不運の試練・四『紛れもなく奴さ』
不運の試練・四『紛れもなく奴さ』
◯
目が覚めた時、青三は真っ赤なTシャツに身を包んでいた。魔城の方はネイビーのボディスーツだ。かなりセクシー系なので魔城の子供っぽい体格だと服装が浮いている気がする。
見渡すと、ここは何処かの廃工場のようだ。
「魔城、お前似合ってな──」
「ああ、はいはい。どうせ似合ってませんよ。早く試練突破しましょうね」
中年の男は殴られて尻餅をついた。
「ああ、お父さん! あなたたちもうやめて、乱暴しないで!」
手足を縛られた娘は叫んだ。その叫びも虚しく、父親は倒され男たちに囲まれて何度も蹴られていた。
その光景を泣きながら見つめる娘。それを楽しそうに眺め、娘に近寄るとその耳元でリーダーの男がそっと囁くのだった。
「おっと、お嬢さんやめてくれよ。俺たちが悪人みたいじゃあないか。こうなったのは君のパパが借金を返さないからだぜ」
「なによ、あなたたちがお父さんを騙したんじゃない!」
この娘の父親は自営業をやっていたのだが、酒の席で投資話を持ちかけられ、それに乗ってしまった。「不運」にもその話は全くのデタラメであり詐欺グループの格好のカモになってしまったのだった。
借金は増え続けるばかり、返せる筈もない法外な額にまで膨れ上がっていた。ついに詐欺グループはここに連れてきて男の一人娘を人質にしたのだった。
「気が強い女は好みだぜ、お前が泣き叫んで、次第に大人しく従順になる姿を見るのが楽しみだ」
リーダーの男がいやらしい笑みを浮かべ、それを娘が睨み返す。だが男の方は全く余裕を崩さない。
「さて、邪魔ものが入る前にゲームをすませてしまおう。君の服を一枚ずつ脱がせて、全部脱いだらお楽しみのゲームさ」
「嫌、助けて───!」
「よせ、娘に手を出すな」
「黙ってろ、おっさん。
無駄なんだよ、お前らを守る
「いるさ、ここに一人な」
──その時だった。突然、廃工場の夕日の後光差す入口に、一人の男の影が現れた。
その影はゆっくりと近づいてくる。難波青三はゆっくりと詐欺グループたちに近づいていく。
「誰だ、テメーは」
「よせ、あいつは強いぞ」
幹部の一人がリーダーの男を宥めた。彼はこの組織のブレーンを担っている。その彼のセンサーが反応した。あの真っ赤な服の男は危険だと。
青三は詐欺グループに対峙した。
「なんの用だ?」
「その父親と娘を解放しろ」
「テメーなんか知らねえぞ」
「だろうな、最近はコマーシャルやってないんでね」
青三は不敵にウインクする事でリーダーの男を挑発した。
「ちょいちょい、青三さん。挑発してどうするんですかっ」
すると、ブレーンが立ち上がって眼鏡をかけ直すそぶりを見せ、青三に向かって言った。
「良いだろう、その代わり勝負して勝てたらな」
「おい、勝手に決めるな」
「良いだろ、見てみたいんだ。奴の力を」
リーダーとブレーンは方針で少し揉めたが、ブレーンの案が通った。勝負して勝てば親子を解放するらしい。
「特別に遊んでやるよ、ブッチャー、来い」
リーダーが「ブッチャー」と呼ぶと、まるでゴリラの様な浅黒く筋骨隆々の男が前に出てきた。彼は着ていたタンクトップを破いて捨て去った。
「このブッチャーと腕相撲で勝てたら…お前らの勝ちだ。いいな」
リーダーがそう言うと、向かい合うブッチャーと青三の前に錆びついたドラム缶が用意された。ここが肘を置くバトルフィールドの様だ。
ブッチャーは振り返ると、リーダーに独特のイントネーションで確認した。
「おレ、この男をコロス、オーケーか? おレは手加減ニガテよ。すぐ壊しチャウネ」
「おう、好きにやれ」
リーダーはニヤつきながらブッチャーに返事をした。魔城は震えて青三のシャツの裾を掴んだ。
「あわわ、もう見るからに『パワー系』ですよ。他の能力値を全てパワーに振ってるタイプのパワー系です。青三さん、諦めましょう。本当に殺されちゃいますよっ」
「下がってろ、魔城」
それだけ言うと、青三は赤いTシャツを脱ぎ捨てた。現れた身体は、筋肉の均整が美しく取られたまるで彫刻の様な身体だった。ブレーンは青三の鍛え抜かれた肉体を見て思わず口笛を吹いた。
「ヒュ───ッ、見ろよ奴の筋肉を…まるでハガネみてえだ! こいつはやるかもしれねえぞ」
「まさかよ、ブッチャーには勝てねえぜ」
リーダーは少し不安を覚えてきた。
──。
青三とブッチャーは互いに手を組み合って肘をドラム缶に置いた。睨み合う形になる。
ブッチャーは青三に対してふんと鼻で笑うのだった。
「こんな小僧とアームレスリングするのハ初めテネ」
「俺もハゲたゴリラとやるのは始めてだ」
「オマエ、口のきき方は気をつけるネ。おレ、気が短い」
「腹を立てたらどうするんだ? ウサギとワルツでも踊るのか?」
何で今回はあんなに挑発しまくってるんだろう。魔城には意味不明だった。なんだ、あの赤いTシャツが原因なのか。
挑発されたブッチャーは雄叫びをあげた。その瞬間、審判は「ファイッ」とスタートを告げる。
こんな自分より二回りも身体が大きい筋骨隆々の男に勝てるわけがない。下手したら腕相撲しただけで大怪我を負ってしまうだろう。
──だが、難波青三という男に限っては問題なかった。
彼はアメリカ留学時代に全米アームレスリング大会の最年少記録を打ち立てていた。現在もそれは破られていない。腕相撲は力比べというだけじゃない。テクニカルに勝利することもできる。青三はブッチャーの怪力を利用した。
気がつけば、ブッチャーは青三にねじ伏せられて宙を舞っていた。そしてその後で地面に倒れ伏した。
場がしん、と静まり帰った。ブッチャーは気絶してピクリとも動かない。
「あわわ、やばすぎです。青三さん、やばすぎです」
やっと口を開いた魔城がそう言うと、青三は首を傾げた。
「その、俺が『やばすぎ』っていうのは『弱すぎ』って意味だよな?」
「何ですかアナタ。逆です、強すぎです」
なんでこの人はトラックに撥ねられたくらいで死んだんだろう。魔城はいよいよ分からなくなった。
「てめえイカサマだろ! ふざけんなコラ!」
リーダーが叫ぶと、詐欺グループの仲間たちは青三と魔城を囲った。だが、彼らの戦意が喪失しかけている事など青三にはとっくにお見通しであった。
「やめときな、給料低いんだろ?」
その一言でブレーンが「退こう」と告げ、リーダーは悔しさを滲ませながら撤退命令を出した。すると詐欺グループはあっという間に逃げ去ってしまったのだった。
──。
魔城は倒れていた父親の方を何とか助け起こし、青三は縛られていた娘を解放してやった。
「ありがとう、あなたは誰なの──?」
娘が潤んだ瞳でそう聞くと、青三はまたウインクして答えた。
「ピーターパンさ」
「おえっ、やめてくださいよ青三さん。今回どうしちゃったんですか」
なんだかこちらまで恥ずかしくなってきた。その時、魔城は自分の身体が光に包まれている事に気がついた。
「今回も偶然、青三さんが腕相撲全米チャンピオンだったから良かったものを…。……?」
自分で言っててわけが分からなくなってきた。魔城は首を傾げた。
青三の方は相変わらず澄ました顔をしている。その頭の中は恋人の未来の事だけを考えているからだ。
「さあ、次なる「不運」を乗り越えるぞ」
未来が待ってる。あと少しで生き返る事ができるんだ。青三は光に包まれながら決意を新たに、気を引き締めるのだった。
◯
店主の紹介でフランスにスイーツ留学へ行っていた未来は、やっと日本に帰って来た。もうとっくに立派なパティシエになっていた。先日は雑誌のインタビューを受けたほどだ。
「みくちゃん、私たちで独立しない?」
日本に帰国してしばらくすると、そう話を持ち掛けられた。彼女は同じ職場の同期であり、相棒であり親友の
未来と久美は「ミククミ」というコンビで日本パティシエ界の将来を期待される若手のホープであった。
今回の独立は現在お世話になっているこの店の店主も、フランスの師匠も、みんな勧めてくれているらしい。開店資金も少し助けてくれるそうだ。
「ほら、セイゾウさんとの夢なんでしょ。やっと叶うんだよ、みくちゃん」
「……うん」
未来の彼氏、難波青三が死に、既に五年の月日が流れていた。
この五年間、未来は一時も青三を忘れた事は無かった。全て、ここまで頑張って来られたのは彼のおかげ。どこかで見守ってくれてて、応援してくれている。そう思えたからここまでやってこられたのだ。
彼女は色恋に脇芽も振らず、ひたすらスイーツの道を極めんとしていた。
「お店を出せたら、セイちゃん喜んでくれるかなあ」
未来がぼそりと呟くと、久美は力強く未来を抱きしめた。
「当たり前だよ、きっっと喜ぶ。とっても素敵なお店にしようね、みくちゃん。天国まで評判を届かせよう」
「うん、私は……夢を叶えるよ。セイちゃんに見てもらいたい」
未来は優しく微笑んだ。
未来がいよいよ夢を叶えようというこの時、まさか青三は腕相撲に興じていたとは夢にも思っていないだろう。
───不運の試練・五に続く
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