不運の試練・三『武角先輩』
不運の試練・三『武角先輩』
◯
──〝
青三ははっとした。今度の自分はバイクに乗っているようだ。
真夜中、夜風が顔を切り裂く様に当たって冷たい。
見渡す限り、ここは横浜の公道の様だ。見覚えがある。延々と一本道が先まで続いていて、それはまるで無限のようだ。
そして「パラリラパラリラ」とうるさい音、バイクのエンジン音、今度は白い特攻服を着ている。感じる疾風。自分のバイクの周りを同じ様に白い特攻服を着た「暴走族」たちが並走していた。
いや、待てよ。俺は今バイクを運転してないぞ。
──⁉︎
青三は二人乗りしていたようだ。自分の前に乗り、バイクを運転する白い特攻服の大男。立派なリーゼント、この金色のトサカは間違いない。彼は、この暴走族、『
なんと、青三は総長の後ろに乗っていた。
「おい、武角先輩の単車の〝
誰かが、いつの間にか出現した青三に気づき、声を上げた。すると並走する構成員たちは次々に青三に気がついて何やら怒鳴り声をあげている。
まさか暴走族の総長の真後ろに座り、あろう事か高速走行中。走っても危険、止まっても危険。まさに絶対絶命である。
──⁉︎ だが、この難波青三という男に限ってはそうではなかった。
彼は高校時代、横浜のお隣の金倉で暴走族をやっていた。八代目、凰船・『
青三の正体に気づいた一人が驚愕の声を上げた。
「いや待て! この人は『天獄逝鬼』の難波サンじゃねえか⁉︎
トラックと〝
青三の堂々とした佇まい、そして〝疾風〟に靡く特攻服。立派なリーゼントヘア。みな口々に名を叫んだ。「難波サンだ!」「難波サンが蘇った!」
「へえ、青三さんて暴走族だったんですねっ」
青三のバイクの左隣りを並走するミニパトには婦警姿の魔城が乗っていた。拡声器で声を張り上げている。青三は答えた。
「ああ、言ってなかったかな」
青三と婦警姿の魔城が並走して親しげに話すの見て、さらに『魑魅』のメンバーたちの士気は高まった。
「あの『不死身のナンバ』と〝
「不死身のナンバ」って、トラックに撥ねられて死んでますけど……。魔城は言わないでおいた。
すると、沈黙を守っていた武角先輩がついに口を開いた。
「〝
不死身のナンバと
武角先輩の一声で『魑魅』たちは雄叫びをあげ、さらにバイクを加速させた。
九代目『魑魅』に追われる形で黒塗りの車を走らせるのは、現在『魑魅』と絶賛抗争中の、横浜『
ボスは後部座席に乗り、堂々とした風格で座っている。まさか部下たちが少ないところを奇襲されるとは思っていなかった。
だが、問題ない。この男は冷血漢でありルールやマナーといったものは守らない。勝利して支配する。それだけを満足感とする男であった。
「ボス、情報が入りました。武角のバックにはあの、「不死身のナンバ」が付いてるそうです。それどころか「凰船地獄警察署」から派遣されたとかいう婦警が味方のようです」
──⁉︎
馬鹿な、ナンバは死んだと風の噂で聞いていた。まさか生きていたというのか。本当に「不死身」だとでもいうのか。
バックミラーには段々と近づいてくる『魑魅』。その先頭には総長、武角とナンバが乗っている。間違いない、あれはナンバだ。奴は地獄から蘇りやがった! しかも何故か並走してパトカーもこちらに向かって来ている。
こうなれば、奥の手を使うしかない。ボスは座席隣に用意したあったポリタンクに手をかけた。それに気づいた運転手は慌てたような声をあげる。
「ボス、それは〝油〟じゃあないんですか? もしかして、それを地面に撒くつもりなんじゃ……。
そんな事したらボス、さすがにあの武角も不死身のナンバもスリップ事故起こして死んじまいますよ」
運転手は顔を青くしていた。殺しまでするつもりは無いようだ。しかし、ボスは違った。口の端を吊り上げる。
「〝
〝ツイ〟て無かったのさ、それだけの事よ」
そのサングラスの奥の瞳は怪しく光っていた。ボスの脳裏には白目を剥いて血塗れの武角の姿が浮かんだ。
武角と青三からも、目の前の車の後部座席から何か液体が撒かれているのが見えた。そして、さらには赤く光る「何か」が地面に落とされた。
「あれは……まさか! てめえら一度止まれェ!」
気がついた時には既に遅かった。油に落ちたタバコの火が着火し、道は一瞬にして炎の壁を作り出した。
武角の運転するバイクは油をたっぷりと吸い込んだ炎の道に突入してしまう。
──ここで、『魑魅』総長、二条武角は自らの乗ったバイクのスリップによって〝事故〟った末に燃えながらガードレールに直撃し死ぬ運命だった。まさに彼は〝不運〟と〝踊〟る羽目になるのだ。
武角のバイクのハンドルは言うことを効かなくなった。タイヤは悲鳴をあげて空回りしている。さらに炎の壁に突っ込んだ事でその身体は焼かれていた。
仲間たちの方は何とか直前で急停車できたようで、炎の中へ突っ込む総長と青三に向かって叫んだ。
「武角せんぱああああい!」
「青三さん!」
──だが、みんな忘れていた。今は「不死身のナンバ」が武角先輩の後ろに控えていたことを。
──⁉︎
「みんな何を慌てている…?
この油の撒かれた炎の道をスリップせずに走れば良いだけなんじゃないか?」
その瞬間、青三は武角のハンドルを握る手に被せるように自分の手を置いて強引にハンドルを操作した。
その頃、黒塗りの車ではボスが高笑いをしていた。
「これで奴らは〝
──⁉︎
しかし、バックミラーを確認した運転手は目を見開いた。なんと「火だるま」になりながらも武角のバイクそして、やはり燃えながらミニパトがこちらに向かって爆走してくるのだ。
「な、何だとぉ──」
青三は「プロのレーサー並みのテク」を駆使し、下はスリップ。上は炎。そんなデスロードを通り抜けてみせた。因みにブレーキが間に合わなかった魔城のミニパトも同じ様に並走して通り抜けていた。
「魔城、あの車を撃て」
「ええ、何ィ?」
青三が炎に包まれながら、並走するミニパトの魔城に叫んだ。魔城は黒焦げのミニパトから聞き返し、三ラリーほど同じやりとりを繰り返してやっと聞こえた。
「私も〝
魔城は窓から頭と右肩までを出し片手で目の前の車にピストルの標準を定めた。この婦警のコスプレは拳銃までセットの様だ。
左手では器用にハンドルを操作している。普段、魔城という女にこんな離れ業は出来ない。だが、今は場の雰囲気にあてられて少年漫画的「ゾーン」に突入していたので可能だった。
銃声が一発響く。一発目はミラーに当たりガラスを弾き飛ばした。そして二発目は左後ろのタイヤに直撃してパンクさせる事に成功した。
「やったあ!」
車は激しくスピンする。そしてガードレールに直撃する事で何とか急停車した。
ボスと側近の運転手は命辛々といった具合に車から這い出て来るのだった。
「イカれてるぜあの婦警。まさか撃ってくるとは」
──⁉︎
「どいて、どいてぇ!」
次の瞬間には黒焦げのミニパトがボスの車に激しく突っ込んだ。ガードレールとミニパトに挟まれたボスの車はまさに「ペシャンコ」になっていた。
「……マジでイカれてるぜ、この婦警」
そして、『魑魅』のメンバーたちもやっと追いついてこの「事故現場」に集まってくるのだった。
────。
ボスは武角と向かい合って睨み合う。その少し後ろには青三が腕を組んで見守っている。
ボスは武角に言った。
「タイマンで決めようや」
「関係ねぇ〝
ボスが身構えるより先に武角が鋭く殴りかかった。その激しい攻撃にボスは防戦一方。さらには少しずつ一方的に殴られ始めた。しかし武角は手を緩めない。本当に殺してしまうのではないかという気迫だった。
その武角の白目を剥いて笑顔で殴る姿はまさに「狂気」である。震える仲間たちが口々にヤバいと言い始めた。
「やばいぜ、武角先輩が完全に〝キレ〟ちまってる。〝
それは目に入る全てを破壊しなければ止まらないとされるキレた武角の最悪の状態であった。
全身黒焦げで髪の毛が爆発したような姿の魔城もやっとミニパトから這い出て、青三に並んだ。
「あれ、やばくないですか。『不運』の事故を防いでも死人が出ちゃいますよ」
「〝
〝
「ほっとくと〝
──⁉︎
「え、青三さん?」
その時、青三は暴れる武角の元へ進んでいく。自殺行為に思えるその行動に、周りは「逃げろ」と叫んだ。
「やめろ武角」
「うるせえ、テメー〝ベコベコ〟にしてやるよ」
武角はボスを離し、その血塗れの拳を青三に向かって放った。
しかし、青三はそれを難なく片手で受け止めてみせた。
──⁉︎
しかも、握られた拳を離す事ができない。青三の凄まじき握力で抑えられているからだ。
「俺らに〝上等〟コクんだら、〝10万光年〟早ぇーんだよ。
武角、本当のお前を取り戻せ。戦いは終わった」
今、勝手に「俺ら」って言ってた気がする。もしかして私も入ってるのかな。魔城は巻き込まれたくないので戦々恐々だった。
しかし、武角は「チッ」と舌打ちすると力を抜いた。
「〝
武角がそう宣言すると、わっと歓声が上がった。青三は照れたように鼻を擦っている。
「ドエレ───、〝COOOL〟じゃん……?」
しかし、黒焦げの魔城は白けたようなため息をついていた。
「ああもう。ヤダこの濃い試練。早く終わってよ」
魔城の願いが通じたのか、やっと身体が光に包まれた。どうやら今回も「不運」を乗り越えたらしい。青三の身体も光に包まれる。
「試練を〝
「青三さん、次にその喋り方したらぶっ飛ばしますからね」
──⁉︎
◯
彼女はいわゆる「ブラック企業」と呼ばれる労働基準法無視上等の悪徳企業に勤める事になったのだ。
少ない給料、守られない就業時間に、払われない残業代。上司のセクハラにお局の嫌がらせなど彼女は社会の黒い荒波に揉みくちゃにされてフラフラになっていた。
そして物理的にもフラフラだった彼女は駅のホームで足を滑らせて電車に轢かれてしまった。
「ううん、君は『自殺判定』だね」
なんと、自ら飛び込んだと見なされて『自殺』と判定されたのだ。まあ、確かに遅かれ早かれそうなったかも知れないが納得は行かない。
そこで、彼女は地獄に堕ちて責め苦を食らうのを回避する代わりに、死して尚まだ働くことで地獄に務める年月を給料として削減していく道を選んだのだった。
生きるのも面倒だが死ぬのも面倒なのがこの世界らしい。希望はなく、やる気を出す方が損をする。そう思っていた。
なのに、難波青三はここまで「アンラッキー7」を全て乗り越えてきた。自分の力で道を切り拓いていくのだ。文句一つ言わず。なぜそんなにも強くいられるのか。
「青三さん頑張れ」
魔城は心の奥底で、そう呟いていた。
───不運の試練・四に続く
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