許嫁の三角関係

 姉ちゃんと一緒に自宅へ戻った。

 日は沈み、家の周辺は不気味なほど静まり返っていた。……なんだか、いつもと違う空気感だ。

 なんだ、このゾッとするような感じ。


 玄関の扉を開けると更に違和感を感じた。


「……姉ちゃん、なんだか家の中の空気がおかしくないか?」


 俺がそう疑問を投げると、姉ちゃんも同じだったようで身を震わせていた。


「う、うん。なんだかいつもの家じゃないみたい」

「だよな。絶対におかしいよな」



 靴を脱ぎ、リビングへ向かう。

 ギシギシと床の足音が響く。とても妙だ……。靴があったから、親父も母さんもいるはずだが……?


 廊下を歩くと『ミシ、ミシ、ミシ』と何かきしむ音がした。



 ……!



 な、なんだ、この音。

 まるで骨が砕けるような、そんな恐ろしい音だ。


 その音はリビングの方からしていた。

 いったい、なにが……。


 恐る恐る中を見てみると――。



「…………た、たすけ……て……」



 この声は親父か……?

 部屋が薄暗くて直ぐには分からなかった。


 明かりをつけると……。



「ちょ、親父!?」

「お父さん、大丈夫!?」



 俺も姉ちゃんもビックリした。

 母さんが怒りのアイアンクローで親父を持ち上げていたのだ。そうか、あのミシミシ音は、親父の頭蓋骨の音だったんだ。


 てか、なにが起きたー!?



「母さん、なにを……」

「あぁん!?」

「こ、こわっ! 落ち着いて、俺だよ、母さん」

「純に茜音あかね。二人とも戻っていたのね。お父さんは、今、私が懲らしてめているから」



 懲らしめているって……まあ、最近いろいろ酷かったからな。当然の報いではあるが、これは地獄だ。


 そろそろ頭が破壊されてもおかしくない状況だ。



「……が、がはッ…………」



 親父のヤツ、口から血を吐き出して今にも死にそうだ。仕方ない、そろそろ許してやるか。



「そこまでにしてやってくれ、母さん。親父がくたばっちまう」

「純がそう言うのなら仕方ないね」



 ぱっと手を離す母さん。

 親父はそのまま床に倒れて魂が抜けていた。

 こりゃ、しばらく復活まで時間が掛かりそうだ。


 それにしても――。



「しかし、なぜ今のタイミングで制裁を?」


「良い質問だね、純。三時間前に『天海』という社長さんが家に来てね。お父さんとは仕事仲間だったらしいんだけどね。ビジネスの話だけかと思ったの。でも、お父さんってば、天海のお嬢さんと純の“許嫁”を了承しちゃったんだよ」


「え? は!? 天海って、おいおい……ウチのクラスの天海さんかよ!」


 天海の父さん、家に来ていたのか。

 というか、親父と知り合いだったのかよ。知らなかったぞ。


 姉ちゃんも驚いたようで頭を痛めていた。


「どうなってんのよ……。純、あんたには咲良ちゃんという可愛い許嫁がいるでしょうに。更に許嫁!? それってヤバくない!?」


 おっしゃる通りだ。

 全ては親父のせいなのだが……なんだろう、俺のせいにもされているような。それはそれで心外である。


 くそっ、親父が正気ならドロップキックをお見舞いしていたところだ。


「なあ、母さん。親父はなんで天海さんとの許嫁を了承したんだよ?」

「さあ、詳しいことは。ただ……『土地』がどうとか」

「土地? なんのことだよ」

「分からないよ。お父さんに聞いてちょうだい」



 親父が目を覚ますのを待つしかなさそうだな。

 しかし、土地ってなんだよ。


 まさか、土地の譲渡を条件に俺と天海さんを許嫁にしたんじゃないだろうな……。だとしたら、やはり俺には親父を殴る権利があるはずだ。

 今のところ真相は闇の中だが。


 まあいい。

 全ては親父から聞き出す。それだけだ。



 部屋に戻ると、スマホに着信があった。



 関:今日はありがとう。凄く楽しかったよ~。またデートしようね!



 おぉ、関さんからのメッセージだ。

 しかも本人の自撮りの写真が添付されていた。可愛らしい私服だなぁ。へえ、関さんってこんな大人っぽい服装をしているんだ。



 癒されていると、更にメッセージが。



 天海:明日から許嫁としてよろしく。関さんには絶対に負けないからね。



 天海さんからもメッセージが。すっかり、許嫁の三角関係になってしまったなぁ……。馬鹿親父のせいで!

 しかし、天海さんも独特な魅力がある。あの人を惹きつけるような仕草と口調。俺の好みではあった。


 仕方ない、しばし様子を見よう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る