少年探偵ガジェットと怪盗アンラッキーセブン

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットと怪盗アンラッキーセブン

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 人は俺をガジェットと呼ぶ。

 なぜ、ガジェットかって?

 それは俺にしか扱えない秘密の探偵道具が理由だ。



「ガジェットくん! 久々の依頼が来ました!」


 ガラガラ!

 一人の少女が探偵事務所にしている教室の扉を勢いよく開けて入ってきた。

 彼女の名前はラヴ。俺の助手少女だ。


「あわわわ!」

「ラヴ、危ない!」


 俺はそのまま机につっこみそうになったラヴを受け止め、ラヴから封筒を受け取った。


「落ち着け、ラヴ。」

「えへへ。ごめんなさい。」

 

 俺はいつものようにラヴをたしなめる。

 ラヴはいつも元気いっぱいで可愛いのだが、俺の前ではなぜか暴走しがちである。

 はぁ。俺はため息をついて依頼書の封を開けた。


「むっ、これは……。」

「なんて書いてあったんですか、ガジェットくん?」


 俺はその依頼書を何度も見返した。間違いない。


「これは怪盗の予告状だ。差出人は怪盗アンラッキーセブン。」

「なんと、怪盗!? いったい何を盗むつもりなんでしょう? まさかとんでもないもの、ガジェットくんの心とか!? なーんて!」


 ラヴが口元を手で覆いながらもイタズラっぽく笑って言った。

 まあ、ラヴがふざけるのも無理はない。今時、怪盗だなんてイタズラじゃなければ絶対に変な奴だからな。しかも、アンラッキーセブンって……。ラッキーセブンじゃなくてアンラッキー? 意味がわからない。それは俺もそう思うが……。


「まあ待て、ラヴ。これはマジなやつだ。」

「えっ? マジなやつですか?」

「ああ。」


 さすがのラヴも俺の真面目な顔を見て、ことの重大さを理解したらしい。

 今度ばかりはヤバイかもしれない。

 だが、俺は今まで秘密の探偵道具『ガジェット』を使って、いくつもの難事件を解決に導いてきた。

 俺の『ガジェット』に解決できない事件はない。



「とにかく、この予告状に記された場所に行ってみよう。」

「はい!」

「少年探偵、出動だ!」


 俺たちは職員室に向かった。


          *


「来たか、ガジェットくん。」


 職員室の隅の応接スペースには、大きなハテナマークの書かれたシルクハットを被り、マスクで目元を隠した男性が座っていた。

 ちゃっかりと出されたお茶も飲んでいたようだ。


「お前が怪盗ラッキーセブンか。」

「いや、怪盗アンラッキーセブンだ。」


 ややこしいな。

 怪盗アンラッキーセブンの向かいには担任のめぐみ先生が座っている。


「めぐみ先生。警察には?」

「え? 連絡してよかったの?」

「いやいや、ちょっとやめてください。勘弁してください。」


 怪盗アンラッキーセブンが慌ててめぐみ先生を止める。


「ガジェットくん、手厳しいな。今日はその予告状を持ってきたら、アンラッキーにもこちらの先生に見つかってしまい事情を聞かれていただけだ。まだ何もしていない。」

「何だって?」


 怪盗アンラッキーセブンは平静を装い、俺たちに向けてカッコをつけると言った。


「というわけで、予告状は確かに渡したぞ。今夜九時。再び目的の物を盗りにやってくる。ふははは、ガジェットくん。見事阻止できるかな?」

「いや、待て! 怪盗アンラッキーセブン! お前、すでに盗んでいるな!?」


 逃がすものか!

 俺は怪盗アンラッキーセブンに手を伸ばすも、その手はむなしく空を切り、俺の手から逃れた怪盗アンラッキーセブンは不思議なことにその場からすっと姿を消した。


「え!? いったいどこに!?」


 ラヴが目を白黒させている。


「先生! 警察に連絡を!」

「何? なんなの?」

「あいつは怪盗アンラッキーセブン! もう盗みを終えたあとです!」

「ええ!?」


 くそっ、やられた! 少年探偵としたことが、まんまと目の前で犯人を逃してしまうとは!

 だが、奴はきっとまたやってくる。今夜九時。再び現れるというのは嘘ではないだろう。

 こうなったら待ち受けるしかない。次こそ本当の対決だ!


          *


「ガジェットくん。怪盗ラッキーセブンは何を盗むと言っていたんですか?」


 特別に入れてもらった夜の学校でラヴが俺に聞いた。

 

「アンラッキーセブンな。……奴の目的はこれさ。」


 俺はラヴに怪盗アンラッキーセブンが書いた予告状を見せる。


「不思議な探偵道具?」

「ああ。奴は秘密を知っている。」

「秘密ってなんですか?」


 この校舎には今、俺とラヴしかいない。

 警察に来てもらって現場検証はしてもらったが、怪盗アンラッキーセブンに結びつくような物証は何も見つからなかった。

 そうなってはやはり直接捕まえるしかない。

 だが……、奴は秘密を知っている。だから、俺は警察には人払いをお願いした。今夜はめぐみ先生でさえも校舎には立ち入ることはできない。


「ラヴ。これから見ること、知ることは他言無用だ。」

「え? はい。……そんなに重要な秘密なんですか?」

「ああ。」


 俺はカバンの中身を探った。

 このカバンは俺だけしか使うことができない。

 俺がこのカバンを使う時、中から事件を解決するために必要な『ガジェット』を一つ取り出すことができるのだ。

 俺はカバンから『ガジェット』を取り出した。


「……地図?」


 カバンから出てきた『ガジェット』は地図だった。


「できれば犯人滅殺銃が良かったんだけどな……。自分でなんとかしろってことか。」


 俺の額に冷や汗が垂れる。

 俺は素早く地図に記された場所を確認した。


「ここから近いのは……理科室か。行くぞ、ラヴ。」

「は、はい!」


 俺とラヴは理科室に辿り着くと目的の物を探した。

 なんの変哲もない壁。ガスバーナー。水道の蛇口。


「ここか。」


 俺がビーカーの並べられた棚を動かすと、その後ろにはマジックハンドが隠されていた。


「こ、これって見たことあります! 不思議な探偵道具ですよね!?」

「そうだ。この学校のいたるところには『ガジェット』が隠されている。」

「ええ!?」

「歴代の少年探偵たちが残した探偵道具だ。怪盗アンラッキーセブンはこれを狙っているんだ。」

「で、では、怪盗アンラッキーセブンが消えたのは、まさか!?」

「ああ。不思議な探偵道具、透明マントを使ったんだ。」

「そんな……!」


 ラヴが驚くのも無理はない。『ガジェット』はカバンから一つだけ。それがみんなの知っている少年探偵のルールだ。だが、この秘密はそれを覆してしまう。


「と、とりあえず、ガジェットくん。怪盗アンラッキーセブンより先にマジックハンドを……。」

「待て、ラヴ! 触るな!」

「え?」


 俺がラヴを止めるより先に、動かしたビーカーの棚が倒れかけてきたので俺はラヴを庇った。


「ガ、ガジェットくん!」

「……大丈夫だ、ラヴ。ちょっとのアンラッキーで済んだ。」


 幸いにも完全に倒れる前に棚を押さえられたので、ちょっとビーカーがズレただけで元の位置に戻すことができた。


「そしてこれが隠された『ガジェット』をむやみに使えない理由だ。『ガジェット』はアンラッキーによって守られているんだ。」

「だから、あの時、ガジェットくんは怪盗アンラッキーセブンがすでに盗んでいることを知れたんですね?」

「そうだ。だが、そうなるとあの怪盗の名前……。」

「なるほど。まるで盗めば自分がアンラッキーになることまで知っているかのような……。」


 ガターン!

 その時、背後で盛大に椅子をひっくり返す音がした。


「痛っつつ! アンラッキーにも椅子にスネをぶつけてしまった! こっそり近づくつもりが……。」

「お前は怪盗アンラッキーセブン!」

「ふははは! ガジェットくん! その地図を渡してもらおうか!」


 怪盗アンラッキーセブンは左手でスネをさすりながらも、右手をシルクハットに添えてカッコをつけるように言う。

 

「いったい何が目的なんだ!? 少年探偵じゃないお前が『ガジェット』に触れればアンラッキーになることはわかっているだろう!? そこまでしてお前が欲しい『ガジェット』とはいったいなんだ!?」

「ふふふ。君が知る必要はない……。」


 そういうと怪盗アンラッキーセブンは闇に紛れるかのようにまたスッと姿をくらました。


「しまった!」


 その一瞬で俺の手から地図と、棚の後ろのマジックハンドが消えていた。


「あいつ、『ガジェット』を全部回収するつもりなのか!?」

「あ、ガジェットくん! あそこドアが開いてます!」


 カーンッ! ブシュー!

 廊下でものすごい音がする。

 それは怪盗アンラッキーセブンがアンラッキーにも消化器をぶちまけた音だった。

 消化剤のおかげで怪盗アンラッキーセブンの姿を捉えることができた!


「待て! 怪盗アンラッキーセブン!」


 俺は怪盗アンラッキーセブンの後を追った。


「はぁ、はぁ、ゲホッゲホッ!」


 咳き込みながら走る怪盗アンラッキーセブンの背中まであともう少し! 小学生の体力をなめるなよ!


          *


「や、やるな、ガジェットくん。」


 俺は校長室の前でついに怪盗アンラッキーセブンを追い詰めた。

 俺の横には怪盗アンラッキーセブンに盗まれないようにしっかりとカバンを胸に抱いたラヴが立っている。


「追い詰めたぞ。さあ、『ガジェット』を返すんだ。でなければ、もっと酷いアンラッキーに見舞われることになるぞ。」

「ふふふ、望むところだ。」

「何だって?」


 消化剤まみれで全身ピンク色になった怪盗アンラッキーセブンが不敵に笑う。


「この不思議な探偵道具を七つ同時に使うことでどんな願いも叶うという……。そのためにはアンラッキーだろうと甘んじて受け入れるさ。」

 

 願いが叶う? そんな話は俺も聞いていないぞ。

 怪盗アンラッキーセブンが懐から『ガジェット』を取り出して見せた。

 驚いたことに怪盗アンラッキーセブンはすでに他の『ガジェット』も探し当てていたのだ。


「あと、ひとつ。それがここ、校長室にある。」


 後ろ手で怪盗アンラッキーセブンが校長室のドアを開ける。


「待て! 怪盗アンラッキーセブン!」

「待たないさ!」


 怪盗アンラッキーセブンが校長室に飛び込んだ瞬間。


「滅殺!!」

「ぎゃああああ!!」


 俺はラヴが持っていたカバンに手を突っ込んで、カバンの中で犯人滅殺銃を掴むとそのトリガーを引いたのだった。

 校長室の中で怪盗アンラッキーセブンは湯気をあげて倒れた。


「な、なんで……?」

「イチかバチかだったさ。このカバンは不思議な探偵道具に繋がっている。犯人滅殺銃は校長室にあったんだ。そこでカバンに手を突っ込み校長室の犯人滅殺銃のトリガーを引いた。最後までアンラッキーだったな。」

「だが、ガジェットくんがカバンから取り出した地図はここに……。」

「たしかにカバンから『ガジェット』はひとつしか取り出せないが、取り出さなければこうやって使えるというわけさ。」


 俺はカバンから手を出した。もちろんその手には何も持っていない。

 

「俺の勝ちだな、怪盗アンラッキーセブン。『ガジェット』は返してもらうぞ。」


 俺は怪盗アンラッキーセブンから取り返した『ガジェット』をカバンにしまった。これで全て元の位置に戻っているはずだ。


          *


 怪盗アンラッキーセブンはこうして警察に引き渡された。罪状は住居侵入罪。

 いずれ奴の正体もわかることだろう。

 なぜ、少年探偵しか知らないはずの不思議な探偵道具の秘密を知っていたのか。奴が言っていた願いが叶うとは何なのか……。

 奴に聞かなければならないことは山ほどある。


 

 俺の隣で連行される怪盗アンラッキーセブンを見ていたラヴがこそりと言った。


「……ガジェットくん。私、知っちゃって良かったんでしょうか……?」

「まあ、ラヴに隠し事は無しって話だったしな。いつかは言おうと思っていたんだ。ラヴだったら絶対に悪用しないってわかってるから。」


 それを聞いたラヴは、下を向いて地面に靴の先で小さな丸を描いた。


「いつかって?」

「……それはその……。」

「ガジェットくん……、他に秘密はないですよね?」

「いや、まあ……。」

「んん!? ガジェットくん!?」


 ラヴが俺の頬をつねる。


「痛たっ!」

「私はガジェットくんの助手少女なんですよ!」

「わかったっ! わかったよ!」


 とはいえ、これは今言ったら怒られるやつだな……。今はまだ俺の心に仕舞っておこう。

 いや、ラヴのことだからとっくに気付いているのかもしれないな。

 いつかは俺も歴代の少年探偵たちと同じく、少年探偵を引退しなければならないことを。



 しかし今はまだ。少年探偵、出動だ!


 ――おわり。

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