第一章 見習いは化け物に頭を食われる⑫
「えー、そういうわけで、今年の見習いのフェイ=リアは
〈
その後、ご馳走が並ぶ食堂でそんな他己紹介をするゼータに、局員たちの反応は朝とほとんど同じ無反応・無関心かと思いきや――
「ちょーっと待ったああああああ!」
めちゃくちゃ反応を示した男が一人。フェイの同期となる見習いのミツイ=ユーゴ=マルチーニである。クールな見た目と裏腹に声がデカい見習いに対して、ゼータは淡々と視線を向けた。
「はい、この場で一番発言権が弱いであろう見習い一号」
「どーして俺の発言権が弱いんだ⁉」
このアガツマの街を牛耳るマルチーニ食品会社の御曹司として不服なのだろう。実際、マルチーニ食品を敵に回したら、この街で生きていけなくなるが、ゼータは部下に弱気な態度は見せない。
喚くミツイをジーッと見つめていると、先に怖気づいたのは彼の方だった。
「あ、甘んじて先輩方より立場が低いのは認めよう! だが、見習いは今年三人……当事者であるその機械を抜かして二人いる。彼女と俺は同じ立場であるかと――」
「だけど、お前は男だろう?」
「もちろん」
「俺は男より女が好きだ」
ゼータはきっぱり言いのける。
ゼータに男色の気はない。性的嗜好を向ける対象は自分と対する女性のみである。同期のニコーレの母性溢れる胸部に、鼻の下を伸ばしていたミツイも同様だろう。
だからこそ、ゼータは堂々と正論をぶつけた。
「男と女が同じくらい困っていたら、俺は迷わず女の方を助ける。生まれ持った平均的な体力や筋力の差など理由を述べようと思えばいくらでも論ずることができるが、行き着く先は一つ――俺は女が好きだ。男の発言と女の発言、俺は迷うことなく女の発言を優遇しよう」
時と場合によっては、当然問題が生じかねない発言だが……ここは現在ゼータ=アドゥル副局長が治める職場〈
そんな
「さて、見習い一号が言うには同じく発言権が弱いらしい見習いニコーレ。お前は
ニコーレは今までのやり取りにまったく気にする素振りもなく、マイペースに頬に手を当てる。そして腕を組むといったポーズで無意識に胸部を強調させながら、彼女は渦中のフェイに尋ねた。
「フェイ君……あなた自身が機械ってことは、荷物よりもあなたが狙われることもあるってことでしょう? 正直、どんな配達でもあなたが一番危ない立場になると思うの。本当にいいの?」
「はい! 覚悟はできていますっ!」
「なら、別にいいんじゃないかしら?」
即答したフェイに、「わたしも無理がない範囲で応援するわ」と穏やかに微笑むニコーレ。その笑みもまた母性が溢れている。
――やっぱり女はいいなぁ。
そんな感情をおくびも出さず、実際恋人の一人もいないゼータは声だけ大きな見習いに話を戻す。
「さて――見習い一号改め、男のミツイよ。お前の同僚の
「ぐぬぬ……」
この「ぐぬぬ」を引き出すまでに時間がかかったが……ゼータは気にしない。教育とは最初が肝心なのだ。この丁寧な教育がのちの部下の成長および自分のラクに繋がる。
そう……最初の根回しや言質は大事なのだ。
「一応、他の者にも聞いておこうか。こいつの入隊に反対する奴はいるか? 特に一番隊。最初はもちろん俺が同行するが、遠からず仕事を共にする機会も出てくるぞ」
つまり、あとから文句は言わせんぞ――と。
そう言い含めて自ら直接管理する隊員に尋ねれば、彼らはやっぱり興味なさそうに答えた。
「囮に最適なら、むしろ配達がラクになるのでは?」
「どうせアキラが面倒みるから問題ない」
「がんばってね~ん♡」
その中で名前の上がったアキラのみ「やっぱりオレなんすか⁉」と声を荒げる。すでに「やっぱり」という時点でその気だったんじゃないかとゼータは内心ほくそ笑むも、大人としてそれは顔に出さずに「話は終わりだ」と両手を二回叩いた。
「それじゃあ、馳走を前に時間をとってすまなかったな――全員、ジョッキを持ていっ!」
その掛け声に、全員が「ようやくキタ!」と威勢よく立ち上がった。
それは先輩方のありがたい激励を受けて「なんか今朝も同じようなこと言われたばかりなんすけどねぇ」と感謝を述べるアキラも同様である。
ちなみに、この〈
そんな盛り上がりを見せている一方、ゼータの隣にいるフェイもワクワクを隠しきれていなかった。絡まれているアキラを見たり、テーブルの上にたくさん置かれたオードブルを見たりと、視線が忙しそうだ。
そんな見習いに、ゼータはこっそりと聞く。
「……お前は何が食べられるんだ?」
「あ、お気遣いありがとうございます。飲食物などを取らなくても動力は問題ないのですが、擬似的消化機能と味覚判断機能も備わってますので。何でも食べられます」
「そうか。それならよかった」
本当によかった。これだけ用意して、やっぱり本日の主役の一人に「オイルしか要りません」と言われたら、ゼータは少しだけショックを受けていた。調理担当にも悪い。ちなみに念の為、ゼータは最高級エクストラヴァージンオイルも用意していた。
そのオイルは自分がサラダにかけて食べようと決めて。
ゼータは「コホン」と皆に向けて咳払いをする。
「それじゃあ今日も皆、業務ご苦労だった。見習い歓迎会だ。とにかく全員飲んで食え。乾杯っ!」
『かんぱ~いっ‼』
そうして始まった歓迎会。
そんな広くない食堂にひしめき合っているのは五十人ほど。遠隔配達でいない局員もいるのにこんなにいるのは、アキラの家族がわいわいと馳走になりにきているからだ。
アキラの家族は、全員血が繋がっていない。話によれば流れに流れてアキラが身寄りのない子供を次々と世話することになったらしく……現在『家族』は総勢八人まで増えているという。
とても気持ちのいいガキどもだ。いつも馳走なった後は、皿洗いなどそれぞれができることを手伝ってくれていると報告を受けている。もう少し大きくなったら、それぞれ掃除夫や調理補助として雇ってやってもいいかな、とゼータは考えていた。〈
そんなガキども男女年齢幅広の七人が「副長おつかれさまで~す」とサラダの皿からヤングコーンだけをゼータに取り分けて差し出してくる。少し向こうからはアキラが「いい子たちっしょ?」と言わんばかりのドヤ顔をしていた。
――あとで覚えとけよ。
それでもガキに罪はないから「ありがと~、おじさんすごく嬉しいよ~」と猫撫で声で話している間に――フェイもフェイで、先輩局員から色々と絡まれていた。主にゼータの悪口を吹き込まれているようだが。その隣で「だがしかし! 俺は納得したわけではないからなっ!」と息巻くミツイを、彼の所属する二番隊隊長のゴーテルが宥めてくれている。ニコーレもニコーレで、同じ隊の女性〈
そんな楽しげな光景を尻目に、ゼータは最高級エクストラヴァージンオイルをかけた山盛りのヤングコーンをたらふく頬張る。
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