第7話 背中の傷

 「チェーンソーが来るよ!」きこりの街、磨崎とぎさきにて子供をしつける時の常套句だ。

 危ない場所で遊んでる時、仕事をしてる人の横ではしゃいでいる時、親の大事なアクセサリーで遊んでいる時……。

 「チェーンソーが来るよ!」と大人が叫ぶ。子供はきゃっきゃと叫びながら逃げて行くのだ。


 この街に住んでるとある兄弟が怒られる理由もそんな感じだ。ただ違うのは、親が言う言葉は「がきども、チェーンソーを持ってくるぞ」だったことくらい。


 泣き虫の弟はいつも泣いてばかり。優しくて賢い兄がかばってやった。弟がヘマをする、親がピシャリ、兄がかばうと、兄もピシャリ。素手で叩かれるのなんてまだましな方で、ひどい時は酒瓶を投げられるのだ。その辺の薪で血が出るまでぶたれたこともあった。


 そんなだから、兄弟はいつもあざだらけ傷だらけ。


 ところで子どもたちが外で集まって遊ぶのは建物のもっぱら屋根の上だった。ある時、弟が友達から頼み事をされた。


「なあ、お前のおかあの持ってるペンダント、綺麗だよな」


 弟はすっかり嬉しくなっちまって、こっそり親の寝室から真っ赤な宝石がめ込んであったペンダントを盗み出して来た。


 友達はペンダントにベタベタ触って大はしゃぎだった。弟はそれで嬉しかった。


 でもいつまでもペンダントで遊んでいる友達を見て、弟はだんだんと不安になって来た。


「なあ、そろそろ返しておくれよ」

「やだよ」


 弟が手を伸ばすとみんな逃げていくのだ。弟が追いかけるとみんな走り出した。背の高いのがペンダントをもらって走り出した。弟も追いかけたが途中、建物と建物の間の隙間が少し広く空いた上を飛び越えられ、弟は飛び越えることができなかった。ペンダントを持ってたやつがなかなか捕まらないから弟はこう叫んだ。


「チェーンソーを持ってくるぞ!」


 みんな静かになった。ペンダントを持ってたやつが泣き出して、弟が手を伸ばすとそいつは屋根の上からペンダントをうっかり落としちまった。落としたペンダントは壁や窓辺に跳ね返り、子供がひとり入れるくらいの木すり潰し機の中にペンダントが入ってしまうと、大急ぎで追いかけて取ろうとその中へ手を伸ばしたんだ。


 その店の親父が叫んだ。


「チェーンソーが来るよ!」


 木すり潰し機に手をつっこんだ子供は無事に引っ張り出されてペンダントだけが粉々になってしまった。


 その夜、弟は親にど叱られた。父親が「たわけどもが」と叫ぶと突然立ち上がって外へ行ってしまった。途端に兄弟たちは嫌な予感がして、一目散に外へ飛び出した。「チェーンソーが来る!」


 ヴォオン! とスターターの音が鳴り響いた。兄弟たちはぶっ魂消たまげて町の家々の屋根を跳びまわるようにして逃げた。しかし子供たちにとっての町の広さは大人にとってのとは違う。父親は道を先回りして、周到に兄弟たちを追い詰めてゆく。


 例の建物の隙間が広い場所に来た。兄が先に飛び越えて弟に手を伸ばすが、弟は二の足を踏んだ。


「大丈夫だよ。ほら」

「う……」


 意を決したが躊躇した、弟は届かなかったのだ。しかし落ちる寸前に兄の手が間に合った。お互いの指が食い込むほどに強く腕を握り合った。


 しかし、兄のすぐ後ろに父親が来ていたのだ。チェーンソーがけたたましく鳴り、兄の背中に押し当てられた。凄まじい悲鳴が聞こえて、弟は思わず手を握り込んだ。


 しかし、兄は手を緩めて「窓に捕まって逃げるように」と促して手振りを見せた。

 弟は言われるがままに手を離して窓に捕まった。


 恐怖しながら弟はゆっくりと降りて行ったが、上から突如降りかかって来た大量の血を浴びて手を滑らせた。


 背中からまともに地面に落っこちて悶絶した。息ができない。足も打ったらしい。立てない。


 そうしてしばらくしているうちに、暗闇の中で足音が聞こえた。何かがヒタヒタと歩み寄ってくるのだ、あのチェーンソーを引きずる音とともに。


 弟は「ヒッ」と息を呑んだ。


「……父さんをぶっ殺してやったよ」


 兄だった。兄はそのまま弟の腹に手を当てて横たわって、2人は闇の中に溶けて消えていくように安らかに眠った。


 そこへ、ある老齢の女が通りがかった。


「ふん、哀れな子どもたちがいるよ。年の頃は私の孫娘くらいかね、どちらも酷い傷だ」


 女は無頼ぶらいと呼ばれていた。

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