第2話 千度目の再会

一刻も早く彼女、相川百花に会いに行きたかったが、生憎バイトのシフトの関係で、すぐに会いには行けなかった。それはそれで彼女になんと言って近づくか考える時間があると考えれば良いわけだが、特に良い考えが思いつかないまま、バイトが休みの日になった。

僕は悩んだ末、一人では良い案が思いつかない為、芽衣子に電話をかける事にした。


「もしもし、芽衣子さん。今から会えないかな?」

「いいですけど……なんで急に?」

「ちょっと相談したい事があってね」

「そうですか。分かりました。どこに行けばいいです?」

「じゃあ、前に待ち合わせをした喫茶店で」

「了解しました」


待ち合わせの時間を決め、電話を切る。

さて、そろそろ行こうか。

僕は喫茶店へと向かい、扉を開けると、中に入り、窓際の席に着く。

それから数分後、彼女がやってきた。


「遅くなってすみません」

「いや、こっちこそ急に連絡をして悪かった」

「それで、私に相談というのは?」

「実は……」


僕は、彼女に相川百花について話す。

相川百花とは前世の恋人同士であり、もう一度会いたいという旨を伝えたのだ。

当然、全てを話す事はしなかったが、それでもだいたいの事を伝え終えると、彼女は微笑む。


「そうですか。千春さんは平安時代の生まれで、怪異の肉を食べた事によって不老不死になった。そして怪異との戦いで亡くなった愛する人の魂の生まれ変わりが、相川百花さん。にわかには信じられませんが、私は依頼人の事情にどうこう言うつもりはありません」

「それで、君はどうすれば彼女と連絡が取れるようになると思う? できれば教えてほしい」

「うーん、そうですね。一言で言うならば難しいですね。そもそも彼女には、前世の記憶があるのでしょうか?」

「おそらくないだろうな」

「だとすれば、すでに千春さん以外の別の恋人がいる可能性もありますよね」

「確かにそうだ」

「ならこういうのはどうです?」


提案された案を聞いた僕は、確かにそれが無難。いや、それしかないのではないかと思った。

早速、その事を彼女に伝える。


「分かった。それでいこう」

「頑張って下さいね」

「ああ、ありがとう」


僕は礼を言うと、そのまま店を出た。

その足で再び相川百花の働くヨガスタジオを訪れた。

入り口を通り抜け、受付に向かう。


「こんにちわ。体験レッスンの方ですか?」


受付に座っている女性が話しかけてくる。

艶やかな長い髪に整った目鼻立ち。二重瞼の澄んだ瞳。

僕の心臓の鼓動もドクンッと高鳴り、魂が共鳴する感覚がする。

間違いない。彼女が相川百花だ。そして僕が千年の間、探していた魂だ。


ついに再会することができた。


「はい。実はそうなんです。最近、体をもっとリフレッシュさせてやりたいなと思いまして」

「それは良い考えですね。一時間の体験レッスン希望で宜しいですか?」

「はい」


女性の声と共に、ヨガマットの上で体を動かし始める。

体の隅々まで血流が流れるような感じになり、心地よい気分になる。

しばらくすると、女性の動きが止まった。


「以上で体験コースは終了です。お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様でした」

「また是非いらして下さいね」

「はい」


笑顔で答えると、そのまま更衣室にいき、服を着替える。

それから受付に行き、相川百花に会いに行く。


「今日はありがとうございました。体がとても良い感じです。是非入会したいと思います」

「ありがとうございます。えっと、お名前は?」

「雨色千春です。気軽に千春と呼んでください」

「わかりました。千春さん、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします。それでは失礼します」


そう言ってその場を去る。

これで準備はできた。ヨガスタジオに入会することで、自然と彼女と会う頻度が増える。


芽衣子の案とは、まずは自然と彼女と会う繋がりを作る事。

そこから徐々に距離を縮めていき、信頼関係を築いていく。

そして彼女に前世で恋人だったことを打ち明けるというものだった。

地道ではあるが、やはりそれしかないだろう。


それから一ヶ月。

芽衣子から聞いた作戦通り、僕はヨガスタジオで彼女に会う回数を増やした。

やはり彼女が記憶を取り戻す気配はない。前世の事は覚えていないのだろう。

それでもめげずに通い続けた結果、ついに彼女の方から声をかけてきた。


「あ、千春さん。こんにちは。今日も一時間コースですか?」

「うん、そうだよ」

「いつも熱心ですね」

「まあね」

「ふふっ。凄いなぁ。私も見習わないと」


そう言いながら彼女は笑う。

可愛い。愛おしくて今すぐにでも抱きしめたい。

そんな気持ちを抑えつつ、彼女と話を続ける。


「ねえ、仕事の後って空いてたりするかな?」

「この後は仕事終わりに友達とご飯を食べようかと思っていますけど……」

「そっかあ。じゃあまた今度、都合の良い時にご飯でもどうかな?良い店知ってるんだけど」

「いいですよ。じゃあ連絡先を教えてください」

「わかった」


僕はスマホを取り出し、連絡先の交換を行う。


「それじゃ、また」

「うん、また連絡させてもらうよ」

「はい」


彼女は明るく返事をした。

約束を取り付けられた事に満足しながら、その後のレッスンを受ける。

さて、どうやって彼女を食事に誘おうかと考えを巡らせるのだった。


今日は夜勤だ。午後十時から日付を跨ぎ、翌朝の午前六時までのシフトだ。

すっかり朝日が昇ったバイトの帰り道。

僕は一人、歩いていた。

隣には誰もいない。当たり前だ。

僕はずっと一人で生きていくと決めたのだから。


だけど……どうしてこんなにも寂しいのだろうか?

僕は不意に立ち止まり、自分の手を見つめる。


この手で何度も怪異を倒し、何人もの命を奪ってきた。

だが、もう僕はその手を汚す必要は無いのだ。

今の僕はただのフリーターだ。


普通の人間としてこれから生きていかなければならない。

それなのに、何で僕は胸が締め付けられるような苦しみを感じているのだろう。

何かが足りない。

まるで心にぽっかりと穴が空いてしまったようだ。


一体、何故なのだろう。

誰か教えてくれ。


僕の心の隙間を埋めてくれるのは誰なのだろうか。

やはり君しかいないのか?


千年前から僕の心に住み着く、最愛の人。

今の彼女の名前は、相川百花。

君の事を想うだけで、僕は何もかもがどうでもよくなる。


他の女なんてどうでもいい。

僕には君だけいればそれで良い。


そう、僕に必要な人間は君だけだ。


君は僕だけのものだ。誰にも渡さない。

たとえそれが神であろうとも……。


そんな事を考えながら、仕事で疲れた体を癒すために眠りについた。

別に眠る必要などないのだけれど。目が覚める度にそんなことを思う。

不老不死の体であるから眠らなくとも、どうということはない。

だが僕は眠る事は動物の本能であり、それは人間らしい行為の一つであると考える。

人間を捨てた僕だが、人間らしさをどこか捨てきれないでいる。

矛盾している。自分でも分かっているが、やめられないものは仕方がない。


目覚めるとコーヒーを作る。

コーヒーの香りが部屋中を漂い、落ち着いた気分になる。

熱々のコーヒーを一口、また一口と飲んでいく。

昔から猫舌であり、千年生きていても熱い物は克服できない。


それから顔を洗い、歯を磨き、身支度を整え、外に出る。

今日も良い天気だ。春の穏やかな気候に心が躍る。

千年間探し続けた愛おしき人と、食事を共にすることができるかもしれない。

それは僕にとって、何よりも楽しみなことだ。

しかしある問題に気が付いてしまった。


良い店を知っているから食事をしようと言ったが、僕は実際のところは、良い店なんて知らない。

女性というものは、どういった店に連れて行かれるのが嬉しいのだろうか。

悩んだ僕は、スマホのボタンを操作して電話をかけた。


「もしもし、芽衣子さん?」

「はい。どうされましたか?」

「折り入って頼みがある」

「何でしょう?今、丁度別の仕事の関係でいつものカフェの近くにいるので、会って話しますか?」

「ああ、わかった。すぐ行く」


電話を切り、いつものカフェへと向かう。

店内に入ると奥の席に座っていた芽衣子を見つけ、隣に座る。


「それで頼みというのは?」

「女性の気持ちについて教えて欲しい」

「ふむぅ。また難しい話ですね」


そう言って芽衣子は、頭を抱えた。


「女性はどういう店に連れて行けばいい?」

「あのう、千春さん。一応言っておきますけど、私は探偵であって、恋愛カウンセラーではないですよ」

「そこをなんとか。芽衣子さんならどういう所に連れて行かれると嬉しいんだ?」

「そうですね。私なら雰囲気の良いイタリアンとかだと嬉しいですね。パスタ好きですし」

「なるほどね」

「まあ、でも無理して探さなくても良いと思いますよ」

「えっ」

「だって千春さんの事です。きっと相手の方が喜ぶ所を探してあげているんでしょう?だったら、あなたが連れて行ってあげたいと思う場所が正解だと思うんです」

「…………」

「まあ、と言っても、私のオススメの店を何軒か教えてあげますから参考にしてください。彼女とどこまでの関係なのかは知りませんけど、焦らずじっくり時間をかけて仲良くなってくださいね」

「わかった。ありがとう」


やはり芽衣子に頼ったのは間違いではなかった。

彼女は僕の欲しい言葉をくれた。


「じゃあ、また何かあったら連絡するよ」

「はい。わかりました。それではまた」


僕は立ち上がり、代金を支払い、そのまま外へ出た。

これで彼女を連れて行きたい店が見つかれば良いのだが。

そう思いながら、僕は歩き出した。

結局、店は芽衣子が教えてくれたイタリアンの店を予約することにした。

生パスタが美味しいらしい。


午後七時。仕事終わりの彼女を呼び出した。

今日も相変わらず可愛い。


「こんばんは、今日は誘ってくれてありがとうございます。こんな素敵なお店で食事できるなんて思わなかったですよ!」


目を輝かせ、嬉しそうな表情を浮かべている。

よかった。喜んでくれているみたいだ。

内心、ホッとしながら、笑顔で彼女に話しかける。


「僕も気になってるお店だったから、ここにしたんだけど良かったかな?」

「はい、凄く素敵で気に入りました!こういうお洒落なお店、憧れていたんですよ〜」

「それは良かった。気にいってもらえて安心した。それじゃ、早速料理を注文しようか」

「はい、そうしましょう!」


テーブルの上に備え付けられているベルを押し、店員を呼ぶ。


「ご注文はいかがいたしましょう?」

「どうしようかな。色々あって悩みますね」

「生パスタが美味しいよ」

「えー、気になりますね。じゃあ生パスタ。ペペロンチーノにしようかな」

「僕はカルボナーラにしよう」

「は〜い、かしこまりました。少々お待ち下さいませ」


そして数分後、二人の前に綺麗に盛り付けられたパスタが置かれる。


「わぁ……すごい」


思わず感嘆の声が漏れる。


「いただきます」


そう言い、フォークとスプーンを手に取り、食べ始める。


「んっ、おいひぃ!!」


彼女は頬に手を当て、幸せそうな顔をしている。

その顔を見て、僕まで幸せな気分になる。


「ねぇ、千春さんも一口どうですか?」


そう言ってパスタの皿を差し出してくる。


「いや、僕は大丈夫だよ。自分のがあるから」

「遠慮しないでいいですよ。美味しいですよ」


僕は、じゃあ……と差し出された皿に乗っているパスタを食べる。


「おいしいですか?」

「うん。うまいよ」

「ふふっ、でしょう?」


彼女は得意げな笑みを見せる。

それから僕らは他愛もない会話をしながら、食事を楽しんでいた。

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


「あの、千春さん」

「どうしたの?」

「また、こうして一緒にご飯を食べに行きませんか?」

「ああ、もちろん構わない。君が望むなら」

「やった。約束しましたからね?忘れないでくださいよ?」

「ああ、わかっている」

「絶対ですからね?」

「ああ」

「ふふっ」


彼女は楽しげに微笑んだ。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「はい」


会計を済ませたあと、二人で並んで歩く。


「あの、千春さん」

「何?」

「なんていうか変な事言っていいですか?」

「うん?」

「私、なぜか千春さんを初めて見た時、ずっと昔から知っていたような気がするんです。……変ですよね?」

「変じゃないよ。なぜなら僕と君は……」


今、ここで言うべきだろうか。このタイミングで言うべきではないかもしれない。

しかし言わずしていつ伝えることができるのか。


迷った挙句、僕は意を決して彼女の目を見つめて言った。


「僕と君は前世の恋人なんだ」

「えっ!?」


突然の告白に驚いているようだ。当然だろう。


「いきなり言われても困るよね?でも本当なんだ。信じられないだろうけど、僕は千年もの間、ずっと君の魂を探し続けたんだ」

「千年?千年?一体どういうことなんですか?千春さんって冗談が好きなんですか?」

「信じてくれなくてもいいよ。ただ聞いて欲しい。僕はずっと君を探していた。そしてやっと見つけたんだよ。僕の愛しい人」

「……」


彼女は黙ったまま、僕の話を聞いてくれている。


「僕は千年経った今でも君が好きだった。だからもう一度、巡り合うためにずっと生きて来た。つまり運命だ」

「……」

「君が良ければだけど、僕と付き合ってくれないかな?」

「……」

「ダメかな?」

「……」


何も答えてはくれなかった。


「まあ、急にこんな事言われたら混乱するのも無理はないと思う。ゆっくり考えてみてよ。それで、もし良かったら返事を聞きたい」

「はい。わかりました」


彼女は俯きながら、小さく呟くようにそう言った。

そして、その後は何も喋ることなく家まで送り届けた。

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