不運の試練・五『カック星人』

    不運の試練・五『カック星人』

         

          

          ◯

 頭は茶色いインコみたいな鳥の頭。そして首から下はスーツ姿の人間、彼らは「カック星人」という名の異星人だ。

 

 彼らは高度な文明を有し、科学力やその軍事力では地球を圧倒している。

 そんな彼らが何よりも愛し、そして崇めているのが「文学」であった。

 

 カック星人は、その技術力で銀河を旅しては文明をもつ惑星の文学を集めた。だが、気に入らないとその惑星を滅ぼしていた。

 

「おもんない作品を作る惑星はクソだッピ。滅んでも困らないッピよ」

 

 彼らはそう主張し、滅ぼしたり侵略したりして星々を回る迷惑な存在であった。

 

 ──そして、ついに彼らに太陽系第三惑星「地球」が「不運」にも見つかってしまった。これは惑星規模の「不運」だ。



 ──日本国、総理官邸。

 

 総理大臣に対し、カック星人の先遣隊「大佐」が原稿用紙を差し出した。総理はそれを確認する。

 

「……これは?」

 

「地球の様式に合わせたまでだッピ。これに面白い小説を書くッピ」

 

 総理は隣に立つ補佐と顔を見合わせた。そして小声で相談するのだった

 

「招集した作家先生たちは何してる」

 

「まだ作品が出来ていません、それどころか拒否する者まで出ています」

 

 総理と補佐の自信がなさそうな態度にカック星大佐は気分を害した。少し強い語調で告げる。

 

「小説が用意できないなら滅ぼすまでだッピ。これは宇宙のご意志だッピ。文学を理解できない低脳な種族は滅んで然るべきだッピよ」

 

「俺はそうは思わん」

 

「誰だッピ!」

 

 その時、部屋に着流し姿の難波青三が入ってきた。その目には丸メガネがかけられている。まるで往年の「文豪」の様だ。青三の後からはスーツ姿の魔城も入ってきた。

 

「話は聞かせてもらった。俺は難波青三。

 さてトリ野郎、お前に何が分かるのだ。文学には型はあれど、こうあらねばならない、という決まりはない。自由なのだ。もっと救われてなきゃあいけないんだ。文学は型にはめず、心の叫びを表現する言わば「ROCK」なのだよ」

 

「お前こそ知ったような口をきくなッピ。

…面白いッピ。じゃあお前が話を書くッピ

 お題は全部で7つ。さあ書いてみろッピ」

 

大佐は勝ち誇ったようにペンを青三に渡した。すると、青三はペンを興味深そうに眺めてから言った。

 

「この…ペン? ていうので紙に小説を書けば良いんだな?」

 

「ペンは知ってるだろ」

 

魔城はついにツッコミを入れてしまった。

 

「素人には無理だッピね。さあ、早く艦隊に戻ってこの惑星を滅ぼすかッピ」

 

「できたぞ、お題7つ含まれた短編集だ」

 

「え、は、早い!」

 

総理は驚愕の声を上げた。大佐は悔しそうに「よこすッピ」と短く叫んで原稿用紙を奪い取った。

 

 この惑星の命運がかかった緊急事態。普通ならこの状況下で面白い話などとても書くことができない。たちまち地球は滅びるだろう。

 ──だが、この難波青三という男に限ってはそうではなかった。

 彼は、暇つぶしに出してみた全文学賞を「総ナメ」にしていた過去がある。彼は、まさに天才であった。文学の才能と技術は既に日本最高峰に到達していた。

 

 大佐は手を震わせて言った。

 

「お、お、おもおも…そんな、ありえないッピ……」

 

「その『ありえない』って、俺の小説がつまらなさすぎって意味だよな?」

 

「ちげえよ逆だよ、じゃなきゃ困んだろ。つまんなかったら地球は滅ぶんだよタコ」

 

魔城はついに青三を引っ叩いた。しかし、青三はびくともしない。それが余計に腹立たしい。

 しかし、カック星人の方は膝をついてショックに打ちひしがれている。

 

「う、うう、こんな素人同然のやつに負けるなんて…ありえないッピ」

 

「あのう、青三さんはちょっと変ですから。気にしないでくださいね。トリさんたちは別にダメじゃないと思いますよ」


「う、う、う…こいつ何者なんだッピ。こんな奴が地球にいるなんて聞いてないッピ。一体誰の差し金なんだッピ……」


「俺は生者でもあり死者でもある。あえて狭間にいるからこそ、見える世界もあるのだ。

 俺は命令なんてされてない。これは俺の地球人としての意思だ」

 

 魔城が優しくカック星人・大佐を慰め、青三も優しく諭した。すると、彼は静かに言うのだった。

 

「──もう侵略と破壊はやめるッピ。小説一番、侵略二番。文学で負けたら意味がないッピ。祖国に報告して我々は即刻立ち去るッピ」

 

「待ってるぜ、お前が最高のROCKを見せてくれる日をな」

 

「おう、きっとまたリベンジするッピ」

 

青三と大佐で固い握手が交わされ、大量のフラッシュとシャッターに包まれた。総理補佐が証拠としてこれでもかと写真を撮っていたのだ。

 

 青三は五個目の「不運」も無事に回避することに成功したのだった。

 

「待ってろ、ミク。今に生き返るからな」

 

 

          

          ◯

 未来は銀行に来ていた。開店資金の用意のため、銀行側とその打ち合わせがあったのだ。

 

 待合のソファで順番待ちをしていると、肩に誰かが触れた。

 

「あ、ごめんなさい」

 

未来は咄嗟に謝った。すると今度は腕が掴まれてぐいっと引き寄せられた。そして、その人物は叫んだ。

 

「全員動くんじゃあねえ!」

 

 天井に向かって拳銃が発泡された。

 それが合図だったのか、銀行のいたる所からこの男の仲間らしき黒尽くめの覆面たちが銃を構えて現れた。

 

「え、これって…銀行強盗って…コト?」

 

 未来の夢を叶える大切な打ち合わせ。それは「不運」にも銀行強盗に巻き込まれてしまった。

 

 しかも、現在進行形で一番の人質として。




───不運の試練・六に続く

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