死亡遊戯アンラッキー7

星野道雄

「あの世市役所凰船支店・地獄係」

KAC2023お題⑥『アンラッキー7』

 

    「死亡遊戯アンラッキー7」

 

          ◯

 難波青三なんばせいぞうは目を見開いた。何が起こったのか……?

 今、自分はパイプ椅子に座っているようだ。そして、見渡すとここは「部屋」だと分かった。壁も天井も床も真っ白の部屋。目の前にはやはり真っ白で、簡素な机が設置されている。

 

「俺、どうしたんだっけ?」

 

確か、就職活動で今日は面接に向かったはず。そしてその帰り道で子供が道路に飛び出して──……。


「俺、轢かれた?」

 

「轢かれましたよ」

 

 その瞬間、机を挟んで向かい側にスーツ姿の男女が突然現れた。本当に瞬きの間の出来事であった。彼らも青三と同じようにパイプ椅子に座っている。まるで面接官みたいだと青三は思った。

 しかし、轢かれただと? 何が起こったんだ。青三が混乱していると、ビール腹の男の方が何やら書類を読み上げ始めた。

 

「えー……難波青三。二十四歳男性、無職独身。身長一七四センチ、体重六十五キロ。

 就職活動中で今日も面接だった。そして、その帰りに車道に飛び出し車に轢かれ死亡。判定、『自殺』。なるほど、ご愁傷様でございますな」

 

「はあ、おい。俺は死んだのか? しかも自殺って!」

 

「落ち着いてくださいナンバさん。順を追って説明しますから」

 

 状況が分からず、興奮気味に席を立った青三を若い女の方が宥めた。

 

「良いですか、こちらは私の上司の鬼村きむらさん。私は魔城ましろです。私たちは『あの世市役所凰船支店・地獄係』の者です」

 

ビール腹の中年男は鬼村、若い小柄な女は魔城というらしい。だが、青三にとっては名前なんかどうでもいい。

 

「ご親切にどうも、じゃあ早く説明してくれ。俺はどうなったんだ」

 

 魔城の説明に対し、青三は一度落ち着き、ひとまずは話を聞くことにした。上等じゃないか。どんな納得いく説明をしてくれるのか。

 

 ──……。

 青三は面接の帰りにボール遊びをして車道に飛び出した子供を身を挺して救った。子供は無事であるらしい。だが助けた青三は死に、しかも自ら車道に飛び出した為に死亡判定は『自殺』となった。自殺とは現世で最も重い罪だ。よって青三は地獄行き…のはずだった。

 

「ちょ、待てよ。子供を命懸けで助けたのに扱いは自殺だって? そんなのアリかよ。自己犠牲は現世では尊い事じゃないんか」

 

「はい、ナンバさんの仰りたい事は分かります。ええ、と今回は微妙な案件なんですよねえ」

 

青三が椅子から身を乗り出して講義すると、魔城は手に持った書類をめくって確認している。

 

「実は、ナンバさんが救った子供。この子はんです。車が咄嗟に避けて奇跡的に生還する。そういう運命でした。

 なのに、ナンバさんが勝手に飛び出して勝手に子供を助けて、避けた車に勝手に轢かれちゃったんです」

 

 そんな、勝手に死んだみたいな言い方しなくても。青三は少し落ち込んだが、同時に少し冷静さを取り戻してきた。

 難波青三という男は元々精神力においてメロスにも負けてないのだ。もはや、今の状況は理解し受け入れていた。

 

「分かった。なら、どうすれば生き返れる? 輪廻転生とか死者蘇生とかないのか。俺はカミサマを信じるぞ、救われよ俺」

 

「本当に分かったんですか」

 

「こいつ、切り替えが恐ろしく早いな」

 

澄まし顔で次なる展開を促すとは、魔城と鬼村は呆れた。だが、仕事が早くて助かる。魔城はジャケットの内ポケットからクラッカーを取り出してそれをパンと鳴らした。

 

「ジャジャーン。なんと、自殺判定ですが自己犠牲のため死に、さらに今年に入っての第77777人目の死者であるナンバさんは閻魔様主催の特別イベントにご参加頂けるのです。なんとラッキー!」

 

「死んでるんだからアンラッキーだろ」

 

「細かい事は良いじゃあないですかナンバさん。私らはね、地獄の鬼ですが心まで鬼じゃあないんですわ」

 

 青三が眉間に皺を寄せると、鬼村がまあまあと、カラフルなフリップを白い机に乗せた。

 そこには、『死亡遊戯アンラッキー7《セブン》』と油性ペンで描いてあった。実に安っぽい。

 

「これは、閻魔様の気まぐれで開催される不慮の事故死をした場合の救済処置なんですわ。今のナンバさんみたいにね。あんたは自殺だが、それは自己犠牲のためだ。まだあんたは微妙な立場なんだよ」

 

 なるほど、自殺は重罪だが今回は正義の自己犠牲のためだった。だから地獄に堕ちつつ、天国へ行く資格もあるということか。つまり、『死亡遊戯アンラッキー7』とは自分が天国に行くか、地獄に行くか決めるための催しという事だろう。

 鬼村の話を引き取り、魔城が続きを捕捉した。

 

「天国か地獄かだけではないですよ。ナンバさんが死ぬ前まで時間を巻き戻して、事故をに出来ます」

 

「本当か……!」

 

「本当ですとも。我々がこうしている間にも現世は時間が進んでいます。もう一カ月経ちましたよ。ナンバさんの遺骨はお墓の中です。

 でもノー問題。上手く行けば、ぜーんぶ無かった事にして時間を巻き戻し生き返る事が出来るのです」

 

 青三は孤児であり天涯孤独の男だった。だが、唯一の恋人がいた。彼女の名は織野未来おれやみく。パティシエを目指す彼女には、いつか自分の店を持つという立派な夢がある。青三はそれを心から応援していた。

 「未練」があると言うならば、彼女の事以外に有り得ない。時間を巻き戻して生き返れるならばそれは願ってもない好機だ。

 

「生き返れるなら俺は何だってやるぞ。何をすれば良いんだ? すぐに始めよう」

 

 決意を秘めた青三の瞳は煌めきを放っていた。そのあまりの「キラキラ」さに地獄の鬼である鬼村と魔城は浄化されてしまいそうだった。

 

「おうし、ナンバさんはやる気みたいだ。魔城、今回はお前がナンバさんについてガイドしろ」

 

鬼村が面倒くさそうに手をヒラヒラさせて魔城に話をふった。魔城は露骨に嫌な顔をしたが、若手の自分は上司に逆らう事は出来ない。観念して「はあい」と返事をした。

 

「じゃあ、ナンバさん。『死亡遊戯アンラッキー7』のルールを説明しますね──…」

 

・自分と同じように「不運」により死ぬ運命の人を救う事。

 

・それら不運の試練は全部で「7つ」ある。

 

・全てクリアすれば自らの運命を選ぶ事が出来る。天国へ行っても良いし、生き返っても良い。

 

※注意…人類の歴史の中でもこれをクリアした者は数える程しかおらず、地獄に行った方がマシだと比喩されるくらい過酷な試練となる。

 

 

「──……とまあ、こんな具合なんですけど、本当にやります?」


「やる、上等だ。どこからでもかかって来なさい」

 

「はあ、ですよねえ。言うと思いました。

 じゃあ、鬼村さん。行ってきまあす」

 

「おう、現世のお土産よろしくな魔城」

 

鬼村が嫌味っぽい笑みを浮かべているので真城もわざとらしくため息をついた。

 そして、真城は青三に並ぶと、その肩に右手を乗せ、反対の左手の人差し指と中指だけを立てて自らの額に添えた。

 

「なんだそれ、瞬間移動するのか。ドラゴンボールみたいだな」

 

「そうですよ、瞬間移動ですよ。ドラゴンボールみたいな。じゃあ行きます、第一の試練スタートです」

 

 魔城と難波青三はこの「白い部屋」から姿を消した。第一の「不運の試練」に向かったらしい。

 残された鬼村はフリップと書類をそそくさとまとめて、パイプ椅子を元に戻した。



          ◯

 青三が次に気がついたのは、東京都、銀座の大通りだった。人と車がとにかく多く、高級な雰囲気だ。まるで異国の様な洒落た建物が建ち並んでいる。

 

「なにボサっとしているんですか、お待ちかねの現世ですよ」

 

 黄色いヘルメットに作業服、まるで工事作業員の様な格好をした魔城が呆れ顔で青三を見上げていた。どうやら自分も魔城と同じ格好をしているらしい。

 

「このコスプレは意味があるのか?」

 

「ヒントになってるそうですよ。試練の内容は明かされず、突然死者を伴う『不運』が近くに訪れます。ナンバさんはそれを防ぐのです。私はそのガイドとお手伝いです」

 

「手伝ってくれるのか」

 

「期待しないでください。私はガイドですし、助ける気はありませんから」

 

「うむ、構わぬ。俺は何があろうと必ず生き返ってみせる」


青三はぽきぽきと首を鳴らした。待ってろ、未来みく。きっと君に会いに戻る。

そして、君との“未来”を取り戻す。

 

 青三の『死亡遊戯アンラッキー7』がスタートするのだった。彼は無事に7つの試練を全てクリアして現世に生き返る事ができるのか…!



───不運の試練・一に続く

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