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「いやなら出なきゃいいんちゃうかな」


 美都の言うのも尤もだった。湊さんのお兄さんと柏木さんが目論んでいるようにミスコンが宗教法人の知名度を上げる役に立つのかはさておき、聞いた限りでは全体的にとても不穏な感じがする。怪しげな物品を売りつけたりお布施を強要したりというのも気になる。薬品に至っては完全に非合法なキーワードに聞こえる。


 それに、ミスコンの是非はさておき柏木さん以外の幹部やボランティアの人たちはきっと純粋にミスコンを成功させたいと思って活動しているのだ。まさか怪しげな宗教法人がこの企画を利用して自分たちに有利な状況を作ろうとしているだなどとは思ってもいないだろう。


 湊さんがお姉ちゃんと慕う柏木さんの役に立ちたいという気持ちは分かるけど、だからといってこのまま出場するのは違うだろうとわたしたちは言った。辞退すればいいじゃないかと。でも、それを聞いた湊さんは首を横に振った。


「もちろん、それは私も考えました。でも学祭までまだ二か月あります。もしわたしがここで辞退したら、兄と柏木さんはきっと教団の関係者の中から他の候補者を立てると思うんです。ミスコンを教団のための道具にしようとしているんだったら、そんなに簡単には諦めない筈だから」


 確かに。


「それに、ここだけの話、うちの法人の財政が苦しいのは本当なんです。だから、兄たちはきっとどんな手を使ってでも信者を増やしてお金を集めようとするはずです。賭けだって、そこそこのお金が動くんだと思います。ミスコンでうまく弾みが付けば、もっといろいろなことをやろうとするかもしれない。そう考えると、一番いいのはミスコン自体を公衆の面前で派手に失敗させて、今後そう言った活動をやりにくくすることなんじゃないかと思うんです。それで、兄の話の感じだと一部の幹部以外の皆さんには兄たちの本当の目的は知らされていないようだったので、どなたかに相談して協力してもらえたらと思って、良さそうな方を探していたんです」


 なるほど、それでマクロ経済の講義室でたまたまたけやんが「俺のツレがミスコンの手伝いするらしい」と話しているのを聞いて渡りに船と思ったわけだ。


「でもねえ」


 わたしはその時の会話を思い出しながら、お通しの皿に箸を伸ばした。


「助けてあげたいとは思うけど、わたしらに何が出来るかというと難しいよねえ」


「なにか」をやりたいと言ってボランティアに名乗りを上げたのに、いつの間にかその「なにか」を打ち壊すほうにサイドが変わってしまった。


 恐るべし人生。


「まあでも作り上げるよりぶっ壊すほうが簡単ってのはあるしな」


 剣崎が油でぎとぎとのラーメンを勢いよくすすり上げる。


「でも、結構大きなイベントやで。今年の十一月祭の目玉の一つやし。時計台の前にステージ建てて大々的にやることになってるもん」


 なあ、と美都が同意を求めるので、うんうんとわたしも頷く。


「そんな大きなイベント、この人数でぶっ壊すって言ってもね。やっぱり出場を取りやめるってのが一番現実的じゃないのかなあ」

「アホ、そうしたら別の候補者立てるだけになるって話しとったやないか」

「それはそうだけど…」

「どうするかねぇ」

「そうやなあ」


 結論は出ないまま、ずるずるとラーメンをすする音ばかりが響いた。

 

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