第一章 見習いは化け物に頭を食われる⑥

 目の前には、だだっ広い砂の地面。背の低い草木が点在する様は、すべて計算しつくされたような芸術感まで醸している。そんな『何でもない場所』に道などない。昔使われていた道の残骸がある場所にはあるが――モンスターが世界に蔓延るようになった以上、街の外である『何にもない場所』を行き交う馬鹿は行商人と〈運び屋スカルペ〉くらいだ。


 そんな砂漠の真ん中で。

 大きな荷物を背負って抱えた見習いはとても嬉しそうにしていた。


「へぇ、こっちの方は初めて来ました。砂漠なのに……綺麗な場所ですね!」

「過去の森林伐採により、氷河が下に隠していた砂地が露わになってできた場所だそうだ。綺麗な砂と一緒に……モンスターも出てきてちまったんだがな」

「でもモンスター、どこにも見当たりませんけど?」


 キョトンとした顔で周囲をキョロキョロしたフェイに、アキラは暇つぶしだてら世間話を返す。


「見習いくんは今まで、どんなモンスター見たことあるんすか?」

「一匹も見たことないですよ」

「ないの⁉」


 思わずアキラは驚くが、一歩後ろを歩くゼータは水を飲んでから鼻で笑った。


「まぁ、街から出ない都会人は見たこと無いやつも多いだろ。食べ物を探して村の外を散策していた貧乏なお前んちが稀有なんだよ」

「そりゃあ悪ぅございましたねぇ。おかげさまのお給金で、今じゃあ家族みんな街でぬくぬく暮らさせていただいてますよ~」

「おー。これからもその調子でせっせと働け」

「へ~い」


 振り向きながらだらしなく敬礼してみせるも、ゼータは素知らぬ顔で空になったペットボトルを両手で潰し、腰のバッグの中にしまう。


 ――これなら見習いくんと話している方が、まだ楽しいっすかね。


 と、アキラは再び前を向いて、隣を歩くフェイをからかうことにした。


「油断しない方がいいっすよ?」

「?」

アレ・・は、本当にいきなり――」


 その時、地面が揺れ始める。同時に砂漠から這い出てくるのは、巨大すぎる赤ミミズ。

 後ろのゼータから嘆息が聴こえる。


「ほーら、誰かさんがフラグを立てるから」

「オレのせいっすか⁉」


 その地面から出ているだけで体長五メートルある巨大な赤ミミズの正式名は、ブエンドデスワーム。その大きな口からは紫色の唾液と、無数に並んだ鋭い歯を惜しげもなく披露してくれている。この唾液はもちろん猛毒。この毒で金属を腐食させつつ消化しているのだとか。習性として、黄色いものを狙って襲うといわれている。


 ――まぁ、黄色っていったらオレの髪くらいっすか?


 アキラは自らの軋んだ髪を少し摘まんで、わざとらしく高い声を出す。


「きゃ~。こんな綺麗な髪のオレ、真っ先に食べられちゃうかも~」

「後輩への指導ご苦労。だが安心しろ。お前のくすんだそれは黄色とは言わん」

「ですよね~」


 チラッと見習いを見やると、彼は嬉しそうに両手を叩いていた。


「なるほど! おれにモンスターの特性を教えてくれてたんですね。いきなり棒読みの小芝居を始めたんで、モンスターを前に人格が変わってしまったのかとビックリしました!」


 その言葉に、ゼータは吹き出し、アキラは赤面する。

 そしてひときわ巨大なワームに、アキラはヒップホルスターから銃を抜いた。


「あの肥えたワーム、腹いせにぶっ倒していいっすよね?」

「馬鹿なこと言ってないで気づかれないうちに迂回するぞ。手出ししなけりゃ何もしてこない――」


 ゼータが言い終わるよりも、早く。

 ワームはその大きな口からいきなりフェイに向かって毒を吐き出してくる。


『なっ⁉』


 驚きの声を漏らしたのはアキラとゼータ、ほぼ同時だった。

 肝心の狙われたフェイのみ黙ったまま、その場を大きく飛び退く。その跡には紫色帯びたおどろおどろしい粘液が小さく泡立っていた。


「うお~、びっくりした~」


 ワンテンポ遅れて目を見開いたフェイをよそに、ワームはそのギラギラした歯を露わにしながら、フェイを食らいつこうと突進する。


 ――なんで見習いくんが襲われてるんすかっ⁉


 モンスターが食らうのは機械だけ。あと強いてあげても黄色い物。

 何もしてない人間が襲われることはない。それに彼は赤髪だ。持っている物だって白い箱は木製だし、中身もNoM機械ではない。彼の背負っている荷物も全部アキラが検分済み。それなのに、どうして――


 だけど、即座にアキラが撃ったマグナム弾が、ワームの横っ面で爆散する。


「ほら、見習いくん。とっとと隠れて隠れて」


 考えるよりも前に、動いていた。

 アキラは愛用のデザートイーグルを持った手で、指をクイッと動かす。


「へいへいミミズさん、こっちっすよ~。……ったく、だから見習いのお守りなんて面倒だっつったのに……」


 舌打ちしながらも、アキラはそのまま自動装填されるのを確認し、デザートイーグルのレボルバーを立て続けに押した。


 そのまま三発、横っ面にマグナム弾を食らわせば。さすがの大ミミズも圧されてくれる。


 その隙に、デスワームから距離をとったフェイが疑問符を上げていた。


「どこへ隠れたらいいですかっ⁉」


 ――あ~、律儀な後輩っすね~。


 先輩の指示に不明点があれば、すぐさま確認する。模範的な見習いの言動だ。

 こんな砂漠に隠れる場所なんてない。木々といっても、フェイの身長よりも低い木が点在しているだけ。ガキのかくれんぼにもなりゃしない。でも、そのくらい自分で考えてくれってのが先輩ゴコロ。


「とりあえず後ろに下がって!」


 律儀な見習いはしっかりと荷物を抱えたまま、地面にライフルを用意し構えたゼータのそばに下がろうとする――も、起き上がりざまにワームは再び毒を吐く。狙う先は、やっぱりフェイのみ。


 スコープを覗いたままのゼータが声を張る。


「こら見習い! におっているんじゃないか⁉ ちゃんと風呂に入ってきたのか⁉」

「入りましたよ、三日前には!」

「毎日入れ!」


 そんなクソどーでもいい問答しながらも、フェイはちょこまかと吐かれる毒や突進から逃げまくっていた。


 ――この見習い、威勢だけじゃなかったっすね。

 ――少なくとも一緒に逃げられる程度には。


 景気付けの一発を撃ち込んでから、アキラも急いで踵を返す。そしてゼータの装備の半分を持ちながら、神妙な面持ちで告げた。


「アドゥル副長……貧乏人に毎日風呂なんて贅沢なんすよ」

「喧しいわ! とにかく今は――」


 ゼータもライフルを慌てて背負い直し、立ち上がる。

 そして放たれるは短い命令。


「逃げろ!」


運び屋スカルペ〉の三人は、靴を鳴らして一目散に離脱する。

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