第一章 見習いは化け物に頭を食われる④
◆
アキラ=トラプルカはめんどくさがり屋である。
「見習いくんの仕事は当分ただの荷物持ちっす。当たり前っすけど、難易度自体も低い仕事だから。ま~死なないとは思うんすけど……でも『何でもない場所』に行くには違いないんで。
そんなアキラが頑張って面倒を押し切りながら説明しているのに、
「よっ、せ~んぱいっ!」
「可愛い後輩を守ってやれよ!」
「がんばれお兄ちゃん♡」
廊下から通りすがりの邪魔が多い。そんな先輩たちの野次を「うるさいっすよ!」といなしつつ、彼は倉庫のロッカーから見習い用の予備の制服を見繕う。
頭は爆発しているけど……フェイの体格は小柄だ。
「きみ、いくつっすか?」
「十五歳です。たぶん」
「多分? ……もしかして、孤児とか?」
「まぁ、そんな感じですね」
「ふ~ん……なかなか複雑そうで。ま、これ以上は聞かないけど。面倒だし」
自分も十六歳で入職した。だから年齢的におかしなことはないし、とアキラは考えるのをやめる。身長も一年前の自分もこんなモンだっただろ……と、アキラは探す場所を改めた。自分の身長が縮むことはないんだから、お下がりをやればいい。どうせすぐ汚れる運命だ。
そして「はいこれ、すぐ着替えて」と少し色褪せたSサイズの服を渡しつつ、アキラは説明を続ける。
「隊は六人で一チームっすけど、実際に配達で組むのは三人が多いっす。隊内で編成を替えることもあるけど……残念ながら、オレはアドゥル副長と一緒のことが多いっすね」
「あれ? さっき一番隊に五人しかいませんでしたよね?」
「……まぁ、それは面倒なのでおいおい。あ、今日はこれも持って行くっすよ」
「黒い……スカーフですか?」
「そう、今日の特別アイテムっす。使う時にちゃんと言うから」
着替え途中の見習いに黒いスカーフを渡しつつも、自分も着替え始めるアキラ。といっても、ジャケットまでは朝から着てきていたので、赤いマントと帽子を装着するだけだ。それと――ヒップホルスターには銃も入れて。
着替え終わった二人は移動する。準備といっても、今日はそう遠くに行くわけでもない。だからあとは水と最低限の非常食を……と他の部屋へと向かっていると、見習いは目ざとく腰に差したそれに目を付けてきた。
「それが先輩の武器なんですね! モンスターに狙われないために、特殊加工がしてあるっていう」
「そ。オレは普段中衛だから威力重視でマグナムを愛用してるんすけど……今日は前衛もオレが兼任っすかね。きみはアドゥル副長の後ろにでも隠れててね」
通常の銃だと機械ゆえ、一発で機械を食べるモンスターの餌になってしまうが――〈
その中でも、アキラの愛用武器は自動式拳銃のデザートイーグル。拳銃と呼ばれる部類の中では大型のものになるが、見た目の割に軽く、スコープなどのアレンジもしやすい代物。中衛といいつつも前衛よりに近い、なんでも屋に等しいアキラにとっては都合の良い銃である。……入職時、副局長がこれを渡してきた理由は『
そんな真面目なようでいい加減な副局長の名前が出た時、見習いフェイが珍しく眉根をしかめていた。
「ところで先輩……あの人は何をしているんですか?」
「あ~、アドゥル副長? いつものお祈りっすよ」
廊下の先。コンクリート打ちっぱなしの灰色だらけのこの建物において、唯一ピンクの扉を開けながら。上半身だけ部屋の中に入れた副局長の尻が廊下でふりふり揺れていた。なぜ、尻の持ち主がゼータ=アドゥルとわかったかといえば、その尻尾のような長い藍色の髪と声ゆえだ。
「あぁ、麗しの我が
一人称すら『俺』から『ぼく』へと変えて。
舌っ足らずで話すゼータ=アドゥルの姿(見える範囲でいえば、揺れる尻)に対して、アキラは頭を掻きむしる。副長のあんな姿に幻滅して、見習いが帰ってしまったらどうするのか。最近人手不足なのに。後輩は面倒だけど、かといって永遠の下っ端も面倒なのが元・新人ゴコロ。
その両天秤に決着が付かないまま、とりあえずアキラは最低限の説明だけをすることにした。
「あの尻が我らの副長なんすけど……ほっといてやってください。局長である〈
「局長さんは女性なんですかね? 社訓も
「まぁ、そうっすね。女王様には絶対服従しろっていう、とんでも社訓ですし」
普通は嫌がる社訓である。実際、アキラもあまり気持ちのいい訓示ではない。だけど、全ては金のため。破格の給料のために口先だけ合わせる者はアキラだけではない。
だけど、純粋にこんな社訓を気に入っているらしい見習いは、やはり無垢な質問を返してくる。
「おれ、そんな
とても常識的な心配だ。小さい会社。入社初日の新人がトップに挨拶くらいするのが礼儀だと思ったのだろう。面談時も、局長と顔を合わせていないのか。
――でしょうね。
だけど当然面倒だから、アキラはこの場をテキトーに誤魔化す。
「あ~……副長、嫉妬深いんで。なるべく他の男に会わせたくないんじゃないっすかね?」
「おれ知ってます! そういうのを『らぶらぶ』って言うんですよね?」
――あれはラブラブというよりも……。
その実態を知っているアキラからすれば、あのお祈りが『らぶらぶ』なんて可愛い恋慕とは程遠い“狂愛”だと知っていながら。
「じゃあアドゥル副長は、今しあわせなんですね……」
目を輝かせる見習いに説明するのは面倒なので、テキトーに流すことにした。
「ははっ、副長が元気なさそうな時、それ言ってやるといいっすよ。副長あんがい単純だから……一気にきみの評価が暴上がりっす!」
「覚えておきますっ!」
だってそれを知ったとて、現実は何も変わらないのだから。
夢を見ていることがあの人にとって幸せならいいではないか――めんどくさがりの二年目局員アキラはそう思う。
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