不運の試練・一『槍が降っても』

    不運の試練・一『槍が降っても』

 

          

          ◯

 青三と魔城はひとまず辺りを注意深く観察する事にした。何せ、いつどこでどんな『不運』に見舞われるか分からない。

 

「工事作業員の格好をしてるって事は、工事現場が怪しいな」

 

「何を分かりきった事を」

 

青三は得意気に推理を披露し、魔城に呆れられた。

 青三は目の前の「工事中」ビルを指差していた。ここは少し前に取り壊しがあり、今はまた建て直し中の様だ。

 

 そのビルは丁度、敷地内のクレーン車でパイプや鉄骨を運んで組み立てる作業をしている様だ。カンカンとうるさい工事音が街に響いている。

 

「とにかく工事現場に行くぞ。どんな不運が来ても良い。雨が降ろうと、槍が降ろうと、俺は止まらない」

 

「地獄ならともかく、槍なんか現世には降りませんよ」

 

 

二人は工事現場の丁度、目の前まで来た。何の変哲もない。他の通行人も普通に道を素通りしている。


「ほら、槍なんか降らないでしょ」


 魔城があくびをしながら油断仕切った、その時だった──。

 その大通りに強風が吹いた。そして工事現場の前を通り過ぎる通行人は「偶然」にもたった一人の若い女性だけになっていた。


 その瞬間、青三は既に走り出していた。

 工事中のため、骨組みの足場に横に倒し用意してあった鉄パイプは偶然、作業員の怠慢で固定されておらず、風に煽られてまさに落下してこようとしていたのだ。

 その鉄パイプは青三と魔城。そして通行人の一人の女性の頭めがけて槍の如く降ってくる。もし気づかなければ串刺しとなり、「不運」にも凄惨な事故死を迎えるだろう。

 

 普通なら、今から走るより鉄パイプが落下するスピードの方が速い。

 だが、難波青三という男に限ってはそうではなかった。

 

 ──彼は、高校時代に全国で名を馳せたスプリンターだったのだ。100メートル走9秒台の走力を誇っている。


 青三はその脚力をもって風の様に駆け、不運に見舞われた女性を抱え鉄パイプが彼女を貫く寸前に身体を滑らせて回避した。

 

「青三さん!」

 

魔城が叫ぶ。しかし、鉄パイプは地面に突き刺さり、ぶつかり、激しい音を響かせた。辺りは騒然とした。

 ────。


 女性はもう死んだと思った。だが、気がつくと男の腕の中にいた。その男は優しく笑う。

 

「けがは、無いかい」

 

「あ、は、はい。ありがとうございます」

 

「青三さん大丈夫ですか!」

 

青三が優しく女性に肩を貸して起こしてあげるところだった。

 魔城はヨタヨタと歩き、鉄パイプの雨に飛び込んで見事それを回避した青三に合流した。魔城の胸には鉄パイプが三本も突き刺さってその身体を貫通している。

 

「もう、槍が降るなら言ってください! 刺さっちゃったじゃないですか!」

 

「刺さっちゃってるな。お前よく生きて……いや、死んでるのか」

 

「わ、わああわわ」

 

女性は魔城の姿を見て意識を失った。青三は「うむ」と呟いて彼女を道の脇へそっと座らせた。遠くでサイレンが聞こえる。もうすぐ消防や救急隊員が来るだろう。

 

「魔城さん。刺激的な格好で女性の前に現れるな。びっくりして気絶しちゃったじゃないか」

 

「……すみません。

 ──いやいや、それよりすごいですね青三さん。もう第一の試練クリアみたいです」


 魔城は青三の身体を指差した。その身体は光を放ちながら半透明になっていく。

 

「クリアしたので次なる不運の元へ行くようです。さ、次もこの調子でいきましょう!」

 

「お前なにもしてねえだろ、お前が仕切るな」

 

 

          ◯

 織野未来おれやみくは、青三の墓石に手を合わせて祈りを捧げた。

 彼を思い出すとまた涙が溢れてくる。

 

「子供のために道路に飛び出して…トラックに轢かれちゃうなんて、セイちゃんらしいよ」

 

 彼は死んだ。別れも言わず、それも呆気なく。

 あんなに強くて立派な人には出会った事がない。きっと、これからも無いだろう。

 

 彼なら、なんて言うかな。

 

「俺の事はいい。三日くらい悲しんだら忘れて前に進め。君は夢を叶えるんだろ」

 

多分、こう言ってくれるだろうな。私も強くならなくちゃ

 

 未来は涙を拭いて墓石を見つめた。決意したのだ。きっと、夢を叶えると。

 彼女はまさか、青三が生き返ろうと奮闘しているとは夢にも思わなかった。



────不運の試練・二に続く

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