第一章 見習いは化け物に頭を食われる⑤

 働かざる者食うべからず。食べ物がなければ生きていけない。

 めんどくさがり屋でも、その現実だけは誰より理解しているアキラである。


「お前の役目は、その荷物を死守することだけだ! いざとなったら、俺らを見捨てて逃げろ! 仲間より荷物を優先してこその〈運び屋スカルペ〉だ!」

「はいっ!」


 本部のあるアガツマの街を一歩外に出た荒野にて。

運び屋スカルペ〉の三人は街を取り囲む高い外壁に見下されながら、見習いに仕事の最終確認をしていた。


 今回運ぶものは大きな白い風呂敷スカーフで覆われた木製の四角い箱だ。サイズは頭部より少し大きい程度。重さはそこそこ。見習いフェイは背中に携帯食料などが入ったリュックサック。前にはその箱を抱えて。見てくれは小さな身体が押しつぶされそうにも見えるが、今も足場が悪い岩の上でしっかり二本足で立っている。


 ――なかなか有能な見習いなこって。


 元気がいい。やる気もある。足腰もしっかりしている。

 そして最終試験を通過するほどの知識もある。


女王の靴レギーナ・スカルペ〉の入職試験は甘くない。二年前、アキラだって毎日夜な夜な泣きながら勉強して、ようやく入職できたのだ。試験内容は世界各国の地理、法律。重火器の歴史や扱い方、またそれに関する法律。そして発見されたモンスターに関する知識。それらの学者レベルの細かな知識を問われつつも、しっかり世界情勢や一般教養まで求められる始末。


 そんな一次試験を突破できるのは、毎年百人くらい受験者がいて五人いるかどうか。そして二次の基礎運動能力試験を突破できるのが、そのうち一人か二人。アキラが試験を受けた時は二人だけだった。今年は三人。比較的豊作な年なのだろう。


 ――試用期間でやめなければの話、ですがね。


「ほんと、元気がいい見習いくんっすね~。それだけじゃないといいけど」


 アキラが手近な岩に座って頬杖付いている間にも、今年の期待の星への確認作業は続く。


「ここから先は町の外――通称『何でもない場所』だ。その特徴は?」

「はい、モンスターがいることです!」

「モンスターと動物の一番大きな違いは⁉」

「機械だけを食べることです!」


 それらは別に〈運び屋スカルペ〉のみならず知っている常識だが、ゼータは生徒が難解な問題を解いたかのように大げさに頷いた。


「そうだ! どこから生まれたか知らない化け物、モンスターは機械だけを食べる。つまり、人間が普通に歩いているだけでは、よほど尻尾を踏むなりしない限りは襲われない――今回の荷物はNoM機械ではない! つまり、普通に移動するだけなら俺らはモンスターに襲われないわけだ。そのため、今回の仕事は難易度が一番下のEランク任務になる」


 ――念入りな確認だなぁ……。


 去年のアキラの時もそうだったが。

 このゼータ=アドゥル副局長、一見『俺がクールで知的な一匹狼だ』的な素振りをしているが、なんやかんや物凄く面倒見が良い。たいてい下っ端のアキラとなんか組みたがらない局員が多い中、ずっと組んでいるのが良い証拠だろう。……ただ心配性なだけかもしれないが。


 そんな教官兼上司に、フェイはまっすぐ手を上げた。


「質問です! 今日運ぶコレの中身はなんですか?」

「伝票以上のことは知らん! というか、知ってはならない――これが〈運び屋スカルペ〉の掟だが……よもや、知らないとは言わないだろうな?」

「いや、それは知ってるんですけど……でも副長さん、さっき『NoM機械ではない』って断言してましたから。宛先は書いてあるけど、品名は空白だし」


 ――あ~、墓穴を掘ったっすね。


 アキラはせせら笑う。通常なら掟通り、〈運び屋スカルペ〉は宛先伝票に書いてあること以外には関与しない。伝票には『機械』と『NoM機械ではない』のどちらかに〇を点ける場所と、品名を書く欄がある。見習いは品名欄が空白なのに『NoM』だとわかる理由を問いたいのだろう。品物もわからない上にそれが虚偽の申告だったら……配達員の命に関わるからだ。


 今日運ぶ荷物の中身を、アキラも知っているが……それは、彼に言うことではない。


 だけど、ゼータは表情を動かさなかった。


「それは、俺が依頼主だからだ。あくまで今日のは練習用。気にするな」

「はあ……」


 アキラが初めて見るフェイの不満顔だが、やっぱりゼータは見て見ぬ振りらしい。そのまま地面に置いていた自分のライフルや弾倉や予備の武器等々を背負った。


「よし、出発するぞ!」

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