関さんを必ず守る

 慎重に近づいてみると、車は大破していた。

 運転席には頭から大量に血を流す魚谷の姿があった。……重症っぽいぞ。救急車を呼ばないと。


「わたしに任せて……すぐ通報するから」

「頼む、関さん」



 俺はその間、先生の様子を見た。



「…………」



 ぐったりしていて動かない。

 まさか、死んでいないだろうな。



「せ、先生……大丈夫です?」

「…………あ、有馬……」



 声を掛けると、魚谷は意識を取り戻した。良かった。唇が青いが、死んではいない。助け出そうとすると魚谷は血走った眼でこちらに向かってきた。……ちょ、え!?



「先生、な、なにを!」

「有馬……死ねええええええッ!!!」



 突然発狂する魚谷は、俺の首を絞めようとした。


 ……な、なんだコイツ!

 イカれてやがる!



「ちょ、いきなりなんだ!」

「お前だ……お前が邪魔をするから、俺は教員をクビになった!!」


「なっ、クビだって?」


「そうだ! あの朝のあと、校長室に呼ばれた俺は校長からクビを通告された。女生徒に手を出し過ぎたせいだという! ふざけるな!」



 そうだったのか。けど、だからと言って俺のせいにされても困る。悪いのは魚谷自身じゃないか。自業自得だ。


 俺は、関さんに警察を呼ぶように叫んだ。


「えっ、救急車じゃなくて警察? なんで?」

「魚谷は、俺を狙っていたんだ。あと関さんのことも!」

「……そ、そんな」


「本当だ、信じてくれ!」


「うん……有馬くんのことは信じてる。だから、警察に通報するね」



 急いで警察に通報してくれる関さん。だが、魚谷がギロッとしたヤバい眼で関さんを睨む。おいおい、バケモノみたいになっとるぞ。血を流しながらで怖すぎるって。


 こうなったら俺が関さんを守るしかない。


 今や相手は元担任。

 遠慮する必要はない。



「魚谷、まだ関さんを諦めていないのか!」

「あたりまえだ。彼女は今まで出会ってきた生徒の中で一番可愛い。顔も良いし、胸も大きい。スタイルも抜群……俺の嫁に相応しい。色んな可愛い服を着せてやりたい……!」


 ……やっべ、ゾッとしてきた。

 コイツは、ガチでイカれてやがるな。


 そんな欲望まみれの願望を吐き出されて、さすがの関さんも震えていた。


 身の危険を感じる。

 こうなれば逃げるしかない。



「この場を立ち去ろう、関さん」

「そ、そうだね。魚谷先生の様子……ヘンだし、わたし怖い」

「なら、学校へ向かおう。ヤツは入ってこれない」

「分かった」



 魚谷の様子を伺いつつ、俺は後退していく。

 だが、魚谷は“バールのようなもの”を握りしめながら、こちらに向かってきた。……やっべ!


 俺は関さんの手を握り、全速力で走った。


 こ、殺される……!



 朝っぱらから、こんなことになるなんて……!



 走って走って走りまくった。



 もう少しで学校だ。

 けど、息が上がってきた。



「有馬くん、大丈夫?」

「……はぁ、はぁ。俺はただの運動不足。ていうか、関さんは余裕ありすぎだろッ」


「あはは……。わたし、長距離走るの得意なんだ」



 そうだったんだ。

 そういえば、関さんはスポーツ万能だったな。

 よく体育の授業で無双している姿を目撃していた。いろんな部活からもスカウトが来ているようだし、かなりの実力派だ。



「よし、校門が見えてきた……」

「もう安心だね!」



 門に入ろうとした――その時、魚谷が先回りしていたのか別の通路から姿を現した。



「逃がすかァ……!!」



「う、魚谷! おい、そんな物騒なモン持って危ないだろうが!」

「黙れ……有馬。お前の脳天をカチ割ってやる」


 ブンブンとバールのようなものを振り回す魚谷。一歩、また一歩とこちらに歩み寄ってくる。その姿は殺人鬼さながらだった。……恐ろしすぎる。



 俺はただ、関さんと平和に過ごしたいだけなのに。


 どうする……。

 どうすればいい……。


 通報したとはいえ、警察の到着もまだ掛かるだろう。



 早く出過ぎたせいで他に登校している生徒もいないし、他の先生の姿もない。このままでは……殺される。


 こうなったら……。



「近づくな、魚谷! それ以上近づくと、正当防衛の名の元にお前をブン殴る」

「やれるものならやってみろ!! こっちにはこのバールがあるんだぞ!!」


 バールで威嚇してくる魚谷は、かなり近づいてきた。やっべ……。


「このォ!!」

「アハハハ! 有馬、お前は終わりだ!」



 俺は拳を繰り出すが、魚谷が長いバールを振りかぶってきた。それをギリギリで回避するが、蹴とばされて俺は地面を転げ回った。



「…………くッ!!」


「フハハハハ! これで、これでお前をぶっ殺せる!! 死ね、死んじまええええ!!」


 万事休すか……!


 って、そんなわけねぇだろ。


 俺は絶対に諦めねえ。


 関さんを守ると誓った。それに許嫁だ。こんな犯罪野郎に渡さない。



 姿勢を低くして、俺は魚谷に対してレスリングのようにタックルした。意外だったのか、魚谷は対処できずに背中から転倒。凶器のバールを手から放して落とした。



「残念だったな魚谷。俺はクソ親父から格闘技を習っていた過去がある」



 あんなどうしようもない親父だが、もともとは格闘家だったのだ。プロレスや総合格闘技、ボクシングの経験もある。そんな親父から、俺はたくさんの技を教わっていた。


 だから、絞め技でこの男を落とす。


 ぐるっと魚谷の背後に回り、スリーパー・ホールドをお見舞いした。


 首の器官を締め上げ、七秒ほどで失神させる技だ。


 その通り、魚谷は一瞬で失神して――失禁した。



「…………(がくっ、ぶるぶる)」


「うわッ!!」



 直ぐに離れる俺。

 ちょっと効きすぎたかな。


 とにかく、これで魚谷は撃沈した。……ふぅ。

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