第一章 見習いは化け物に頭を食われる②
そして、到着するのは〈
〈
どうってことない食堂で、唯一目を引くものがあるといえばひとつ。
【我らは女王に踏まれる靴である】と達筆な文字で掲げられた社訓のみである。
「はーい注目。こいつらが最終試験に合格し、今日から試用期間に入る馬鹿共だ」
「フェイ=リアでっす! どーぞ宜しくお願いしまっす‼」
ゼータの投げやりな紹介に対して、我先に元気な挨拶をするフェイ。
それに対して、数十人いる局員たちはだんまりだった。
しばしの沈黙。
そのあと、喝を入れて声をあげたのはフェイの隣にいた少年だ。
「ミツイ=ユーゴ=マルチーニだ。俺はこれから、〈
黒い髪。切れ長の青い瞳。そんなクールな見た目通りの口調なのに、自信とは裏腹にそこはかとなく溢れる残念感。そんな自己紹介をした少年は、隣のフェイより少しだけ背が高い。だけど、そんなことはこの場の誰もがどうでもよかった。それよりも『マルチーニ』という名前自体が、このアガツマの街で有名なのだ。
マルチーニ食品会社。
アガツマの街の大部分の食品流通を管理している会社である。
その御曹司がやってきた――と、生唾を呑む局員たちが数名。
彼らの目が語っていた。
カモが金を背負ってやってきた、と。
また複雑な空気が流れたあと「最後はわたしね~」と話し出したのは、紅一点の見習い。
「ニコーレといいます。お手柔らかにしていただけると嬉しいわ」
ゆっくりと、間延びして話す女性である。柔らかそうな肩までの亜麻色の髪型がとてもよく似合っていた。少年二人と比べれば、おそらく成人しているのだろう。ニコニコとした様子からとても穏やかな女性だということが伺えるが……男性局員が注目している点は胸部である。
豊満。
キュッと引き締まったくびれの上に鎮座する、まんまるとした曲線。
局員たちは、先とは違った意味で唾を飲み込んでいた。
そんな三者三様の自己紹介と、局員たちのろくでもない反応。
それにゼータは嘆息してから、何事もなかったかのように話し出そうとするも――一応、見習いたちの様子を見やる。歓迎ムードとはかけ離れた様子に怖気づいていないだろうか。意気消沈していないだろうか。ゼータは大人だ。そして副局長という管理職だ。この見習いたちの何人が正式採用されるか、さして興味はないが……最低限の面倒を見てやるのが務めである。
だけど赤髪を爆発させた一人はウキウキワクワクと目を輝かせているし、財力を隠さない坊ちゃんは斜に構えているし、のほほん姉ちゃんはやっぱりのほほんとしている。
――気にしてやった俺が馬鹿だった……。
ゼータは手に持つ書類を確認する素振りをしながら、朝礼を続ける。
「まぁ、この馬鹿そうなのが本採用されるかどうか決まるのは、知っての通り二か月の試用期間の働きぶり次第だ。それでさっそく隊分けだが――」
「そこの赤いの。今年の主席は俺が貰う。せいぜい今から俺様にゴマをする練習でもするんだな。気が向けば貴様を助けてやらないこともない」
「首席?」
ゼータを無視して、勝手に盛り上がり始める見習いたち。まぁ、若い男なんてこのくらい元気な方がいいか、と大人の女性に期待してみるも。彼らと同期になる成人女性ニコーレは「それじゃあわたしもがんばっちゃおうかな」とニコニコ参戦するようである。
それに、ニコーレの胸を見てあからさまに顔を赤らめる自信満々坊ちゃん。
対して、ゼータにはめちゃくちゃアピールしてきたにも関わらず、試用試験の内容を全く知らない様子の赤髪爆発少年。しかも少年の興味は次に行ったようで、社訓を「カッコいいですね~」と眺めている。
「社訓が気になるのか?」
「はい! 〈
「自虐趣向はないと嫌がるやつも多いんだがな」
苦笑していたゼータは表情を戻しながら「というわけで、上司が話している最中は私語を慎め」 と、書類で全員の頭を叩く。
そして、悟った。今年の見習い
「それじゃあ隊分けを発表するぞ! 赤いの、試用試験については後で説明してやる」
「はぁいっ!」
赤髪爆発少年フェイの威勢の良すぎる声が、食堂に響き渡る。
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