前の席の許嫁

 甘々のコーヒーを味わった後、水族館を後にした。時刻は十六時半。そろそろ帰らないと日が沈む。


 再びバスに乗り、駅へ向かった。

 時間というものはあっと言う間だ。

 気づけばもう駅にいた。


「……もう着いてしまった」

「そうだね、楽しいことは一瞬で過ぎちゃう」

「またどこかへ行こう」

「うん、楽しみにしてる」


 俺は関さんを自宅まで送っていこうとしたのだが、そのタイミングで肩を叩かれた。誰だ?


 振り向いてみると、そこには学生服姿の天海が立ていた。



「――って、天海さん!? びっくりした」

「どうも、有馬くん。もしかして、帰るところ?」

「そんなところだけど……天海さん、なんでこんなところに」


「ウチ、こっちだからね。ていうか、有馬くんってば学校サボったでしょ。関さんもいなかったし、ひょっとして二人で――あ、関さん」



 関さんの存在に気づく天海さん。

 二人は見つめ合って……バチバチと火花を散らしているように見えた。


 なんだ、なにが起きている!?


 てか、二人は面識あったのか。……いや、同じクラスなんだし当然か。話したことくらいあるよな。


 にしては、仲が悪そうに見える。

 ……おかしいな、協力してくれるんじゃなかったのか?



「天海さん……」

「やっぱり有馬くんと二人で抜け駆けしていたんだ」

「あんな事件があったし……気分転換をしていたの」

「なるほどね。でも、学校で変な噂が立つし、止めておいた方がいいと思う」

「ご忠告ありがとう。でも、わたしと彼は許嫁なのでなにも問題ないの」


「許嫁、ね」



 そのことは、天海には俺が話してあった。

 だが、天海は意外そうにするわけでもなく、ただ無関心に、けれど対抗するように表情を変えた。なんか怖いぞ。



「な、なにか文句でも?」

「文句はあるよ。だって、あたしも有馬くんとは“許嫁”だからね」




「「「――――はあ!?」」」




 俺も関さんも、ただただ驚いた。


 ……って、まて!!


 なんか第三者が混じって驚いていたぞ!!



 くるっと振り向くと、そこには姉ちゃんもいた。いつの間に!



「ちょ、姉ちゃん……! なんでいるんだよ!?」

「今、バイトが終わったの! そんなことよりも純、これはどういうことよ!! 咲良ちゃんとデートしているかと思ったら、今度はギャルっぽい子と三角関係!? しかも、許嫁って!」



 あー……もう、姉ちゃんも現れるとか、混沌カオスになってきたぞ。

 てか、天海も俺と許嫁? ありえんだろ。



「なあ、天海。冗談は止せ……」

「冗談なわけないでしょう。屋上で話そうかと思ったけど、思いとどまっちゃったの。でも、今はもう打ち明けるしかないって思って」


「そんな馬鹿な。関さんはともかく、天海さんのことは何も知らされていないぞ」


「でしょうね。有馬くんのお父さんは知っていると思うけど、こちらが口止めしていたから」


「なぬ!?」



 親父いいいいいいいいいい!!

 本当だったら殴るぞ!!


 しかも、関さんがショックを受けているっぽいぞ……ヤバい空気を感じる。



「……有馬くん、彼女と許嫁だったの?」

「知らないって、本当だ。俺はなにも聞かされていないんだ」

「その言葉、信じてるからね」

「もちろんだ。その代わり、親父はもれなくブン殴る」

「分かった。お願いね」


 サラっと言う関さんだが、怒りが混じっているなぁ……。

 このままもまずい。


 俺はいったん、天海さんを説得することにした。



「天海さん、とりあえず、真意は置いておき“保留”ってことでどうかな。まずは親父に聞いてみるから」

「そうだね、急に変なこと言ってごめんね。きっとお父さんが知っているはずだから確認してみて」


「ああ、今日のところは済まない」

「ううん、いいの。でも、あたしも負けないからね」



 じゃあね、と笑って去っていく天海さん。……マジかよ。もうひとり許嫁がいたとは……親父のヤツ、なにやってんだよォ!!



「今日は帰ろう。関さん、それでいいかい?」

「……有馬くん、天海さんと許嫁だなんてウソだよね!?」


「分からない。あの親父のことだから、天海さん側とも何か約束をしたのかもしれない。聞いてみるよ」


「……うぅ」

「すまん、全ては親父のせいだ。一発――いや、五百発くらいは殴っておくから、今は結果を待ってくれ」


「そうだね。でも、天海さんと許嫁だったとしても、わたしは絶対に有馬くんと別れるつもりはないから」


 必死な眼差しを向けられ、俺はこんな状況にも関わらずドキドキしてしまった。関さんは本気なんだよな。俺だってそうだ。……でも、天海さんの目もガチだった。


 これから先、どうなるか未知数すぎる。


 いったい、なにが起ころうとしているんだ。


「じゃあ、帰るね」

「今日は本当にありがとう。楽しかった。じゃあ、またね」

「また」


 手を振って別れた。

 俺は家へ向かおうとするが――あ。



「ちょい待ち!!」

「そうだった。姉ちゃんがいたんだった」

「忘れるんじゃないわよおおおおお!!」


「分かった分かった。一緒に帰ろう。帰ったら一緒に親父を捕まえてくれ」

「もちろんよ。お父さんに全てを吐かせないと! 純がこんな苦労しちゃって可哀想だもん。もし許嫁が真実なら、私がお父さんにアルゼンチン・バックブリーカーを掛けて地獄を見せてやるわ」


 さっすが姉ちゃん。

 味方にすれば最強だ。

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