【書籍化】「女王の靴」の新米配達人 しあわせを運ぶ機械人形

第一章 見習いは化け物に頭を食われる①

「〈失敗作〉逃亡――発見次第、ただちに処分せよ。繰り返す――」

　緊急警報が鳴る中、その少年は白い通路で追われていた。

　おびただしい足音。ババババッと左右に撒き散らされる弾音。

　足を止めれば、待っているのは廃棄（ロスト）のみ――ただひたすらに足を動かし、意を決して彼が滑り込んだのは、ゴミ捨て装置（ダスト・シュート）。

　急すぎる滑り台を下り、ドスンと落ちた先が柔らかいゴミの上だったのは、少年にとってのしあわせ。たとえそれが、自分と同類の屍の山だったとしても。

　だけど、少年の幸運はそれだけに留まらなかった。

　灼熱の太陽の下に晒されたゴミ捨て場では、これでもかと異臭が蔓延している。

　そんな場所で生きている人間が、彼に向かって手を差し出していて。

　赤いマントを靡かせたその人間は、同色のキャップ帽を深く被っていた。

「どこへお届けしやしょうか？」

「え？」

「ぼくは〈運び屋（スカルペ）〉！　お望みの物を、お望みの場所へ届けますよ」

　少年は目を見開く。そのひとの顔は逆光で、ハッキリと見えなかったけど。

　死体捨場で見た赤い天使に、少年は躊躇わず手を伸ばしていた。

「おれを……どこか、自由な場所まで！」

「了解しやした！」

　ニカッと笑った〈運び屋（スカルペ）〉はとても美しい紳士のお辞儀（ボウアンド・スクレープ）をする。

　◆

〈運び屋（スカルペ）〉とは、街と街と行き来し荷物を運ぶ配達員のことである。

　街と街の間の『何でもない場所』でモンスターが跋扈する世界、ノクタ。

　ノクタで生まれたモンスターは機械を食べる。そのため、人間は昔は存在したという街を行き交う自動車も、列車も、空を飛ぶ飛行機という遺物までも使えなくなった。

　幸い、なぜかモンスターは街の中に入って来ないものの――人間はひとつの場所に留まっては生きられないもの。たとえ自分は行けずとも、離れた場所に届けたいモノが必ずある。

　そこで生まれたのが〈運び屋（スカルペ）〉。モンスターを排除しながら、荷物をどんな目的地までも配達するのが〈運び屋（スカルペ）〉という職業なのである。

　そしてここは、そんな配達員を牛耳る民間企業の一つ〈女王の靴（レギーナ・スカルペ）〉。

　その本部の通路で、見習いのひとりが隣を歩く男上司に力説していた。

「その時、お代は出世払いだと言ってましたよね！」

「……そんな妄想話されても、俺はその〈運び屋（スカルペ）〉じゃないぞ？」

　見習いの名前はフェイ＝リア。燃えるような赤毛が特徴の見た目十代半ばの少年である。燃えるような、という形容詞はその色のみを差しているわけではない。無造作すぎる髪型もまた、炎のように逆立っていた。そのため背丈自体は成長期前の小柄ながらも髪型の分が高くも見える。

　その見た目通り威勢のよい少年フェイは、今年の〈女王の靴（レギーナ・スカルペ）〉入職試験で残った最終試験者である。その後ろを歩く、彼と同じ見習いの男女はフェイの前のめりのアピールに少し距離を開けていた。引かれていることも知らず、フェイはぐいぐいと熱弁を続ける。

「でも同じ服で臭いもそっくりですし。その時のツケを払いに来ました！」

「気持ち悪い単語は聞かなかったことにするが……百歩譲って、その時の恩人が俺だとしよう――だとしても、金だけ渡せばいいんじゃないのか？」

「でもお金でしあわせは買えないんで。なので身体で払おうかとっ！」

「だったらどーして……入職率五％以下で高収入で有名な〈運び屋（スカルペ）〉の入職試験を受けているんだっ⁉」

　と、ろくでもない新人候補が来たと項垂れる副局長ゼータ＝アドゥル。長い藍髪を一つに結いた長身痩躯の男は、その知的な顔つきとは異なり、ド派手な赤いマントを身に纏っていた。その中に着た紺色のだっぽりしたジャケットに、同色細身のカーゴタイプのズボンといった戦闘に特化した服装もまた〈女王の靴（レギーナ・スカルペ）〉の制服である。

　ゼータは見習いたちの狭い歩幅にさり気なく合わせながらも、ため息を吐く。歩きながら見ていた書類でいえば、このフェイという少年の知能テストはずば抜けて優れていた。それに基礎的な体力テストでも基準以上。特に足の速さには目を瞠るものがあった。総合得点でいえば、三人の中でこの赤髪がトップだったのだ。

　――しかし、この胡散臭すぎる志望理由はなんだ？

『助けてもらった時にツケてもらった〈しあわせ〉を払うため』

　実際話を聞いてみれば、こうして履歴書の欄とほぼ同じことを言っているのだが……少なくともゼータはこんな少年を今まで見た記憶も、ましてやそんな怪しげな施設から誰かを助けた覚えもない。

　――人違い、あるいは……。

　色々な可能性を思いあげてみるも、ゼータはすぐやめる。

　どうせ試用期間で脱落したら、二か月後には赤の他人になるのだから。

「まぁ、志望動機はもうそれでいいが……まだ若いとはいえ、準備期間に四年かけたというのは本当なのか？　途中で気が変わったり、心が折れたりしなかったのか？」

「そもそも変わる気も心も、持ち合わせてないですよ！」

　ニカッと笑う顔は、若さゆえに眩しいものだった。

　新人は元気が一番。それは、もう副局長の自分には必要がないもの。

　ゼータは無駄に優しい男ではないが、若人に人並みの配慮ができる大人である。

「ここまでの試験も厳しかったと思うが……試用期間はもっと厳しいぞ。泣く覚悟はできてんだろうな？」

　その最終確認は脅しとも言えるかもしれない。

　だけど、試用期間は実際の仕事に同行してもらうことになる。勿論、見習いが死なないように難易度は低めの任務を用意するつもりだが……命を落とす危険性はゼロではない。

　それをわかってか否か――見習いフェイは胸を叩いた。

「そこは期待してくれていいですよ。おれ、今まで一度も泣いたことないんで！」