販売記念SS 猫と先輩職員



 ※こちらは、メロンブックスさんでの販売特典につけていただいたSS『猫と機械人形オートマトン』の別視点のおはなしです。



「え、フェイ君。その猫、なに?」

「アドゥル副長に許可をもらって飼いはじめました!」


 直属の後輩であるフェイ=リアが職場の倉庫で猫の世話をしていた。

 モフモフの猫だ。血統が良さそうな猫だから、どこからか逃げてきたのか、それとも捨てられたのか。場合によっては金になるモノだなとアキラは判断しつつも、残念ながらゼータの許諾を得てしまっているという。


 ――ちぇっ。


 舌打ちを胸中に隠しつつ、アキラはせっせとブラッシングしようとしているフェイの隣にしゃがみ込む。奇妙な光景だった。思いっきり暴れる猫を無理やり押さえつけてブラッシングしようとしている機械人形オートマトン。何度も引っ掻かれているようだが、即座に治癒していくフェイの特殊体質に、猫自身も気が付いているのか。どんどんパニックになっているようにも見える。


 別に金にならない以上、放っておくべきなのだろうが。


「フェイ君フェイ君。ちょっと貸して?」

「アキラ先輩も猫が好きなんですか?」

「先輩?」


 些細な言い回しが気になって尋ね返してみると、フェイはあっけらかんと言い放つ。


「俺が副長に猫を見せた時、アドゥル副長の心拍数が増えたんですよ」

「ほうほう」

「わずかな体温の上昇からしても、興奮しているようでしたので……おそらく猫に好意を持っていただいているのではないかと判断しました」


 その話に、アキラは思わず噴き出す。


 ――ほんとかわいーなー。


 どうせゼータのことだ。猫好きがバレないように懸命に顔はクールに装っていたのだろう。でも、そんな虚勢は機械には通じず。新人が増えてめんどうが増えたことも明らかだが、面白いことも増えたなと思っているアキラである。


 だけど、ゼータをからかうのは後回しだ。

 アキラがフェイからブラシを奪い取り、猫の顎下を撫でてやる。


「よしよーし。ちょ~っといい子にしてるんすよ~」


 そして、頭から背中にかけて撫でるように。優しくブラッシングしていくと、だんだん猫が大人しくなってくる。その様子をフェイは興味深そうに見つめていた。


「この差はどうしてでしょうか。おれとアキラ先輩……あっ、手の体温設定が少し低かったんですかね?」

「いや、そんな細かいことは知らんすけど……ここに入職する前に色々していた中に、ペットの世話っていうのもあって。比較的安全だったし、けっこういい仕事だったんすよね」


 だからワニとかの世話に比べれば、猫なんて可愛いものっす、と話せば、フェイはよくわからないとばかりに小首を傾げていた。


「具体的に動物に好かれるポイントなどあるんですか?」

「ん~、動物の種類によっては好きな撫でられ方とかあるにはあるけど……」


 なぜフェイが嫌われるのか、ふと思い浮かぶのが。

 それはフェイが〈機械人形オートマトン〉だからなのではなかろうか。


 動物には、人間では見えない・聞こえない・感じないものが感知できるという話がある。だから、その人間にはわからない部分で【得体が知れない】と思われているのだとしたら。


 ――それをフェイ君に話すのは、少し酷かもしれないっすね。


 生まれや育った環境は、誰にもどうすることができない。

 そんな過去をいくら嘆いたところで……ただ今が余計に面倒になるだけだから。


 自分が機械であることをまったく卑下しない前向きな後輩を、アキラはけっこう気に入っていたりもする。


「おれもやってみていいですか?」

「はい、どーぞ」


 どうしていきなり猫の世話をしようとしているのかなんて、それこそ面倒だからアキラは聞かないけれど。


 どう見ても、今も懸命にアキラの真似をしながらブラッシングしようとしているフェイは、たとえ何回引っ掻かれようとも、この猫を〈しあわせ〉にしようと頑張っているから。


 ――仕方ないっすね~。


「あ~、もっとおしりの辺りは優しくしたげて!」


 なんやかんやと、アキラはやっぱりフェイに手を差し伸べるのだ。




※この猫に関するゼータとのやり取りや行く末は、メロンブックス様の特典『猫とと機械人形オートマトン』でお楽しみください。

  

            【『「女王の靴の新米配達員』 猫と先輩職員  完】

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【書籍化】「女王の靴」の新米配達人 しあわせを運ぶ機械人形 ゆいレギナ @regina

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