4-2

「違うって、まあ落ち着けよ」


 剣崎が自分の前のスペースを指したので、わたしは崩れるように座り込んだ。息が切れて言葉が継げない。


「お前が何勘違いしてんのかはわかるけどな、それ逆やで」

「は?」


 逆とは?


「だから、俺が手出したんじゃなくてあっちから来たんやって」

「それは、さすがに無理があるような…。玲人君ならともかく」

「お前の俺に対する評価はどうなっとんねん」

「え、今更それ聞く?」


 そうは言いつつも、脳裏をよぎるのは剣崎の蛮行エピソードを聞きながらキャラキャラと楽しそうな笑い声をあげていた湊さんの顔である。まさか、わたしが話した内容が湊さんをもってして剣崎に興味を抱かせてしまったんだろうか。


 これはまずい、とわたしは青ざめた。だって、たけやんが。湊さんの誕生日プレゼントを一生懸命考えていたたけやんの表情が脳裏に浮かぶ。これは、まずい。


「え、で、仮に湊さんが剣崎をその、剣崎に、えーと」


 好き、という言葉に抵抗があってどうしても口から出てこない。剣崎を好き、だなんて言葉を口にするのはわたしのポリシーに反する。絶対に。


「その、もしかしたらいいなと思っているとして」


 やっと言えた。


「剣崎はどうしたいの?」


 湊さんが泣きながら部屋から出てきたということは、うまくはいかなかったということだろう。でも、後々のことを考えると、剣崎から真実を確認しておく必要がある。


「アホ、あんな腹黒い女誰が相手にするかよ」


 ガラガラとベランダに続く引き戸を開けて煙草に火をつけた。玲人君が嫌がるので、普段は部屋の中では絶対に煙草は吸わないことになっている。今剣崎の胸の中に去来している想いをはかり知ることはできないけれど、いつもはベランダに出てふかす煙草を部屋の中で手にしてしまうくらいには平静を欠いているのだろう。それは、こいつにしてはとても珍しいことだ。


 続ける言葉を失って私は剣崎の横顔をまじまじと眺めた。目尻の上がったきつい眼差し、不機嫌に結ばれた薄い唇、まっすぐに通った鼻筋。女の子というのはいつの時代もちょっと悪い男に惹かれるものだというけれど、剣崎は悪い男というよりはただの態度のでかいアホである。顔だけ見たら意外とイケてるという説もあるにはあるけれど、それにしたってミスコングランプリ候補に見初められるほどの何がこいつにあるというのか。


 なんだかがっくりと疲れてしまってわたしは首を垂れた。

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