幸せにしてあげるために

 ――あれから数分後、複数のパトカーが学校前に集結。サイレンを鳴らし、まるで大事件の様相となっていた。


 自身の血で血塗れの魚谷は逮捕され、連行された。


 俺と関さんは、事情聴取の為に時間を取られることになった。その間、他の生徒から何事かとジロジロ見られて恥ずかしかったが……そこまで気にしている余裕もなかった。


 憔悴しょうすいしきった頃、松下先生が顔を出した。



「災難でしたね、有馬くん」

「松下先生……ええ、まさか魚谷が逆恨みをしてくるなんて……」

「彼は前の学校でも似たような事件を起こしていたようです」


「マジっすか……」


「ストーカー行為が行き過ぎてしまったようで、今の学校に異動したんです。まさか、再び事件を起こすとは……だから今度はクビになったようですが、それが逆に復讐の引き金になってしまうとは……」


 申し訳ない、と松下先生が謝罪した。

 松下先生が悪いわけではない。

 事件を起こした魚谷が全て悪いのだ。


 警察対応が終わり、ようやく解放された。結局、午前中が潰れてしまったな。



 * * *



 いつの間にか昼休みになっていた。

 飯という気分にはなれず、俺は誰もいない屋上で空を見上げていた。……朝っぱらから、事件に巻き込まれるとは。


 関さんは、校長に呼び出されて不在だし……。

 なに話してるのかな。


 てか、なぜ俺は呼ばれない?


 分からん……分からないことだらけだ。



 ぼうっとしていると、屋上の扉が開いた。……なんだ、珍しいな。

 この屋上はほとんど人がこないのだが、稀に気分転換で来る生徒もいるから、ないわけではない。


 まあいいか。俺はぼうっとできれば、それでいいのだから。


 少しすると、目の前に気配があった。

 誰かが俺の前にいたんだ。



「…………」

「えっと……」



 見上げると、そこには女子がいた。

 関さんではない。


 でも……あれ、どこかで見たことがある顔だ。



「有馬くん、こんなところにいたんだ」

「え……なんで俺の名前を」

「酷いなぁ~。あたし、君の前の席なんだけどなー」



 ……あ!

 俺としたことが忘れていた。

 このキャピキャピした女子は、同じクラスの――苗字は確か『天海あまみ』だったはず。ああ、そうだ。間違いない。



「天海さん!」

「そ。正解。よく出来ましたっ」



 隣に腰掛ける天海さん。

 ……おお、髪の毛がサラサラだ。しかも、内側が青色のインナーカラーになっているんだ。まるで流行りのVTuberみたいだ。



「えっと、なんでここに? 天海さん、普段は俺に話しかけてこないよね」

「今まではね。なんかさ~、有馬くんって最近、隣の席の関さんと仲良いじゃん。あれを見ていたら、ちょっとけちゃってさ」


 照れくさそうに笑う天海さん。そうか。席も近いし、俺と関さんのヤリトリを見ていたんだな。


「まあ、こう言うのもなんだけど……俺と関さんは特別な関係・・・・・だからね」

「そっか~、やっぱりね。只ならぬ雰囲気を感じていた。付き合ってるんだ」


 なんでこんな興味津々なのだろう。

 とはいえ、女子は恋バナが好きなものだよな。多分、今のこの状況もそんなノリだ。俺はそう確信していたのだが、天海さんはちょっと違ったようだ。


「付き合うっていうか、それ以上かな」

「え!? それ以上って、どういうこと? あの朝の事件と関係ある?」


「ないと言えばウソになるな。実は、俺と関さんは“許嫁”なんだ」

「い、許嫁!? って、あの将来を約束してるってヤツ!?」


 魚のように口をぱくぱくさせて驚く天海さんは、顔をかなり近づけてきた。……うわ、睫毛まつげなげぇ……。花のような良い匂いもする。



「そうだよ。だから、今はお互いのことを知るために青春真っ只中。けどね、魚谷が事件を起こして参ってるところ」


「魚谷は、関さんを気に入っていたみたいだからね」

「知っていたのか」

「分かるよ。授業中とか魚谷の視線は、関さんばかりだったし」



 そう聞くと、予兆はあったんだな。

 俺がもっとしっかり魚谷を注視できていればな……。いや、後悔してももう遅い。起きてしまったことは変えられないのだから、過去に囚われず未来のことを考えるべきだ。


「とにかく、魚谷は逮捕された。もう大丈夫だと信じたい」

「不安なら、あたしも協力するよ。ほら、関さんって人気者で変な奴が寄ってくるじゃん? 有馬くんだけだと大変だと思うからさ」


「いいのかい?」


「女の子同士の方が都合がいい場合もあるでしょ~」



 確かに。そういう場面はこれから沢山増えてくるだろう。常にあらゆる可能性を考え、緊急事態に備えられるようにしておくべきだな。

 

 天海さんは知らない相手ではない。

 こうして優しく手を差し伸べてくれる。なら、お言葉に甘えよう。



「ありがとう、天海さん」

「よろしくね、有馬くん。あ、そうだ。スカイラインも登録しよ~」

「連絡先を教えてくれるの?」


「うん、これから必要になるだろうしさ」


 確かに。なにかあった時に連絡手段が必要だ。そう納得して、俺は天海さんと連絡先を交換した。


 これでまた女子が増えた。


 ……あれ、なんか俺……女子と関わる機会が増えたような……。あの子猫を助けてから、俺の人生が変わったような。


 今まで平凡で退屈な毎日だった。


 でも今は違う。

 そうだ、なにをなまけているんだ俺は。こんな機会は人生で一度あるないか。だらけていたら時間がもったいないじゃないか。


 俺の時間は関さんの為に使うべきだ。守るために。幸せにしてあげるために。

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