不運の試練・二『ファイト一発』

    不運の試練・二『ファイト一発』

       

          

          ◯

 次に青三が飛ばされたのはどこかの山だった。丁度、登山家の様な格好をしていた。今は、山道の真ん中に突っ立っている。

 なるほど、今回は山にまつわる「不運」か。

 

「どうやら山にまつわる不運のようですね」

 

やはり登山バッグを背負ってハイキングウェアを着た魔城も隣にいた。青三は眉間に皺を寄せる。

 

「それは今おれがモノローグで説明したところだ。無駄な発言はやめろ」

 

「なぁんか、私のことなめてないですか青三さん。大体ね、あなたが──…」

 

 魔城が文句を言いかけたその時だった。

 

「助けて!」

 

誰かの助けを呼ぶ声が聞こえた。女性の声、それから子供の声だ。青三は既に声の方向へ走り出していた。

 

「えええ。反応が早すぎませんか。もう少しウロウロと不運を探すパートやりましょうよ、休み無しじゃないですか」

 

魔城もぶうぶう文句を言いながら青三の後を追った。

 

 

 

 どうやら、危険なので普段はフェンスで仕切られている崖に、子供が落ちかけているようだ。

 休憩しようと、そのフェンスに寄りかかっていたら「不運」にもフェンスが劣化によって千切れて曲がってしまい、後は子供の体重でもフェンスは倒壊した。子供は崖側に足を滑らせて落ちそうになり、なんとかへりに掴まって持ち堪えている。そんな状況だった。

 母親らしき女性が「手を伸ばして」と繰り返し叫んでいるが、崖から落ちかけている子供にもはや余裕はなく、泣き叫ぶだけで全く事態は好転していない。青三は崖から身を乗り出して手を伸ばす母親を片手で支えつつ、自らも手を伸ばした。

 

「大丈夫か君、手を伸ばせ。お兄ちゃんは君を助けたいんだ」

 

 青三も手を伸ばして必死に叫ぶが、子供はパニックになっていて聞こえていないようだ。

 

「あちゃぁ、これはまずいですね」

 

魔城も追いついてきて青三の隣から身を乗り出した。子供はぎゃあぎゃあ泣いている。青三は尚も子供に呼びかける。

 

「君、落ち着け、大丈夫。大丈夫だから。手を伸ばすだけで良い。お母さん、あの子の名前は?」

 

「ゆうたです。お願いします、助けてください、ゆうたをどうか、どうか……」

 

「助けてって、そんな無責任な。これは無理ですよ青三さん。子供はぎゃあぎゃあ泣いてるし、お母さんは人任せだし。大体ね──…」


「黙ってろ」

 

 青三に凄まれ魔城はぐっと息を飲んで黙った。

 

 まずは深呼吸、自分が冷静にならねば。これは絶望的な状況だ。仮に子供の手を掴めたとして果たして持ち上げれるか? 崖から身を乗り出して力の入りにくいこの状況で子供の全体重を支えて持ち上げるのは至難の技だろう。

 ──だが、この難波青三という男に限ってはそうでは無かった。彼は大学時代に肉体を鍛え、ウェイトリフティングで軽く100キロは持ち上げられるほどのパワー有していた。


「ゆうたくん、大丈夫だ。大丈夫、俺が助けてやる。手を伸ばすだけでいい。ほら安心して」

 

青三の冷静で優しい声掛けによって子供は落ち着きを取り戻してきた。ゆうたはうなづくと、手を伸ばしてくる。

 

「いいぞ、強い子だ。ファイトだ、一発だ、手を伸ばせ」

 

 そして、ついにゆうたの小さな手を青三はしっかりと握った。そのままゆっくりと持ち上げていく。だが、これで終わりでは無かった。

 

「ばかな……!」

 

 なんと、崖下からゆうためがけて熊が駆け登ってくるではないか。よだれを垂らし、獲物を狙う猛獣と化している。母親も熊に気がついて悲鳴をあげた。マズイ。せっかくゆうたが落ち着いたのに、ここで再びパニックに陥り暴れられたら青三ごと崖下へ真っ逆さまだ。

 

「魔城、後は頼む」

 

「え、え? なになに──…」

 

 魔城は青三にぐいっと手を引っ張られてゆうたと無理やり手を繋がされた。そして、青三は「離すぞ」と言うと自ら崖下に身を乗り出した。

 その瞬間、ずしん。とゆうたの全体重が魔城に負荷として重くのしかかった。思わず落ちてしまいそうになる。母親はまた悲鳴をあげたが、崖に顔を擦り付けながら魔城も叫んだ。

 

「悲鳴あげるくらいなら手伝えよてめえ、私も落ちそうになってンだよ。早く手つだえああああああああああ!」


魔城は叫びながら何とかゆうたを引き上げようと力を込めた。母親もようやくはっとして魔城を手伝い始めた。

 

「あああああああああ!」

 

 魔城の叫び声を背後に聞きながら、青三は崖に片手で掴まり、こちらに駆け登ってくる熊を待った。


「さあ、来いクマ公。

 

 一瞬の勝負だ。故にシンプルだ。熊の弱点は眉間、奴がその口を開いて襲い掛かるその瞬間に蹴りをぶちかますだけだ。

 

 そして、熊はもう少しで引き上げられるゆうたよりも、ぶらぶらと崖にぶら下がっている青三を獲物に選んだ。来た! 青三は構える。そして、熊が飛びかかろうと口を開いたその瞬間、青三の蹴りの射程距離内に入った。

 

「オラァ!」

 

 青三の蹴りは熊にクリーンヒットした。熊は訳も分からず痛みに悶え、鳴き声をあげながら崖を落ちていった。

 ────。

 

 

 崖から引き上げられ、ゆうたは母と抱き合い生還の喜びを分かち合っていた。

 しかし魔城は感動を分かち合う親子の側で身体の土を叩きながらずっとぶつくさ言っている。

 

「ああ、もうマジで最悪。ほんっとに最低。ありえないんだけど、マジで死ぬとこだし、無理ほんまマジでありえないんだけど。ほんっとに無理。最悪、なんであたしがもう、まじで無理、大体さ、マジで普通はありえな──…」


 魔城がぶうぶう言ってる間にも自力で崖をよじ登って来た青三は、自身がまた光に包まれていることに気がついた。どうやら今回もクリアした様だ。

 青三は魔城に声をかけた。

 

「おい、あまり同じ言葉を繰り返すなよ。馬鹿に見えるぞ」


「うるさい。そもそも何で私が子供引き上げ係なんですか」

 

「じゃあ熊が倒せるのか」

 

「それは──無理ですけど」


 鉄骨の雨を避けて人を救助できて熊をも退治出来るのに何でトラックなんかに撥ねられて死んだんだこいつ。魔城は何故か腹が立って来た。

 

 

          ◯

 その頃、現世にいる青三の彼女、未来は自身の卒業した製菓学校で紹介求人の出ていた街のケーキ屋に無事就職する事ができた。

 

 そこは小さいながら、店主がフランスで修行してから開いた本格派の店で、駅前という事もありかなり流行っていた。休みも少なく、まだ給料も相場より低い。厳しく指導され、失敗ばかり。弱音を吐きそうになる事もたくさんあった。

 

「でも、セイちゃんの分まで頑張らないと!」

 

未来は、青三が天国から自分を見守っている。だから恥ずかしいところは見せられない。そう鼓舞することで踏ん張っていた。

 

 

「未来ちゃん、店に出すケーキつくってみるかい?」

 

 ある時、店主がそう言った。

 未来が働き出して3ヶ月経過したころだった。同期入社の面々よりも一足早く、お店に出すケーキ作りに挑戦させてもらえることになったのだった。未来はその週の休みにすぐに青三の墓石へ報告に向かった。

 

「やったよセイちゃん! 私、ケーキ作れるようになったんだよ!」

 

 未来の努力はきっと天国の青三に届く。そう信じていた。

 まさかこの時の青三が熊と格闘しているとは夢にも思っていなかっただろう。




────不運の試練・三に続く

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