぐにご客人の椅子を用意させます。ご注文の品もすぐに」
「助かります。そのご客人のご要望があれば、食事もお願いします」
「もちろんでございます。では、こちらにご案内を」
支配人は身体を起こして、入ってきた時と同じように静かに退室していった。
それを見送るニーサは、さらに小さな声で、
「どう思う?」
と、ささやいた。
独り言のようには聞こえなかった。しかしながら、この部屋にいるのはニーサ一人きり。話しかける相手と言えば、ワイングラスの縁にとまった紅い鳥がいるだけ。
空色のとさかが震えているが、それがニーサのささやきに反応したものなのかはわからない。
「失礼します」
支配人が手早く指示を出したのだろう。それともニーサが断れるはずが無いと予想できていたのか。ニーサが座るものと同じ、背もたれ高い格調の高い椅子を先ほどとは違う給仕が運んできた。
続けて、支配人が女性を案内しながら姿を現す。
女性は藁色の髪に秋空のような青い瞳の持ち主だ。そしてニーサはこの女性に見覚えがあった。
「ああ、確かメラニー様と親しくされていた……」
「覚えていてくださったんですね。私はロメロ家にお世話になっているカティアと申します。お食事の邪魔をして申し訳ありません。ですが、他に解呪士様にお話を伺うこう
思い詰めたようなカティアの表情。
確かに「火急の用件」であるように感じられた。それもかなり深刻な。
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