表裏一体

仁科佐和子

第1話 見方を変えれば

「こちらのブローチは『ラッキー7』と言ってね。つけているだけで運気が爆発的に上がる魔法アイテムだよ」

 キツネのようなツリ目をした武器屋の店主が、ローブをまとった小柄なお婆さんを相手に胡散臭い商品を売りつけている。


「キツネ店主がまた詐欺まがいの商売してるぜ?」

 武器屋の正面にある酒屋のテラスで、常連客の男たちは止めるでもなくニヤニヤしながらその様子を眺めていた。


「あんな老いぼれ婆さんなんぞキツネのいいカモだ。まぁ、やつも商売だからな。騙される方が悪いんだ」

 酒屋の店主は興味なさげにフンッと鼻を鳴らした。


 そこへ旅装束の若者が通りかかって店主に喰ってかかった。

「待て! 何が運気の上がるブローチだ! これは――」

 血気盛んな若者の言葉を遮って、老婆は店主の手に金貨を握らせた。


「一つ頂こうかね」


「毎度ありぃ」

 店主はニヤリと口角を緩ませながら、数字の『7』をかたどった黒曜石のブローチをうやうやしく袋に詰めて老婆に差し出した。


 店をあとにした老婆を若者は追いかけた。

 年齢にそぐわぬ健脚で、老婆はスイスイと街を抜けていく。若者は町外れの丘の上でようやく老婆に追いついた。


「もし! 御婦人!」

 老婆は日の沈む西の丘の上で若者を振り返る。


「失礼ながら、先程買われたブローチは偽物です! 本物の魔導具『ラッキー7』はルビーの赤い石でできています。同じ形でも黒曜石でできたものは『アンラッキー7』と言って、運気を下げる特性を持つ呪いのブローチなのです!」

 そこまで一気に説明する若者を老婆は鋭い目で見つめていた。


「ラッキー7の語源を知っておるかい?」

 老婆は若者に話しかけた。


「えっ?」

 思いもよらない問いかけに若者はたじろぐ。


「異国の地からきた古い験担げんがつぎだ。野球の試合中、7回目の攻撃で打った球が強風でホームランになったことに由来してるんだとさ。

 それがラッキーなのは攻撃側のチームにとっての話だ。守備側のチームにしてみたら、アンラッキーとしか言いようがない」

 老婆は袋から黒曜石のブローチを取り出した。


「こいつも同じさ。あんた、本物の『ラッキー7』を持っているね?」

 老婆の言葉を聞いて若者はハッとしたように自分の胸のあたりを抑えた。マントの下からちらりと赤い『7』の数字が覗く。


「ラッキーとアンラッキーは表裏一体、人間に取っちゃ赤がラッキー黒がアンラッキー。だがね、攻守が変われば逆になる。あたしたちに言わせれば、黒がラッキーで赤がアンラッキーなのさ!」


「なっ、魔物!?」

 剣を構えようとしたその時、老婆の体から突風が吹き出し、若者は丘の上から吹き飛ばされた。


「このブローチはまさにのラッキー7! こいつの力を借りてあたしは完全復活を果たすことができた! あんたはのラッキー7を持っていたおかげで難を逃れたようだね。その石に免じて今回は見逃してやるよ!」


 老婆の体から放たれた厄災により、街は壊滅していた。人々の魂を取り込んで、老婆はみるみる若返ると笑い声を残して消えていった。


 若者は丘の上から一瞬にして滅んだ街を見下ろしながら、呆然と立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

表裏一体 仁科佐和子 @sawako247

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説